第3話『マジカルに恋して』
「いやー、びっくりしたね……」
どちらからともなくまったく同じ言葉を口にした俺たちは、ふ、と目を見合わせて笑った。
「なにはともあれ、これからよろしくね、
そう言ってにっこりと笑う小林さんの笑顔にひそかにときめきを感じながら、彼女の差し出した手を握る。
俺は、
好きな人は同じく放送部でクラスメイトで今目の前で微笑んでいる、
――――
ことのはじまりは、小林さんが部室に持ち込んだ1本の乙女ゲーム。
うちの放送部は、けっこうゆるい。
大会前は別として、日頃部員全員で集まって練習をするのは週に1回水曜日だけ。
だけど放送部というものは、練習がない日でも朝、昼、放課後の放送は毎日当番で行わなければいけない。
よって、水曜日以外の放課後は、部室にいるのは当番の奴らだけなこともあり、かなり暇をもて余す。
そんなときの暇潰しのために、うちの部室にはマンガ、テレビ、据え置き型ゲーム機などなどが揃っている。
俺の愛しの小林さんは、そこにとある乙女ゲームのソフトをぶっこんできた。
【マジカルに恋して】、略してまじこいというタイトルのそれは、近世ヨーロッパ風の魔法が存在する世界で、15歳まで普通の庶民として生きていた主人公の女の子フィーネが、貴族にしか使えないはずの魔法が何故か使えることが判明するところからはじまる乙女ゲームだ。
フィーネは貴族の子息・息女ばかりが通うきらびやかな王立魔導学園へと入学し、そこであちらの王子様こちらの騎士様そちらの先生など5人(プラス隠しルート1人)の攻略キャラと恋をしたり恋をしたり恋をしたりたまーにちょっとだけ冒険をしたりする。
学園は15歳から入学で18歳で卒業だが、フィーネの1年生の1年間だけで物語は終わる。
「いやもうこのツンデレ悪役令嬢リーゼロッテがいいんだよ!
このかわいさは男の子もきゅんとくるから!!」
ある日まじこいを自身でフルコンプした後、そう小林さんが熱弁し、朝昼放課後の放送当番でいっしょになることの多い俺にまでをプレイするように提案してきた。
俺と小林さんが当番でいっしょになれるように部員全員が協力してくれる程度にはわかりやすく小林さんにベタぼれの俺は、当然その乙女ゲームをプレイすることにした。
まあ、正直リーゼロッテとやらにさして興味はなかったが、小林さんがときに萌えもだえ、ときに泣き、ときに喜びを爆発させて変なおどりをおどりと全力でプレイしているのを横目で見ていて、俺も多少は興味があった。それとこのゲームをやれば共通の話題が増えるかなーという下心もあった。
「で、どこからどうやるのがおすすめ?」
俺がそう小林さんに尋ねたら、まずすすめられたのはいきなりなぜだかファンディスクからであった。
というのも、リーゼロッテのストーリーはこちらがメインだったらしい。
リーゼロッテは本編ではちょこちょことヒロインフィーネに嫌がらせを行い逆に恋を盛り上げる悪役令嬢として登場し、【
そんなリーゼロッテはファンディスクにおいて、攻略キャラの1人であるジークヴァルトへの恋心、天真爛漫なフィーネに対する密かなあこがれ、それから古の魔女の介入で彼女が周囲に誤解され破滅していき精神を蝕まれ嫉妬に狂いやがて魔女に肉体を乗っ取られてしまうまでを、彼女の手記という形で披露していた。
かわいそすぎて正直ちょっと泣いた。
その次に小林さんのすすめでプレイしたのは本編でリーゼロッテが唯一生存する逆ハーレムルート。
これは本来5人の攻略キャラのベストエンドを見ると解放されるものなのだが、既に小林さんがフルコンプしていたので俺は変則的にこれをいきなりプレイした。
これは百合展開まで含む逆ハーレムルートで、5人プラスリーゼロッテがフィーネにめろめろになる。フィーネやばい。
そして6人は争うようにフィーネに尽くし、特にリーゼロッテはフィーネへの愛故に魔女が自身にとりつこうとするのをはねのけ、みんなで力をあわせて魔女を打ち倒して楽勝めでたしめでたし……。
いやめでたくねーよ!
貴族のおぼっちゃんお嬢ちゃん王子様先生まで全員フィーネに惚れて全員キープされててどうすんのこっからさき泥沼じゃん!この国平気!?
俺はそう思ったが、小林さんは違った。
「でもこのルート以外は誰かしら死ぬから……」
小林さん曰く、死にやすさナンバー2の騎士キャラ、バルドゥールという奴がいて、彼とリーゼロッテが揃って生きてるというだけで逆ハーレムルートこそが最高のハッピーエンドなんだそうだ。
確かに横目で見ていただけの俺でも記憶に残ってるくらい、こいつは逆ハーレムとバルドゥールルート以外ではフィーネをかばって死ぬ。すぐ死ぬ。めっちゃ死ぬ。もはや死にたがっていると思う。
フィーネの覚醒のために仲間の死イベントが必要らしいが、もうちょい生きようとしてくれと言いたくなるくらいだ。
逆ハーレムルートだとかばうもなにもないまま圧倒的戦力で魔女が楽々屠られてしまうので、バルドゥールも生きてる。
まあ、確かに生きてるって大事だけど……。
ファンディスクを見てしまったあとだとジークヴァルトとリーゼロッテがうまくいくルートはないのかよ!これで最高のハッピーエンドなのかよ!と歯がゆくなる。
「ねー。リゼたんマジかわいそかわいいよねぇ。
はい、では、そんなリゼたんの魅力を理解したところで、リゼたんがいちばんかわいそうなルート。
あんなに大好きなジークヴァルトがフィーネちゃんに攻略されちゃうルートやってみましょー!」
と、ここでされた小林さんの提案に、俺はさすがに異を唱えた。
「え、やだよぜってーかわいそうじゃん」
「それがいいんじゃん!いっしょに泣こ!?
そんでその悲しさを胸にジー×リゼの二次創作いっしょにしよ!?」
「やだよ!
あ、ほら、そろそろ俺部活の練習したいなー。
発声練習とか、ほら、最近なまってきてるしなー」
部活のことまで持ち出して往生際悪くリーゼロッテの悲惨ルートを回避しようとする俺を、小林さんが追い詰める。
「いやジークヴァルトルートのジークヴァルトがちょーかっこいいんだって!
そのかっこよさを遠藤くんにわかってほしいし、これさっきのリーゼロッテの手記の表側にあたるし、なによりビミョーに絶妙にジー×リゼしてるんだよ!
エンディング間近にリゼたんを倒すときも婚約者で幼なじみのリゼたんを殺すなんてとジークが苦悩して、リゼたんもジークの血を見てあーここからはダメ!ネタバレダメだね!見て!実際プレイしてみて!ね!?」
どう考えてもジークヴァルト×リーゼロッテとしてはバッドエンドの悲恋じゃん……。
正直見たくはないけど小林さんがそこまで言うなら……?
いや二次創作はしないけどいっしょに泣くってのも悪くはないか……?
悩みに悩む俺に向かって、小林さんぱっとなにか思い浮かんだような笑顔になって口を開いた。
「あ、そうだ!遠藤くん実況つけたらいいじゃん。私解説するし」
「……え。
ええー?」
また、奇妙なことを言い出したな。
まあ部活の練習したいっつったのはおれだけど。
これそういう類いのゲームじゃなくね……?
「ほら、そしたら立派な放送部の部活動!ね!」
そう朗らかに断言した彼女の笑顔は、『いいこと思い付いた!』とばかりの実に爽やかで、まぶしくて、かわいらしいものだった。
で、小林さんの笑顔に弱い俺は、やっぱりその言葉にそのまま従った。
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