第7話 猫にさようなら


 ――淡々と、車輪が線路を掴む音が響く。



 懐かしい思い出に浸っているうちに、電車はビル街から遠く離れて、のどかな風景の中を走っていた。


 さらにそのまま一時間ほど電車に揺られると、小さいけれどいくつかのホームがある駅に着き、乗り換えのためにそこで電車を降りた。


 吹き抜ける爽やかな風にざわめく木々の音。酸素が濃厚で芳醇な空気を肺いっぱいに取り込むと、思わず吐息が漏れた。


 ここからはローカル線となるため、次の電車まで待ち時間は三十分もある。


 ホームの適当なベンチに腰かけると、狐のように茶色くてふわふわの毛並みの猫が、どこからか姿を現した。



「ナーオ」



 人慣れしているのか、怖がる様子もなくわたしをじっと見据えている。


「おいで」と手を出すと、その手をひらりと避けて、わたしが腰かけるベンチへと飛び乗ってきた。



「どうしたの? お腹空いた? あいにくごはんは持ってないの。ごめんね」



 なにかを訴えるような猫の視線と鳴き声に、お腹が空いているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。



「ナーオ、ナーオ!」



 じっとわたしを見つめる猫の鳴き声が、段々と大きくなってくる。その目はハンターや物乞いをする目ではなく、わたしになにかを訴えているようにも見えた。



 ふいに猫は、わたしのカバンのにおいをすんすんと嗅ぎ始める。



「食べ物は入ってないんだけどな」



 猫はまたひと鳴きすると、右手をひょいとあげて外側のファスナーに爪を立て始めた。



「残念、そこには手紙しか入ってないよ」



 それでも猫はしつこくファスナーの繋ぎ目を狙って、かりかりと爪を立てる。

 その姿になんとなく根負けしてしまい、ファスナーを開けると中から手紙を取り出してみせた。



「ね? 手紙しかないでしょ? 食べ物もおもちゃもないよ」



 そう言うと猫は目を真ん丸に見開き、取り出した手紙のにおいをすんすんと嗅いで、そのまま手紙に体を擦りつけるようにして、目を閉じて丸まってしまった。



 どうしたんだろう……?



 右手で猫の頭をゆっくりとなでる。猫はうっすらと目を開けているが、その視線は虚ろで、どこか遠くへと向けられていた。



 しばらくなでていると、ホームに電車の到着を告げるアナウンスが流れた。



「じゃあ、わたしいくね」



 猫に告げ、手紙をカバンにしまってベンチから立ち上がると、猫はまたわたしを見つめてナアナアと鳴き始めた。


 くりっとしたゴールドの瞳はまだなにかを訴えているように見えるが、この電車を逃すわけにもいかない。


 わたしは最後に猫をそっと抱きしめて、ホームで発車のときを待つ電車へと乗り込んだ。



「ありがとね、一緒にいてくれて」



 猫は扉の前まで見送りに来てくれたが、車内に入ろうとはしなかった。お利口さんだ。

 扉が閉まったあとも、電車が走り出して見えなくなるまで、おすわりをしてわたしをじっと見つめていた。



 猫も見えなくなり車内を見渡すと、田舎のローカル線にはもはや数人しか乗客はおらず、座席に困ることはなかった。



 メモを見ると、市街地まではあと二時間ほどだ。


 その二時間を、わたしは眠って過ごすことにした……。





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