第十章 さようなら、絵描きさん
静かに時は流れる。辺りは夕日が沈みかけ、暗くなりかけていた。
――描けた。
まだ完成とはいえないけど。描きたいものは描けたはず。
すると待っていたのか、タイミングよく絵描きさんがやってきた。
「お、いいの描けているね。やっぱり、クジラの背中にミイを乗せたのか」
「そうなんだ。あれ、どんな絵を描きたかったのか、わかるんだね」
「そりゃそうだ。どれだけ一緒にいたと思っているんだい?」
それは半日だよ! と突っ込みたいところだが、僕らは半日以上分の心を通わせた仲だ。それは愚答だろう。
「本当に、お世話になりました」
「ふむ、急にかしこまってどうしたんだい?」
「うん、僕、お兄さんに出会わなかったらここまで描けなかったなって思って」
「そうか? 君は私がいなくても描けると思うけどなあ」
そう言いながら自分の頬を触り、照れる絵描きさんの横で、僕は寂しい気持ちでいっぱいだった。
ふと切ない感情が湧き上がる。僕には会いたくても会えない大切な兄さんがいる。
「お兄さんが、僕の兄に似ているんです。だから、こうやって一緒にいることが、とっても嬉しいんです」
――気付いたら、目に涙を浮かべていた。
「なるほどね。その人も、立派な絵描きだったってことか」
「そういうこと」
二人で寂しく笑う。こうやって一緒にいられるのも、あとわずかな時間だけ。
「……そろそろ帰るんだな」
「うん。お母さんが待っているから」
「そうだな。親を悲しませてはいけない」
絵描きさんの顔を見る。僕を見る瞳は真剣そのものだった。
「じゃあ、気を付けて帰れよ」
「うん。お兄さんこそ、気を付けて」
「またどこかで会おうな」
「うん、必ず」
そう言ってお兄さんは手を差し出した。これは約束の証だ。固く握りしめた。そして手を離し、いよいよ別れの時。
少しずつ駅へ歩みを進める。お兄さんが遠くなっていく。寂しさが募る中、ふと。
――あれ、そういえばミイは?
「みやあああ」
あれ、付いてきちゃったか。
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