第五章 こんにちは、絵描きさん
マルクト広場にやってきた。周りを大きな建物が囲う。ゴツゴツとしたレンガの建物だけでなく、白を基調とした建物に、赤や黄色の鮮やかな枠組みで彩られて、とってもおしゃれ。広場の真ん中には、シュパーゲルやブロッコリーなど、たくさんの野菜が並んだお店がずらり。鉢に入った紫や黄色のクロッカスの花が、さらに彩りを豊かにしていた。さっそく嗅ぎつけたパン屋さんには、大勢の人が押し寄せている。こりゃすごいや。いつになったら食べられるだろうか? さすがに時間が掛かりそうだ。たしかに僕のおなかは空っぽだけど、まだ我慢できそう。他にも美味しそうなお店はきっとあるはずと踏み、もっと見て回ることにした。
思った以上に色んなお店が点在していた。パン屋さん、お花屋さん、レストラン……。僕にはよくわからないお店もいっぱい。とにかく、マルクト広場はすごかった。
まだまだ素敵なお店はたくさんある。そう思い、気持ちを膨らませながら歩いていると、噴水の側で絵を描いている男性を見付けた。あ、そうだ。僕はクジラを描きにきたんだった。ここでふと、我に返る。
絵描きさんは、絵の具を使って鮮やかに噴水と街の風景を描いている。僕も絵の具は使ったことがあるけど、こんなに豊かな色使いで描いたことないや。魅力に溢れたこの街を、たしかに絵としてキャンバスに収めていた。
「こんにちは、絵が上手ですね」
あ、うっかり話し掛けちゃった。邪魔だったら、どうしよう。
「え、あ、ありがとうございます」
絵描きさんは筆を止め、少し小さめの声で会釈しながら答えた。猫背ながらも背が高いために、絵描きさんの細い目が僕を見下ろすような形だ。少し怖い。ごめんなさい。急に話し掛けるんじゃなかった。
「邪魔してしまってごめんなさい。実は僕、小さな村からクジラの絵を描きに、この街まできたんです」
「クジラの絵?」
絵描きさんは少し声のボリュームを上げた。僕を見下ろす目が少し和らぐ。やっぱりクジラって言うとみんな気になるらしい。
「はい。学校の宿題で、クジラの絵を描くことになったんです。でも僕、クジラを見たことなくて。だから、クジラの絵が描けそうなところに行こうと思って。そうしたらフランクフルトにたどり着いたんです」
あと、僕はパンが食べたくて、この街にきました。これは心の中にとどめておくことにする。
「なるほどねえ。うん、たしかに、この街ならクジラを描けるかもしれない」
「え? そうなんですか?」
僕は意外な返答につい疑問符で返してしまった。僕が描けそうって言ったんじゃないか! 違うんだ、ずっとクジラについて有力な情報がなかったから、びっくりしているだけなんだって。自問自答する。
「うん。このフランクフルトにはね、大きな図書館があるんだ。私もよく利用しているからわかる。そこにはね、動物の写真がいっぱい載っている本とかがあるんだ。きっとクジラの本もあるんじゃないかなって思うよ」
絵描きさんは顎をさすりながら得意気に答えた。なるほど、本を通してクジラを描くのか。たしかに、図書館なら写真がありそう! うん、やっぱり、ここにきてよかった。それに、僕の家の近くにある図書館よりも、ずっとずっと広そうな気がする。期待は高まる。
「えーっと、私はこれから、ごはんを食べたらその図書館へ行こうと思っているんだ。君はおなかが空いているかい? よかったら、一緒に行こうよ」
「わあ! 是非お願いします!」
絵描きさんのお誘いに僕はすっかり上機嫌極まった。はじめて会った僕に、ここまでよくしてくれたのはもちろん、やっと美味しいごはんが食べられるなんて! 感動が止まらない。
絵描きさんが絵描き道具を片付けるのを、僕は手伝った。色んな道具がこの絵を描くのに使われていることを知ってびっくり。僕は今日、色鉛筆しか持ってきてないや。これで足りるだろうか。後で、文房具やさんも教えて貰おう。
すっかり絵描きっぽくなった僕は、絵描きさんの後ろに付いていきながら、あれこれ考えを巡らせた。
そんな僕らを遠目に見つめる生き物が一匹。白いふさふさの毛をなびかせながら、そっと伸びをし、ついでにあくびまで。昼下がり。お昼寝でもしようかと、そろそろと歩き出した。
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