第四章 こんにちは、街の人

 ガタンゴトンという振動を長いこと感じた。だいたい列車に一時間くらい乗ったと思う。街に着くまでにたくさんの森、牧場、教会を横切った。どれも何となく形や色を認識している程度だ。まだ大きな街は見えない。フランクフルトは小さい頃に家族と行ったきりで、あまり記憶にない。当時は小さかったからか、まるでお城の中みたいだと思った気がする。そびえたつ教会。鳴り響く鐘の音。活気溢れる広場……。

「こんにちは! オレンジジュース飲みますか?」

 急に声が聞こえ、少しドキッとした。ちょっとぼーっとし過ぎたみたい。声がした方を見やる。たくさんの食べ物を乗せたワゴンを運ぶお姉さんが立っていた。声の主は彼女とみてよさそうだ。

「ごめんなさいお姉さん。僕、今日は街でオレンジジュースが飲みたいんだ」

 だって、街で飲むオレンジジュースの方がおいしそうだもん。

「あら、どの街へ行くんですか?」

「フランクフルトに。クジラを描きに行くんだ」

「クジラ? フランクフルトにいるかしら?」

 お姉さんは首を傾げている。

「いいんだよお姉さん。僕の住む小さな村よりも、クジラに近い場所で描きたいと思っただけだから」

「あらあら。まあ、きっといい絵が描けるわ」

「ありがとうお姉さん。また会ったら、とびっきりのクジラの絵をみせてあげるね!」

 お姉さんは笑顔で「楽しみにしているわ」と言い、次のお客さんのところにワゴンを運んで行った。こんなお姉さん僕の村にはいないよ。やっぱり旅は楽しいや。少し頬が緩む。でもちょっと恥ずかしくなったので、慌てて表情を戻した。


 ――小さな村からだいたい二時間が経った。列車スピードが緩む。辺りに大きな建物がずらりと並んでいる。ついに僕はフランクフルトにたどり着いたのだ。

 列車が到着した。皆がぞろぞろと降りる中、僕はまだ窓の外を眺める。あれから大きくなった僕だけど、まだまだ建物は僕よりもずっとずっと大きい。やっぱり、まるでお城の中みたいだ。当時感じた印象を再確認し、さて、ここでクジラを探そうと、席を立った。

 運転手さんに挨拶して列車を降りるともう、辺りは人でごった返していた。あちこちに色んな服を着た人達が歩いている。歩く方向がバラバラだから、目が回りそう。

 さて、まずどこへ向かおうかな。クジラを探すための手段を考えようと思ったが、その前に思考を生理的現象により阻害された。よし、おなかも空いたところだし、何か食べに行こう!

 駅で貰った地図を片手に、人が最も多く行きかう場所を目指した。微かにパンの香りが漂ってくる。ああ、これが街のパンの香り! 早くパンが食べたい! すっかり気持ちはパン一色である。

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