第三章 とある日の朝
お母さんに別れを告げる。何かあったら公衆電話で連絡しなさいと、念を押された。
カバンには、色鉛筆。袋には、白い画用紙と画板。お母さんからたっぷりとお小遣いを貰ったから、いい旅になりそうだ。
とりあえず、大きな街へ行くために、この小さな村を出ることにした。僕がクジラを見たことがない理由は、たぶん、この村の場所が悪いからだ。草ばっかりで、海がない。きっとクジラは、広いところにいるんだと思う。
まずは、街へ行く列車に乗るため、駅までとぼとぼ歩いた。道のりはずっと畑や生い茂った草ばっかり。ああ、もうおなか空いちゃった。早く美味しいパンの香りが漂うところへ行きたいな。ここは草の青臭さしかしない。道中にげんなりとする。
苦労の末、やっと小さな駅にたどり着いた。小屋のような佇まいのその駅は、数人しか列車を待っていないような本当に小さな駅だ。そんな駅だけど、ここには僕の知らないことを何でも知っているおじさんがいる。僕が行きたいと思ったところは、全部おじさんに聞いているんだ。
改札に向かって歩く。駅員さんのいる窓口の奥の方に、おじさんを見付けた。
「すみません、おじさん」
「お、久しぶりじゃないか。元気にしていたか?」
少し小太りなおじさんが振り返って僕にクシャっと笑いかけた。白いヒゲをたくさん蓄えたおじさんの笑顔が結構好き。別に変な意味じゃないよ!
「今日はどこへ行こうと思っているんだい?」
「今日はね、クジラの絵を描くために、街へ出ようと思っているんだ」
「クジラ? また、ずいぶんと珍しい生き物だね」
おじさんが自慢のヒゲをさすりながら驚いたように言う。もしかしたらおじさん、クジラ見たことあるかも。
「おじさん、クジラって見たことある?」
「うーん、見たことないなあ」
そんなあ。おじさんが見たことなかったら、誰が見たことあるの! 大声で叫びたい気持ちを何とか踏みとどまった。
がっかりした僕の表情を見たおじさんは、「大きな街へ行けば、何か見付かるかもしれないが……」と付け加えた。
「この辺で大きな街って、どこかな」
「そりゃあ、フランクフルトだろう」
おじさんは即答した。たしかに、フランクフルトなら何でもありそうだ。しかし、クジラに関するヒントは見付かるだろうか。
いよいよ未知への冒険である。フランクフルトまでの切符を買い、列車へと乗り込んだ。
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