この手に掴んだモノ



店内の静かなBGMの中に ようやく落ち着いてきた私の小さな嗚咽が混じる…



「土屋くんの近くに居る為に色々我慢してたのに その我慢が辛くなって

 何が大事なのかも忘れ手放しちゃうなんて・・・ 

 七海さん 貴女ってバカみたいよね」


本当に私はバカだ・・・ みんなに迷惑かけてばかりだ…

いつも諦めて・・・泣いて… 本当に大事なモノを見ようとしてこなかった…

自分の事ばかり考えて かんちゃんに酷い事して それでも忘れられなくて卓くんにも・・・


「私はね 貴女の事が嫌いよ

 自分が恵まれている事に気付かずに 勝手に怖がった挙句に 

 その大事なモノを手放して

 保健室の一件で 貴女が 土屋くんの元に帰れなくなったとしても 

 私は 貴女から樋渡君を奪い取って 全てを失う絶望を味合わせたいって

 思ったわ」


ああっ そっか… こんな私だもん… きっと卓くんも 離れていっちゃう…

私 一人になっちゃうんだ… 一人に…

そう思った瞬間 身体から力が抜けて あれほど硬く制服を握り込んでた腕も

両脇にパタリと落ちた

もう 坂下さんの顔を見る気力も無い… 

ああっ 「全てを失う」って考えただけで こんなに辛いんだ…

きっと かんちゃんは これ以上に辛い思いをしたんだ… 

ううん 私が そうさせたんだ・・・

かんちゃん… 


「でもね… 土屋くんは… 彼は そんな事望まなかった・・・」


「えっ…」


坂下さんの言葉に ゆっくりと顔を上げる・・・

涙のせいかな… 私を見詰める坂下さんの顔が僅かに歪んでる様に見える・・・


「保健室を出た土屋くんを一人に出来なかった私は 彼を柚島へ連れ出したわ

 別に何か理由があった訳じゃなくて ただ何となくだったんだけど…

 ひょっとしたら 貴女が柚島に拘ってたのが どこかで気になってたのかもしれないわね」


かんちゃんが 坂下さんと柚島へ…

そうだよね… 私とは もう・・・

悲しみが入り混じった自嘲じみた笑みが口元を歪ませる・・・


「柚島に着いて 山に登るバスに乗った時に 彼が言ったの「思い出した」って

 「お泊り保育で来た事がある」って その後も 俯いて途方に暮れた様なを顔して

 辛そうに無理やり笑って・・・ 見てられなかった…」


かんちゃんが・・・ 思い出して…くれた?

もう あんなに前の事なのに… あの日からも何年も経ってるのに…?

かんちゃんにとっては 何でもない ただの子供同士の約束だったんだって思ってたのに…


「だから 私は樋渡くんに強引に迫ってでも横取りして 七海さんを絶望させたくなったの

 土屋くんだけが失って 傷付けられて・・・ それが我慢できなかったから… 

 でもね 彼に 止められたわ・・・ 貴女の泣く所は もう見たくないからって・・・」


「かん…ちゃん…」


いつの間にか止まっていた涙が 再び視界を滲ませる


「・・・ 七海さん 私は 貴女に強くなって欲しいの」


「私に・・・ 強・・・く?」


坂下さんが口にした予想外の言葉を反芻してしまう・・・


「私ね 土屋くんの事が好きよ

 さっきは 言うタイミングじゃないと思ったから誤魔化したけど

 彼にも「ずっと傍に居てくれ」って言われたわ

 私も 彼の傍に居たい 私と一緒に居て幸せだと感じて欲しいって思ってる」


そっか… やっぱり かんちゃんと坂下さんは…

喜んであげなきゃ…ダメ・・・だよね・・・

それが・・・ きっと 強くなるって事だから・・・


「でもね… 私一人じゃ無理なの・・・」


そう呟やく坂下さんの口元は 何かに耐える様にきつく結ばれていた


「私は 土屋くんの隣に居られる 彼に触れる事も出来る・・・

 でもね 彼の中には 私だけじゃなく 七海さん・・・ 貴女も居るのよ

 貴女の中に土屋くんが居るようにね…」


「かんちゃんの中に… 私が・・・?」


「土屋くんが どんな人か考えれば判るでしょ?

 貴女に捨てられて 私と付き合うからって 貴女の事を忘れたり

 気にしないなんて事は出来ないのよ

 さっき 彼が何て言ったのか教えたでしょ?

 悔しいけど… 彼の貴女への想いって そんなに薄っぺらいモノじゃないのよ?

 貴女が泣いたり 苦しんだりしていると 土屋くんも辛くなるの」

  

私のせいで かんちゃんが・・・ 

坂下さんには 申し訳ないけど かんちゃんの中に私が居ると聞いて嬉しかった…

だけど かんちゃんを困らせるのは… これ以上 辛い思いをさせるのは・・・ イヤだ!


でも… 私なんかが 強く・・・ なれるのかな?


「私・・・ 強く・・・なれるかな? 私・・・ 昔から逃げてばかりで こんなだから…

 どうすれば強くなれるのかも… 強いって事が どんな事かも判らないの…」


そんな私の呟きを聞いて 


「七海さんは 私の事 強いと思うかしら?」


「えっ… う、うん…」


そんな事を聞いてきたが

今日のやり取りで とても弱いとは思えなかったので 素直に頷いてしまう


「貴女 私の話 ちゃんと聞いてた?

私は 受験に失敗して死のうとした人間よ?」


そんな私に 坂下さんは困ったような微妙な笑みを浮かべ そんな事を言う


「ちゃんと聞いて・・・たよ…?

 でも 私には 1つの事に打ち込んだり こう言うと怒られるかもだけど

 死を覚悟する事なんて出来なかったから…」


「ふぅ… あのね 今だから気付けたけど 勉強に人生を賭けてたって 多分 本当は違うのよ

 きっと 私は 勉強に逃げていただけ・・・ 

 不器用で 人付き合いの下手な私は 友達との間に出来た溝を 

 どう埋めていいのか分らずに

 みんなとは違うんだって 自分を誤魔化して勉強に逃げたの

 そして 受験に失敗した私は それ以上の逃げ場を失って 自分を見失った…

 死のうとしたのもね この先 一人ぼっちで どうして生きて行けばいいのか

 判らなくて怖かったからよ

 だから そんな私に気付いて 気遣ってくれた土屋くんに惹かれて 縋っちゃったのね 

 ある意味 貴女とは 似た者同士と言えるかもしれないのよ?」


「私と 坂下さんが 似た者同士・・・?」


坂下さんは 小さな溜息をつくと そう説明してくれた

確かに 説明だけ聞けば そう思えるかもしれない

でも 坂下さん本人を前にして 私は とてもそうは思えなかった

そんな 私の思考を先読みする様に 彼女の口が開く


「私にも そういう弱さがあったって事よ

 今の私が 違って見えるのなら それは 私が 絶対に土屋くんを失いたくないと

 万が一の時は何が何でも どんな事をしてでも止めてみせると 決意していた事や

 土屋くんと通じ合えたからかもしれないわね」


「通じ合う・・・」


「そうよ 貴女の事 嫌いって言ったけど 1つだけ感謝していることがあるの

 七海さんのお陰で 私は土屋くんに声を掛ける事が出来たわ

 こういうと嫌味の様に聞こえるでしょうけど そうじゃない 本当に感謝してるのよ

 私ね 土屋くんを眺めているだけで その風景の中に居るだけで幸せだと 確かに そう思ってた

 でも 彼と 言葉を交わして 想いをぶつけて そんな中で 少しずつ通じ合えるようになって

 そして気付いたの 伝えるって事の大切さに・・・ やっとね…」


伝える事の大切さ・・・

私は… かんちゃんに 何1つ伝える事が出来なかった・・・


「私 ちっちゃな頃は かんちゃんに「ありがとう」って素直に感謝してた…

 でも・・・ いつの頃からか そう言いながら かんちゃんの機嫌を窺うように様になってて…

 私は 前に進みたいと思いながら ずっと・・・ その場に立ち止まってたんだね…」


「七海さん 思っているだけで願いが叶うなんて そんな事は きっと無いのよ

 だって 立ち止まっているのは 諦めているのと変わらないんだから…」


「諦めているのと一緒・・・か… 私は・・・ どうすればよかったんだろう…」


「さぁ? 私は 土屋くんと七海さんが どんな風に歩んできたか知らないから 

 それは分からないわね」


坂下さんは 私のそんな呟きを あっさりと切り捨てた


「でもね 貴女が どれだけ大事なモノを手放してしまったのか理解して 

 その事と向き合えたのなら

 その手に掴んだモノにも ちゃんと向き合うべきだと思うわ きっと・・・

 待ってるから」


「私が 掴んだモノ・・・」


私は そっと自分の右手に目をやる・・・

そして ゆっくり握り締めた その右手に卓くんの顔が浮かぶ・・・


「(卓くん・・・ 私・・・ 私・・・)」


卓くんに どんな顔をして会えばいいのか苦悩する私の前で 

坂下さんは ゆっくりと帰り支度をし始めた


「今日は 散々気分の悪い話に付き合わせちゃったわね

 でももう これでおしまいだから・・・

 もし 私を恨んで頑張れるのなら そうしてくれていいから

 そう思われるだけの事をしちゃったし その事を詫びる気も無いわ

 ただ 土屋くんの為にも 七海さんが強くなれる事を影ながら応援してるわね

 それじゃ 七海さん さようなら」


そう 悪びれもせず言い放つと 坂下さんは伝票を手に取り こちらを振り返る事も無く 会計へと向かっていった

そして 私は…


「坂下さん… 私に向き合う機会をくれて・・・ 本当に・・・ありがとうございました」


涙に歪む彼女の背に 頭を下げ そう呟いた・・・


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あとがきと言う名の蛇足


あけましておめでとうございますm(_ _)m

この作品も とうとう3話目なんですが 当初 20PVもあれば上出来で

感想も 作者のえこさんが お情けでくれるくらいだろうなぁ 

とか思ってたんですが

気が付けば 全話合算で200PV目前で 感想もいくつも頂けて有難い限りです

本当に ありがとうございます(*´Д`*)


今回も 超難産だったんですが その上に ほぼ書き上げた所でブレーカーが

落ちると言うハプニングで 半分以上書き直しになった事と

プロットや考察が色々変化した事もあって 違和感が出てなければ良いなぁって感じですね

前の2話は 書き上げた後で 1~2日置いて何度か読み直してから 修正なり加筆なりして投稿してたんですが

今回 書き上げと同時に投稿の暴挙に出たので 色々不安だったり(;´_ゝ`)





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