信じたかった…
「私 滑り止めに 丘の上の女子高を受けてて そこに通ってたんだけど
毎日が地獄で 半月ほど経ったあの日 私は 通学電車で遠くの駅まで行って
そこで電車に飛び込むつもりだったの」
そこに 当時の情景が映し出されているかのように カップの紅茶を眺め
穏やかな口調で語り続ける坂下さん
しかし 私は その穏やかさと話の内容の落差に白昼夢でも見ている気分だった
「いつも降りる駅に着いた時も 席に座ったまま通過するつもりだったんだけど
そんな時に 急に話しかけられたのよ 「降りなくていいんですか?」って
それが 土屋くんだった
私の制服を見て 同じ駅で降りる筈だからって心配してくれたみたいでね
私の顔見てビックリしてた 相当酷い顔してたのね(笑)」
そういって 彼女はクスクス笑ってるが 正直 私は笑えない…
ただ 「ああっ かんちゃんなら・・・」と そんな風に思ってた
「私が体調を悪くして動けないと思ったみたいで
手を引いて電車から降ろしてベンチに座らせてくれた上に 水まで買って渡してくれたの
それまで 「誰も 私の事なんか気にして無い」と思ってたから びっくりしたし
なんか 自分の事を見透かされてる気がして 本当に怖かった
土屋くんに心配されても ロクに反応出来ない上に「ありがとう」の一言も言えなかったな
ただ 彼が学校に向かう為に踵を返した時 内心ホッとしたけど 離れて行く彼を見て
何故か凄く寂しく感じてた…」
大事な思い出を話すかの様な坂下さんを眺めつつ 私の中では 違和感の一つが氷解していた
かんちゃんが 死のうとしている人を助けたと聞いて そんな話を聞かされていなかった事が不思議だったんだけど
かんちゃん自身は 体調の悪かった人のお世話を少しした程度の認識だったから
私との話に上らなかったし 転校してきた彼女の事にも気付かなかったんだと
「土屋くんが立ち去って 一息付けると思ったんだけど どうも駅員さんに私の事を
伝えていたみたいでね
親切な駅員さんが駆けつけて 救急車まで呼ぼうとするから「大丈夫です! 学校に行きます!!」
って走って学校に向かう羽目になったのよ?
もうね ほんのちょっと前まで 死ぬつもりだったのに こんなドタバタした上に
学校に向かってる自分が 無性に可笑しくて笑っちゃったの そう 本当に久しぶりに笑ったのよ・・・」
「そう、だったんだ…」
なんとか その一言だけ絞り出したけど 「ああっ その事で 坂下さんは かんちゃんに惹かれたんだ」と
そう思うと胸にモヤモヤとしたモノが広がる…
「(もう かんちゃんとの隣には居られないのに… なんで私は…)」
そんな自己嫌悪に陥る中 彼女の独白は続く
「でもね 世界って そんなに簡単に変わったりしなかった
学校に行けば やっぱり地獄だったし それからの日々も 何一つ変わらなかった
だから また死のうと思ったんだけどね 死ねなかったの
その度に あの時 声を掛けてくれた土屋くんの顔が浮かんじゃってね…
死ねなくなっちゃった…」
「坂下さん…」
「知ってる? 月明かりの無い海ってね 伸ばした手の先が見えなくなるくらい真っ暗闇で右も左も上も下も分からなくなるんだって
私もね 自分が何処に立って どっちを向いてるのか どこへ行けばいいのか何も分らなかった
そんな暗闇の中に居た私に 土屋くんは光をとどけてくれたの 闇夜に届く灯台の光みたいに・・・
その光が届く所へ行けば 私は生きていけると そう思って北高へ転校したのよ」
多分 「分かる」と言ったら 彼女に失礼にあたるんだろうなと思う
でも卓くんに出会って 私の苦しみを理解してくれて 気持ちを救い上げて貰えた事で私の世界は広がったし救われた気がした
坂下さんにとっての その相手が かんちゃんだったんだ…
「それからの私の日々は 平穏で心地よかった…
土屋くんを見ている中で七海さんの事も知ったけど 貴女がいる事で彼が幸せなら
それは私の幸せだと思えた
さっきも言ったけど 私は 彼を見ていられるだけで良かったのよ
ただ 土屋くんが「死のう」と考えた時は・・・
その時は 彼に接触して何が何でも止めると決めていたけどね」
坂下さんが 一呼吸置いて伝えた最後の一言を聞いた瞬間 全身の血の気か引いた
さっき 彼女はこう言っていた 「私の方から 声を掛けた」と・・・
そして それに私が関わっていると…
かんちゃんに一体何が? 知りたいと思うと同時に どうしようもない恐怖に身体が強張る
急激に乾いていく喉から なんとか声を振り絞る…
「かんちゃんが・・・ そんな、、事、、、」
恐らく真っ青になっている私を見据えながら 坂下さんは ゆっくりと口を開く
「私が 土屋くんに声を掛けたあの日 彼は 見てたのよ 貴女が樋渡君に告白して
その後 彼とした事もね…
それから 土屋くんは ふらふらと駅に向かって上りのホームへ入っていったわ
そして ベンチに座って呟いたのよ「死にたい…」って だから 私は 彼に声を掛けたの
土屋くんを絶対 死なせない為に」
坂下さんの話が続いてる… でも 今の私には その内容を咀嚼する余裕は 全く無くなっていた…
「み、見ていた…? かんちゃん、、、が あの日の、事を・・・ 見られ、、ていた…?
そ、それに… かん、、ちゃんが なん、なん、で そんな…
わからない、、 わからないよ、、、」
思考が混濁し 考えがまとまらない…
自分が 何か呟いてる気がするが よく分らない…
ただ胸が・・・ 胸の奥が凄く痛い… 痛いよ…
あの時は… かんちゃんに告白した事を伝えた時は 何も感じなかったのに…
「・・・分らない…かぁ… 本当に・・・ 貴女は…
今まで 十数年守り続けて これからも一緒に居るんと思っていた大事な人が
いつの間にか見知らぬ男と親密になって キスまでしている所を見せられたら
そう思っても仕方ないんじゃない?
だから 私は樋渡くんを誘惑して七海さんと別れさせる事を考えたの
貴女は一人っきりになったら 必ず土屋くんの元に戻ると思ったから
そうなれば 土屋くんも死のうとしなくなると思ってね」
彼女の口から 樋渡くんに近付いた真相を聞かされるが 私の頭の中は
別の事で一杯だった… 私が・・・ かんちゃんの・・・ 大事な…人?
「大事、、、な、人? 私が? かんちゃん、、、の?
そんな訳・・・ だって 私はポンコツ、、だし…
何の取り柄も、無いんだよ・・・ そんな私が・・・」
「っ! …っつく・・・」
頭を左右に振りながら 必死に否定しようとする私の耳に届いた呟き・・・
その声に籠められた冷たさに一瞬身が竦む
「貴女のそういうトコロ 本っ当にムカツクっ!
土屋くんが ポンコツが嫌だって言ったの? 取り柄が無いと駄目だって言ったの?
保健室での事も そう! 確かに 土屋くんに歪んだ部分もあったのかもしれない
でもね 貴女を守るって根っこの部分は変わってなかったし その為に色んなモノを犠牲にしてきたんじゃないっ!
なのに、、、 それなのに、、、そこまでしてくれた土屋くんを なんで貴女は信じてあげられなかったのよ!」
その瞬間 胸に心臓を鷲掴みにされたかの様な痛みが走り 「ヒュッ」と息が詰まる
手の震えを誤魔化すように 制服の右胸部分をギュッと強く握り込んでしまう
「そんな事っ! そんな、、、事… そんな…」
咄嗟に否定しようとした・・・ 「そんな事無い!!」そう言いたかった…
でも・・・ 言えなかった…
私の心の中を見透かすような彼女の視線が それを許してくれなかった…
もう堪えようのない涙が頬を伝い 制服を握り込んだ手をポタポタと濡らしていく
「私・・・ ずっと・・・ ずっと不安だった… 凄く・・・ 凄く怖かった…」
溢れ出る涙も拭えず 滲んで焦点の合わない視線を坂下さんに向けながら 私は独白する・・・
「かんちゃんとの約束・・・ 一緒に柚島へ…って 私の大事な… 大事な約束・・・
その約束が 私とかんちゃんを繋ぐ大事な繋がりだって・・・ ずっと思ってた…
でも・・・ でも あの日・・・ そうじゃないって… ふっ・・・
私の・・・ うっく… 勘違いだったんだって… ひっ… そう判った時に…
私の中の・・・ うぐっ… 大事なモノが崩れる感じが・・・したのっ!
怖かった 凄く怖かったの! うううっ… ひっ… もし また何か期待して…
それが違っていたら… ぐすっ… もう・・・ きっと耐えられないって・・・
ひぅ… もう かんちゃんと一緒に居られないって思ったの… ふぅ… ううっ… うあぁぁぁぁ…」
身体を抱きしめる様に硬く身体を縮め 私は泣くのを止められなかった
それは 今まで心の奥で堰き止められていた感情が 一度に噴出したかのような
感情の洪水だった
私は かんちゃんに傍に居て欲しかった筈なのに 何時から私は…
そうだったんだ… 私も… 私も とっくに歪んでたんだ…
=====================================================
あとがきと言う名の蛇足
あ~ 本当にしんどかった…
書いてる最中に内容や展開がドンドン変わっていくわ
風邪引いて寝込むわ 七海が可哀そうになってくるわで大変でした(;´_ゝ`)
本当は ここで二人の会話終わるはずだったんだけどなぁ
本編読んでた時の考察をベースにはしてるんですが そこから更に変化してて
この後の辻褄がちゃんと合わせられるか 風呂敷がちゃんと畳めるか不安しかないw
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます