「きみが明日も生きてくれますように。」アナザーストーリー
@Matenrow
呼び出し
金曜日の放課後、私は坂下さんに「お話があるから、もし時間があるなら」と言われ
駅前の大通りを一本奥に入った所にある、落ち着いた感じのカフェに誘われた
行き慣れない店の雰囲気と、「一体何の話なんだろう?」と言う不安で
落ち着かない私を余所に、坂下さんは対応してくれた店員さんに
「出来れば余り人目に付かない席を」と伝え、店の奥のひっそりとした席へと
案内される
「私は紅茶にするけど、七海さんは何にする? あっ お茶代は私が出すから」
向いに座った坂下さんが、そう言いながら私にメニューを差し出してくる
「えっ? そんな悪いよ…」
「いいのよ。 私の我儘に付き合って貰ったんだし。
それに、これからする話は貴女にとって気分の良くない内容になるわ
だから、そのお詫び代だと思ってくれればいいわよ。」
「アハハ… そ・そういう事なら… 私は、ハーブティーをお願いします。」
(やっぱり、こない方が良かったかなぁ…)
彼女の発した不穏な言葉に 頬が引き攣りそうになる
ここに来た事を少し後悔しつつ、誘われた時の事を思い出す。
誘われた言葉自体はさり気ないモノだったが、坂下さんの目は真剣そのものだった
「(あんな真剣に誘われたら断れないよ…)」
それに、卓くんとの事も気になったし、このお話もその事なのではと考えれば
やっぱり断れなかったと思う。
そんな微妙な緊張感が漂う中、それぞれの前に注文した物が置かれ、
坂下さんがカップを口元に運ぶのを確認して 私も口をつける
ミントの爽やかな香りが鼻から抜け、不安でガチガチだった身体を落ち着かせていく
そんなお互いが、お茶を口にし落ち着いた所で、坂下さんが口を開いた
「まずこれは伝えておくわね 樋渡くんの事よ
噂も流れていたし 樋渡くんからも聞いているかもしれないけど
私 彼と付き合おうと色々モーションをかけてた 貴女も知ってるでしょ?」
問うような視線に頷いて返すと 彼女は先を続ける
「だけど もう樋渡君を誘惑するのを止める事にしたの 今後は不必要に樋渡君に近 づく事は無いわ」
その瞬間、私の中に二人で成績表の前でのやり取りが浮かび 胸がチクッと痛む
「そ・それって… かんちゃ…土屋くんと付き合う事にしたから?」
自分でも なんでそんな事を言ったのか分らない…
気が付いたら口から出ちゃっていた
坂下さんは 一瞬驚いた表情をした後に 訝し気に
「なんで そういう事になっちゃうの?」
「この間 職員室の前に貼られた成績表の前で二人で居るの見たから…
それに かん… 土屋君から坂下さんに片思いしてて付きまとってるって聞いて…」
「ああっ なるほどね… でも 土屋くん そんな事言ってたのね」
呆れたような 可笑しい様に そう呟き
「土屋くんとは色々あるけど 付き合ってるって言うのとは ちょっと違うかな?
寧ろ 最初に付きまとっていたのは私の方だったしね」
「え? …坂下さんが か…土屋くんを?」
自分が見聞きした事と 坂下さんの発言に齟齬が有り過ぎて状況が把握出来ない
少なくとも 卓くんに会いに来ていた時には そんな素振りは全然見えなかったし…
そんな私の混乱を余所に
「ずっと土屋君を見てたの 通学の時も 学校の中でも 貴女と一緒に居る所も
帰宅する時も 彼の家まで ずっとね」
続く彼女の言葉に ピキッと表情が強張る
「(え? それって… もしかして…)」
「そっ 私 土屋君のストーカーなの」
「ス、ス、ストーカー?!」
私の雰囲気から察したのか あっさりとストーカーである事を告白され
混乱に拍車がかかる
聞かされた話が 自分の日常とかけ離れてて まったく実感がわかない
これなら 私をからかってると思った方が まだ納得出来るよ
いや・・・ ひょっとして・・・ 本当に からかわれてるだけなんじゃ…?
「あの… その・・・ かんちゃんのストーカーって言うのは 本当・・・なの?
ひょっとして 冗談・・・とか?」
「土屋くんって通学の時は いつも2両目に乗るよね
彼の家は 駅から歩いて**分くらいで その斜め向いが七海さんの家
ご両親は 大体**時頃に帰宅するけど 土日は 留守がちみたいね」
私の僅かな希望に縋った言葉に対して 彼女は 駅からかんちゃんの
家までの順路 家族の帰宅時間から お休みの日の行動まで言ってのけた
もう本当に どう反応していいのか分からない
それに かんちゃんは その事を知っているのだろうか?
「えっと・・・ かんちゃんは その事を?
それに 今は親しくなってるみたいだし ストーカーみたいな事は
きっとしてないんだよね?」
「土屋くんなら その事は知ってるわよ
確かに今は そんな事する必要は無くなったけどね
でも・・・ 本当は 私は彼を見てるだけで良かったのよ?」
「見てる…だけ?」
「そう… 土屋くんと話をしたいとか 付き合いたいとまでは望んでなかったの
彼は 私の事に全然気づいてなかったしね
あの日から ただ土屋くんを見ていられれば 彼の日常の背景の中に居られれば
それだけで 私は幸せだったのよ」
穏やかな笑みを浮かべながら そんな事を言う坂下さんを 私は茫然と眺めていた
「ストーカーするほど好きなんじゃないの?」「好きなのに見てるだけで幸せ?」
「見てるだけで寂しくないの?」 そんな疑問が浮かんでは消えていく…
「で、でも ちゃんと知り合ったっんだよね? かんちゃんと」
「そうね 私から彼に声をかけたわ
でも そのきっかけを作ったのは 七海さん 貴女なのよ?」
「わ、私? え? なんで?」
突然出てきた自分の名前に驚く きっかけっと言われても
まったく身に覚えがない私は ワタワタするだけで
「まぁ 貴女自身は気付いていないでしょうね
ん~… どこから話せばいいのかなぁ?
そういえば七海さん この間 私の頭が良くて羨ましいって言ってたよね?」
「・・・ え? え~…と う・うん・・・」
かんちゃんと出会うキッカケを聞かされると思って身構えていた私は
突然の脈絡のない話の展開に 理解が追い付かないまま生返事をしてしまう
それが あんな衝撃的な話に繋がるとも知らずに…
「そんなのは当然なのよ 小っちゃい頃から ずっと勉強頑張ってきたんだから」
普通なら それは昔からの積み上げによる自信に裏打ちされた言葉だと思う
でも それを口にしている彼女の顔には そんなモノは微塵も無く
自嘲気味な笑みを浮かべ 言葉を続けていく
「だって 私にはソレしかなかったから ソレが私の全てだったから…
友達も何もかも切り捨てて 私はみんなと違うんだって勉強に打ち込んで
その挙句に 受験に失敗して私は全てを失ったわ
そして ・・・死のうと思った」
「っ!!」
「死のうと思った」その一言を言い切る彼女に 混乱しっぱなしだった私は
思考が完全に停止してしまい 何も言えなくなっていた
「受験に失敗してから 私はドロの中で生活している様なものだったのよ?
見るもの全てが濁って見えて この世界に私が生きていく意義も見付けられず
そして世界も私に無関心で ひたすら厳しくて 世界中が失敗した私を嘲笑って るって思えた
「もう私は全てを失った 終わっちゃったんだ」 そう考えたらね 死にたくなっ たの」
「そ・そんなの・・・ おかしいよ・・・
坂下さん美人だし スタイルも良くて・・・ それに…私と違って健康なんだよ…
何も無いなんて…」
彼女の衝撃的な告白に もう話の展開云々とかではなく 「何か言わなくちゃ・・・」
そんな思いで 常日頃 彼女を見て思っていた事を伝える
「そうじゃない そういう事じゃないの
私は 勉強に今までの人生全てを賭けて 未来も賭けていたのよ
それは私の世界そのものだった それが私の価値だと思ってた
それが一瞬で崩れ去って無くなったの 私の中がカラッポになっちゃったのよ
七海さん 貴女も最近似たような事があった筈だけど やっぱり
自分で掴もうと思わなかった人とでは 感じる絶望の大きさが違うのかしら?」
軽い嘲けりを含むその言葉は 私の胸の奥深くを抉る…
「そんな事…(ギュゥッ…)
・・・坂下さんも 今 ここで私と話が出来て居るのは そんな事を
諦めたからなんじゃないんですか?」
他人に触れられたくない部分を無遠慮に触られた事で
自分でも信じられないほど カッと頭に血が上り
指が白くなるほど拳を強く握り込んで そう言い返していた
そんな挑むような私の視線を まるで気にした様子も無く
ゆっくりと紅茶を一口飲むと
「土屋くんがね…」
「…えっ?」
「土屋くんが死なせてくれなかったの」
ポツリと告げられた呟きは 混乱を極めていた私の思考にトドメを刺した
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