第35話 残念な結果

誰よりも甘い夜を過ごした白蓮だが、だからこそ確かめたい事があった。

朝、皆が集まりお祈りを捧げた後、白蓮は黒音を呼び出した。

「黒音。昨日お腹のお子を診た医師が、もう一度診察したいと言っているのです。」

「医師が?なぜですか?」

昨日診たばかりだと言うのに、一体何を診るのか、黒音は心配で仕方がない。

「……お腹のお子に、何かあったのですか?」

黒音の震える声を聞いて、信志が近づいてきた。


「どうしたと言うのだ?」

黒音はこれ見よがしに、信志に寄り添う。

「昨日お腹のお子を診て頂いたばかりですのに、もう一度診察したいと仰ってるんです。」

信志は、白蓮の方を振り向いた。

「……今日ではないといけないのか?」

信志が黒音の代わりに聞いた。

「王。こればかりは、先に延ばせません。黒音のお腹の子は、この国の明暗がかかっているのです。」

真っすぐに信志を見つめる白蓮。

今朝まで、自分の腕の中で、寝乱れていた白蓮と、同一人物とは思えない。

「王とて、黒音のお腹の子が、大人しいと仰っていたではないですか。」

「えっ?」

黒音が信志を見上げると、信志は顔を背けたままだった。

「そんな事を、白蓮様に仰っていたのですか?」

一番関係が冷めていると思っていたのに。

黒音は、誰よりも白蓮にそれを漏らされた事が、悔しかった。


「黒音。何かあってからでは遅い。白蓮の言う通り、医師の指示に従おう。」

黒音の胸の中で、妬みの炎が燃え盛る。

昨日、釘を刺したばかりだと言うのに、まだこの女は、自分の邪魔をしてくるのか。

「医師の診察は、私が付き添おう。いいだろう?白蓮。」

白蓮は、静かに目を閉じた。

「ええ、お願いいたします。」

朝、ずっと一緒にいようと言っていたのに、まさか黒音に持っていかれるとは。

白蓮とて、今朝までの甘い一時との差に、戸惑っている一人だった。


信志に付き添われ、医師の元へやってきた黒音。

医師は二言三言口にすると、早速黒音の脈と、お腹を触り始めた。

「もう一つだけ、失礼します。」

医師はそう言うと、木筒のような物を出して、黒音のお腹に当てた。

「どうなのだ?お腹の子は?」

信志が待てずに聞くと、医師はゴクンと息を飲んだ。

「信寧王様、黒音様。落ち着いて聞いて下さい。お腹の御子の心音が感じられません。」

「えっ……」

黒音の顔色は、見る見るうちに青白くなっていく。

「それは……」

「心臓が動いていないと言う事です。お腹の御子はもう、亡くなっていると思われます。」

突然の事に、黒音はその場で、大きな声をあげながら泣き始めた。


「どうされました?」

あまりの大きな声に、白蓮と桂花も、診察室に入ってくる。

「黒音様。落ち着いて下さい。」

「これが落ち着いていられますか!」

泣き叫び、近くの物を手に取って投げる黒音に、桂花はただ見ているだけだった。

状況を把握できていない白蓮を連れ、信志は診察室の外に出た。

「王?」

「白蓮。黒音のお腹の子は、既に死んでいた。」

「ええ!?」

信志は壁に手を付きながら、床に沈んでいく。

「私の子は、産まれる前に皆死んでいく……白蓮、私は呪われているのだろうか。」

「そんな事……あり得ません。」

白蓮は、肩を落とす信志を、後ろから抱きしめるしか、できなかった。


そんな事は関係なしに、医師は白蓮を呼ぶ。

「正妃様。」

白蓮は信志を気にしながら、医師の元へ歩み寄った。

「正妃様。お腹の子が亡くなっていると知れば、一刻も早くお子を外に出さねばなりません。」

「それは、手術をすると言う事ですか?」

「いえ。薬を飲んで頂き、人工的に産んで頂きます。」

白蓮は胸が痛んだ。

「……死んでいると分かっているお子を、お腹を痛めて産めと言うのですか?」

「そうしなければ、黒音様は懐妊できません。」

白蓮は、この時ばかりは、自分の立場を恨んだ。

王の子を産めるのは、今や黒音のみ。

死んだ子をそのままにして、次の子を諦めれば、国を継ぐ者がいなくなる。

「分かりました。黒音に伝えてみます。」

白蓮は気が重いまま、また診察室に戻った。


診察室では、黒音がまだ泣きわめいている。

白蓮は物にあたっている黒音の隣に、恐れもなく座った。

「黒音。心してお聞きなさい。死んだお子は、今すぐ外に出さなければなりません。」

その言葉に、泣きわめいていた黒音の手が止まる。

「死んだ子を産むのは、辛いでしょうけど、これも次のお子を産む為だと思って、耐えるのです。」

あまりの言葉に、黒音はわなわなと怒りがこみ上げてきた。

「死んでいると分かったら、すぐに放り投げろと言うのですか!」

「そんな事は言っていません。落ち着いて、黒音。」

「あなたに!私の気持ちなど、分かる訳がない!」


そしてまた身を切るようになく黒音を前にして、桂花が白蓮との間に入った。

「せめて、明日にしてはくれませんか?」

黒音と桂花の前では、白蓮は心を許せる相手ではない。

「どうか黒音様に、お腹のお子との別れの時間を、お与え下さい。」

私はこんなにも、無慈悲な存在だと思われているのか。

「どうか。どうか!お慈悲を下さい、白蓮様!!」

「分かりました。」

白蓮は立ち上がった。

「医師には明日処置すると、伝えます。今日はゆっくり休んで、我が子との別れを惜しみなさい。」

そう言うと白蓮は、診察室を出た。


廊下に出ると、そこでは項垂れる信志の姿があった。

「白蓮。黒音は、納得してくれたか?」

「はい。でも処理は、明日になりました。今日は、死んだ我が子と一緒にいたいと。」

「そうか。それならいい。」

信志は、フラフラになりながらまた診察室へ入って行くと、黒音と一緒に亡くなった子を惜しんだ。

白蓮がそのまま、部屋へ戻ろうとすると、医師はまた白蓮を引き留めた。

「何です?」

「明日の事なのですが……もう一つお耳に入れたい事がありまして……」

白蓮と医師は、廊下を隔てて別な部屋に、二人きりで入った。

「あの……これは、白蓮様のお心にだけ、留めて頂けますか?」

「分かりました。」

「その……黒音様のお腹の御子の事で……」

白蓮は、そっと戸を開けると、廊下に誰もいない事を確認した。

「今なら大丈夫です。仰いなさい。」

「はい。実は、黒音様のお腹の御子を触診したところ、その……」

「はっきり言いなさい。」

「は、はい!」

医師は額に、汗をかいていた。

「……御子が、手に触れないのです。」

白蓮は、息が止まった。

「あれほど大きなお腹であれば、御子の姿が触診で分かるものなのですが、全く分からないのです。」

「通常の大きさに、育っていないと言うのですか?」

「いえ。それが……」

医師は、震える声でこう答えた。

「元々……黒音様のお腹には、御子などいらっしゃらないのでは……」

「馬鹿なっ!」

医師は恐ろしくて、膝をついた。

「すみません、すみません!恐れ多い事を申しました!」

恐れおののく医師に、白蓮は尚も問いかけた。


「懐妊は、黒音の偽装だと言うのですか?そなたは、王の妃が、嘘偽りを申していると言うのですか!」

「ひぃぃ!すみません、すみません!」

「謝ってばかりでは、話は進みません。本当の事を言うのです!」

「それが、こんな事は初めてで、分からないのです!許して下さい!」

こうなっては、白蓮が何が言っても、謝るだけで終わるだろう。

「……どうすれば、分かるのです?」

医師はピタッと動きを止めると、白蓮を見上げた。

「早く仰いなさい。明日には、黒音の運命が、決まるのですよ?」

医師の体は、震えてきた。

「……黒音様自体が、妊娠は偽装だと認めれば、お体は自然に戻ってゆくと思われます。」

「黒音が……認める?」

あの誰よりも、王のお子を産める事に、誇りを感じていた黒音が、自分の妊娠が嘘だと言う事を、果たして認めるだろうか。

白蓮は、また重い荷物を、背負った気がした。

「分かりました。明日、処置の前に黒音に尋ねてみます。それでも認めぬのであれば、お子はお腹の中にいるものとして、処置を進めればいいでしょう。」

「は、はい。」

白蓮は、部屋の戸に、手をかけた。

「ああ、そうであった。」

白蓮は、少しだけ振り返った。

「あなたも、この事は他言無用です。いいですね。」

「はい……」

部屋に戻ろうとした白蓮は、一旦足を止めると、王宮にある神殿へと向かった。


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