Mission058: 見舞

「……はい。どちらさまでしょうか」


 中にいたのは、二人の人物だ。一人目は、長身かつ黒髪の男性である。

 両手を包帯でぐるぐる巻きにしながら、ベッドの上に座った姿勢で、M達を見つめている。


 Mがまず、自らの身分を明かした。


「お初にお目にかかります。私はこちらにいらっしゃる、アドレーネ様の従者でございます。名は“Mエム”と申します。以後、お見知りおきを」


 Mは一礼をすると、スッと後ろに下がった。それに合わせて、アドレーネが名乗る。


「私はアドレーネ・マリア・グラウ・ゲルゼリアと申します。ゲルゼリア王国を代表し、お見舞いに参りました」

「俺……いえ、私は、アドレーネ様の護衛をしているゼルゲイド・アルシアスと申します」


 三人の名乗りが終わったタイミングで、金髪碧眼の美女が呼びかける。


「M様。お待ちしておりました」


 白衣を身にまとっているが、胸元をやや大きく開いており、スカートも丈が短い。

 近くに置いてあるスプーンと食べかけのプリンを見るに、男性に食べさせていたようだ。


 そんな二人を見たMは、まず美女に話しかけた。


「ご無沙汰しているな、マルスリーヌ。今日はせっかく取った休日にもかかわらず、ここに呼んで悪かった」

「いえ、M様がお呼びであれば、私はいつでも参ります」

「感謝する。さて、そちらのお方が、王国一のパイロットと名高い、“閃光のクルーガー”殿か」


 名前を呼ばれた男は、ゆっくりと返事をする。


「いかにも。私は“閃光”の通り名で知られる、あおい・クルーガーです。しかしながら……そのような名前で呼ばれるのは、もうやめていただきたい」


 葵は俯きながら、呟くように話し続ける。全身が、小刻みに震えていた。


「先の戦いでは、私は何も出来ずに……大切な人を、失った。機体ががれきに埋まり、排除するのに手間取っているうちに、つかさは…………。今でも、行動不能になる前に建物から離れられていれば……そう思わずにはいられません」


 悔しそうに、奥歯を噛みしめる葵。

 包帯の巻かれた両手を、手のひらを上にしてゼルゲイドたちに見せる。


「そして、私の両手はこのようなありさまになってしまった。包帯の下は、お見せするのをためらう程に傷ついてしまった。Advancerアドヴァンサーの操縦桿を握ることはできません。いえ、日常生活でさえも、誰かに助けてもらわねば、ままならないでしょう。私はもう、戦士ではいられないのです」


 沈鬱な雰囲気に包まれる病室。

 と、ゼルゲイドが前に歩み出て、しゃがむ。


「君は……」

「ご高名は聞いています、クルーガー大尉。空技大会で何度も優勝を飾った姿は、小さい頃の俺の憧れでした。父親に連れられて見た貴方の軌跡は、鋭く、美しかった」


 ゼルゲイドは一人称を取り繕うのも忘れ、葵に話しかける。


「そうか……ありがとう。だがその実績は、つかさ……幼馴染の、天才整備士がいてこそ成し遂げられたものだ。今の私は、羽をもがれ、くちばしと爪までもを奪われた鳥に過ぎん」

「俺の憧れの男は、もうここにはいないと?」

「そうだ。今は何も出来ない、無力な男だ」


 葵のその一言を聞いたゼルゲイドは、立ち上がる。

 そして、今までに無いほど怒りに満ちた声で、葵に言い放った。




「何勝手に諦めてんだ! 俺の尊敬した“閃光のクルーガー”は、そんな弱っちい男じゃなかったぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る