Mission056: 遊撃

 重巡洋艦“ローテ・ドラッヘ”内部、謁見の間にて。

 エルンは“皇帝”からの呼び出しを受けていた。


「陛下、いかがされましたか」

『お前に……いや、お前たちに命じたいことがある』


 今の“皇帝”の言葉は、言い間違いでも何でもない。“皇帝”は明確に意思を持って、『お前たちに』と告げたのである。


「我々に……? このローテ・ドラッヘの、全人員に対するご命令でしょうか?」

『実質的にはそうなるだろう。だが、おもに動いてほしいのは、お前たち“紅の薔薇隊ローテ・ローゼン”だ』

「はっ……」


 返事はしたものの、エルンは今一つ“皇帝”の意図を掴みかねていた。


(いくらこのような愚物ぐぶつといえど、戦力として有用な将兵を使い潰すほどではあるまい。だが、この男は私欲のために、国一つを転覆させた。何を考えていてもいいように、用心せねばな)

『ところで、エルンよ』

「何でしょうか」


 エルンは慌てて思考を中断し、“皇帝”に向き直る。


『アレクスとゼールドが、8658を用いた作戦を失敗させたのは知っているか』

「いえ、陛下。初耳でございます」


 同じ“六天将”とはいえ、所属が異なるのだ。エルンのあずかり知る話ではない。

 加えて、合同作戦というのは滅多に行われない。原則としては“六天将”の率いる部隊が一つ――とはいえ、最低でも師団(Advancerアドヴァンサーにして512機)規模だが――あれば、戦力としては十分な数だからだ。


 ところで、“六天将”には序列がある。

 高い順に赤、青、緑、黄、白、黒という並び順になるそれは、合同作戦時の上位指揮権者を明確にするための制度だ。


 しかし、実際にこの制度は、ほぼ形骸化けいがいかしている。また、“六天将”同士のやり取りにおいても、優先されるのは色の序列ではなく実際の階級であった。

 ゆえにエルンは、色による序列は高くとも、階級は“六天将”の中で最も低かった。加えて、“六天将”としての在籍期間も、現在の6人の中では最も短いものである。決して軽んじられているわけではないものの、まだ“六天将”における特有の雰囲気には慣れきっていなかった。


 そんなエルンの状況を知ってか知らずか、“皇帝”は話を続ける。


『“六天将”には独自行動を認めている。余が敢えて言うまでもない話だ』

「はっ」

『しかし、いくらでも捨ててしまえる8658とはいえ……アレクスとゼールドは、相当な数の兵と機体を損耗させた。真に恐るべきは、それでも大した痛痒つうようにならぬゲルゼリアだが……それでも、“六天将”の力を全て結集させねば、そして正しく兵を動かさねば、あれは沈まん』

「恐れながら……では、我々だけを独自行動させるのは、得策ではないのでは?」

『お前の言葉はもっともだ。だが、何事にも順序というものがある。力を結集させてあの愚か者どもを潰すのは、最後の仕上げだ。分かるな』

(順序、か……。貴様はそう言っておきながら、私たち“六天将”を全損ぜんそんさせるかもな)


 エルンは心中で毒づきながらも、表面上はそれを全く悟らせなかった。力強い返事が響き渡る。


『良いものだ。では、任せるぞ』


 “皇帝”はそれだけ告げると、通信を切った。

 エルンは誰にも聞かれていない状態を確かめると、脱力する。


「……ふぅ。翻意ほんいを隠すのも、疲れるものだ」


 謁見の間を後にしながら、エルンは自らの執務室へ向かう。

 その途中、ふと呟きを漏らした。




「アドレーネ……私の妹よ。本当に、済まない」

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