Mission050: 8658(その1)

「パトリックさん。少し、お時間をいただけますか?」


 ゲルゼリアでの作戦後会議デブリーフィングを終えたゼルゲイドは、部屋から出るや否やすぐに、パトリックへと呼びかける。


「ああ、いいが……どうした?」

「単刀直入に言います。8658部隊に関するお話を、聞かせていただけますか」

「…………」


 パトリックは一瞬、押し黙る。ゼルゲイドは、自らの言葉が彼の逆鱗に触れたのではないかと思い、立ちすくんだ。


「……一応、確認だ。聞きたいのは、君の父さんの話か?」

「はい」

「ならばいいさ……けどな。覚悟して聞くんだ。君が正気を保ち続けるという、覚悟をしてからな」


 パトリックはやんわりと、断ろうとする。


「既に出来ています」

「何かあれば、私がお止めしますわ」


 だが、アドレーネも同席するというのだ。しかも、ゼルゲイドのお目付け役として、である。


「何が何でも、か……。はは、弱ったな。逃げ場無いじゃん、俺」


 パトリックは自身が包囲されているのを悟って、頭を抱えた。


「ちょっとお酒だけ持ってこさせてよ。逃げないし、なんならついてきてくれていいからさ」

「いえ、待ってます」

「私もゼルゲイド様と同じく、待っておりますわ」

「そっか。すぐ戻るよ」


 宣言通り、2分で部屋まで向かって酒とグラスを取ってきたパトリックは、ゼルゲイドとアドレーネを食堂へと案内した。


     *


「ここなら誰も来ない。安心して話せる」


 パトリックが案内した先は、食堂――の奥にある、バーだった。

 マスターがグラスを磨いているが、3人の話に聞き耳を立てているそぶりは無い。


「俺一人で飲んで悪いな……。さて、どこから話すかな」


 パトリックは酔う直前の頭を回転させて、話の切り出し口を探す。


「俺が8658部隊に入っちまうハメになった話からするか。ゼルゲイド君の父さんが来るよりも早く、左遷させられ……いや、左遷って言葉じゃ生ぬるいな」


 言葉を区切ると、さらに一口の酒をあおる。


「8658部隊に入る直前、俺はある部隊の副隊長だった。隊長が部下を使い捨てるような命令を出したんで、それに具申……逆らったら、あれよあれよという間に8658部隊行きが決まっててな。逆らった3日後には軍法会議で有罪判決、一週間後には放り込まれてた。見せしめみてえなもんだったよ」


 酔いが回り始めたか、語調が荒くなるパトリック。グラスを握る力も、強くなっていた。


「俺はたまたま、Advancerアドヴァンサー搭乗資格があったからな。あんなクソみてえな所に放り込まれたものの、Advancerアドヴァンサーで戦えたのはまだ幸運な部類だったよ」

「まだ……?」

「ああ。搭乗資格の無い奴らは地上部隊行きだった。危険な戦場に優先して送り込まれ、旧式の装備も混じった半端な戦力で戦ってたさ。帰ってこれた奴は……100人に1人、いたかどうかだ」


 握っているグラスがミシミシと、悲鳴を上げ始める。


「それは……信じられませんわね……」

「信じられないのは仕方ありませんよ、姫様。これを知っているのは、一部の高級将校や“六天将”、そして皇帝くらいなもんですから。さて、と……」


 パトリックは一気に、グラスに残った酒を飲み干す。


Advancerアドヴァンサー乗りだった俺は、そこそこあった技量のおかげで生き延び続けた。んで、毎日クソマズい飯食って、たまにクソ司令が機嫌悪くしたら独房に叩き込まれて……そうしている間に、エルト、も放り込まれて来た」

「エルトさん、……プロメテウス3スリーですよね?」

「そうだ。俺たちプロメテウス隊はよ、元々は8658部隊内でのAdvancerアドヴァンサー乗りだった。ついでに言うと、デュランとラファエルは同じ8658隊員の子供だ」

「デュランさんにラファエルさん……。道理でパトリックさんより年下に見えたはず……」

「ああ、そういうこった。……そして帝国のクソッタレはよ、当時から凄まじい数のAdvancerアドヴァンサーを揃えていたからな。俺とエルトは機体ごとな、8658に放り込まれたんだよ……!」




 パトリックはグラスから溢れるくらいの酒を注ぐと、不愉快な感情を打ち消すようにひと息に飲み干した。

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