Mission043: 計略

「ゼルゲイド君を見捨てるような格好となったが……帰るべき母艦を、失うわけにはいかない」


 パトリックの乗るグリンドリンのレーダーには、無数の光点が見えていた。


「まさかこのタイミングで、巡航ミサイルが向かってくるなんてね。しかも並の艦船に向ける数じゃない」

「帝国も、ゲルゼリアを潰すのに必死というわけか。パト……プロメテウス1」

「その通りさ、プロメテウス2。そしてあれは、おそらく高速巡航ミサイルだ。ぼんやりしていると加速しだすぞ!」


 グリンドリンが先行して加速し、ゲルゼリアの直掩ちょくえんに向かう。リクシアス3機も、同様に続いた。


(高速巡航ミサイル……。あんな高価なものを何発もぶっ放すとは、青の“六天将”に違いないな)


 パトリックは思考を巡らせながら、ゲルゼリアの艦首付近目掛けて向かったのである。


     *


 その頃。

 シュヴァルリト・グランは、雲中に逃走したバルゼネーレを追跡していた。


「パトリックさん達、どこに向かうんだ?」

「ゲルゼリアの方向ですわね。何かがあったのでしょう」

「俺たちだけでしのげってことですか……」

「そうする他にありませんわ。ここで黒の“六天将”を逃しては、何をしてくるか分かりませんから」


 突然別行動を取り始めたプロメテウス隊を見て、疑問に思うゼルゲイド。

 しかしアドレーネは、意識を目の前の敵バルゼネーレに向けさせ続けていた。


「どこに逃げた……?」

「ゼルゲイド様、左ですわ!」


 ゼルゲイドがとっさに左を向くと、大型ナイフを構えて迫るバルゼネーレが見えた。


「ッ、この……!」


 操縦桿を乱暴に操作し、機体がバランスを崩してぐるりと回転する。

 だが、ナイフによる刺突はきっちり回避していた。


「逃がすか!」


 突っ込んでくる勢いのまま急速に離脱するバルゼネーレを、ゼルゲイドは背面から容赦無く、前腕部ビーム砲を立て続けに撃ち込む。

 左肩、そして左肩にもっとも近いブースターの1基が破損し、バルゼネーレの姿勢が崩れた。


「やるな……流石は“黒騎士”。圧倒的な力は、健在だったか」


 ゼールドは歯噛みしながら、機体を左回転させてシュヴァルリト・グランへと振り向く。無事なブースターだけを用いたのだ。


「だが、この雲の量だ。1対1でも、私に勝ち目はある。いや、むしろ味方を分断したことで、私の勝ち目は強くなった」

「どういう意味だ?」

「それを言うほど、私は愚かではないので……な!」


 再び、バルゼネーレが雲中へ突入する。


「またか……!」

「ブースターから黒煙を噴いています。今なら、どう追えばいか分かるでしょう」

「ええ……!」


 ゼルゲイドはためらわず、シュヴァルリト・グランを雲中へと突っ込ませた。


「逃がすものか……!」


 風や後方気流に吹かれてすぐに消える黒煙は、しかし大元から消えたわけではない。ゼルゲイドはその煙をたどり――


「ッ、いない! まだ横に伸び――」

「隙あり!」


 死角からバルゼネーレが、大型ナイフを構えて突っ込んできた。シュヴァルリト・グランの装甲表面に突き刺さる。


「硬いな……! 本当にAdvancerアドヴァンサーの装甲か!?」

「させませんわよ!」


 だが、アドレーネのフォローも早かった。ゼールドがシュヴァルリト・グランの予想以上の装甲強度に動じた隙を突いて、再び障壁を展開したのである。


「ぐっ……!」


 内側から展開する障壁に押し出されたバルゼネーレ。刃先をシュヴァルリト・グランに突き立てたままだったため、ダガーを折ってしまった。


(あれは本当にメルダー合金製なのか……!?)


 態勢を整えながら、予備のダガーを引き抜く。バルゼネーレのそれは切れ味を重視したものとはいえ、本来“刺突武器”であるダガーの先端を折ってしまっては、十分な威力を出せるものではなかった。


「フフ……ここまで命の危機を感じたのは、20年ぶりだ」


 それでもゼールドは、余裕の笑みを浮かべていた。いくらか虚勢も混じっているが、“六天将”としての本能で「余裕を崩せば負ける」と察知していたのである。


「だが……私の朋友ともの率いる軍がお前達の母艦を撃沈すれば、それは私の勝利だ」

「ッ!」


 動じるゼルゲイド。

 と、アドレーネが動く。


「ゼルゲイド様。無線を繋げてくださいませ」

「え?」

「早く!」


 言われるがままに、ゼルゲイドは無線をオープンチャンネルにする。

 それを確かめたアドレーネは、ゼールドに告げた。


「残念ながら、それは叶いませんわ。ゲルゼリアの力、そして彼らの力があれば、あの程度の窮地は脱するでしょう」




 アドレーネは凛とした声で、ゼールドの言葉をはねのけたのである。

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