Mission035: 祝杯

「そうか。私がいなくとも、その刃は鈍らず……よくやった、クルト」

「光栄です、閣下。我ら紅の薔薇隊ローテ・ローゼン、閣下より賜った薫陶と力によって、誰一人欠くことなく武勲を上げ続けてまいりました」


 エルンはワインを、クルトと呼ばれた男やその他紅の薔薇隊ローテ・ローゼン隊員はエールを飲んでいた。


「どうした、遠慮しているのか? 飲みたいものを飲め。私の財布をからにするつもりで頼んでいいのだぞ?」

「いえ、我々はAdvancerアドヴァンサー乗りです。飲み過ぎは慎まねば」

「そうか。だが、財布を空にする手段は、何も量ばかりではないぞ。まずは私が手本を見せよう」


 エルンは酒場のマスターを呼びつける。


「ここの酒で一番高級なものはどれだ?」

「こちらでございます」


 どよめきが、酒場を満たす。


「お、おい、あの赤い服の男……何てもんを頼みやがる!?」

「あれは一杯だけで、俺ら工夫こうふの年収三年分だぞ!?」


 自分たちには手の届かない酒を平然と注文するエルンに、他の客達、そして紅の薔薇隊ローテ・ローゼンの4人は驚愕する。


「閣下!?」

「この程度、大したものではない。酒の強さもな。我々がボトルを1本空ける勢いで、飲もうではないか。エールもいいが、たまにはこういう“本物”も飲んでおけ。ものの見方が変わるぞ。……お前達もどうだ?」


 エルンは護衛兵を見て、自身の注文した酒を勧める。

 本来なら任務のために断るところだが、エルンの立場が立場だ。断るにも、相応の度胸が必要だった。


「で、では一杯だけ……」

「よろしい。マスター、ただちにボトルごと買い取ろう。いくらだ?」


 マスターの口から出た言葉は、先ほどの値段の50倍であった。ボトル丸ごととなると、額はさらに桁が上がる。

 だが、それでもエルンは眉一つ動かさなず、淡々と伝えられた額を支払う。


「問題無い。足りているな。これで全額出したはずだが、どうだ?」

「確かにいただきました」


 その場で支払いを終えたエルンを、いくつもの畏怖の目が見つめる。

 次の瞬間、エルンは高々とボトルを掲げた。


「聞け、皆の者! 居合わせた全員で、共にこの美酒を飲もうではないか!」


 次の瞬間、酒場には歓喜が満ちたのである。




「良かったのですか、閣下?」

「構わんよ。私は金に、手元に置いておく意義を見出さんからな」


 数時間後。

 居合わせた全員で最高級酒のボトルをけたエルン達は、店を後にしていた。


「それにこれは、お前たちとの再会を祝した記念でもある」

「光栄でございます、閣下」


 頭を下げる紅の薔薇隊ローテ・ローゼンの4人。

 だがエルンは、内心では別のことを考えていた。


(彼らが合流した以上、Advancerアドヴァンサー同士での戦いであれば奴らと互角に渡り合えるだろう。少なくとも、一方的に押し負けることは無いはずだ。だが、シュヴァルリト・グランでさえも比較にならない程の強敵への策が、いまだ見えない。かのゲルゼリアとかいう大型艦、どう墜としたものか……)


 直接対峙したエルンは、ゲルゼリアの圧倒的な実力をよく知っている。

 ローテ・ドラッヘという強化された専用の重巡洋艦をもってしても、勝利への道筋がまったく見えなかったのだ。


(とはいえ、今は再会を祝するとき。まだ、彼らに伝えるのは早いだろう。酔いがめ、本格的に合流するときに、知る限りを伝えるか……)




 エルンは姿勢を正しながら、休息のために仮の宿舎へと向かったのであった。

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