Mission015: 逃走

「外したか。敵もなかなかの手練れだな」


 Mが呟く。

 艦長である彼は、冷静に思考を巡らせた。


(あの真紅のカラーリング、そして単独行動をしている様子から考えれば、“六天将”が座乗する重巡洋艦のローテ・ドラッヘだろう。となると、いつエルレネイアが現れてもおかしくはないな。ならば)


 そして、淡々と次の命令を下す。


「追え。ただし、今の距離を保て。観測手、どのくらいだ?」

「およそ30,000です」

「そうか。ならば諸君、聞け。多少詰めても良いが、27,000より先には絶対に近づくな。逃げきれなくなる恐れがある」

「「了解!」」


 Mの言葉に従い、ゲルゼリアがわずかに増速する。

 命令にあった距離に従い、90秒ほど追跡を続けた。


「反撃してきませんね……?」

「だな。1番から7番副砲、用意。21連斉射せよ」

「了解。1番から7番副砲、用意」


 砲手長の復唱に合わせ、7基21門の副砲が一斉に、ローテ・ドラッヘへ向けて狙いを定める。


「撃て」


 直後、Mの号令により、21もの長大な光の筋が放たれる。

 ゲルゼリアの圧倒的な巨躯を動かすクライン結晶型反応炉から生み出された莫大なエネルギーは、副砲でも重巡洋艦であるローテ・ドラッヘをほふるだけの力を有するのだ。


 果たして――狙い通りに、いくらかの砲撃がローテ・ドラッヘの船体をかすめた。


「命中!」

「油断するな。敵艦はまだ健在だ。追跡を続けろ」


 あくまでも淡々としたMの指示は、しかし確たる自信に満ちていた。


     *


「被害報告!」

「船体への損傷は軽微! ですが、艦尾の光防壁が突破されました! 防壁出力も低下!」

「残存出力は!?」

「42%です!」

「艦首、右舷、左舷への防壁出力カット! 全て艦尾防壁に回せ!」


 ローテ・ドラッヘのCIC戦闘指揮所は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 “六天将”の一人、ゼールド准将から依頼された超級戦艦を探し当てるまでは良かったものの、想定を大幅に上回る威力の反撃を食らい、必死になって逃げていたのだ。


「反撃はどうしますか、艦長!」

「論外だ! 本艦の武装を上回る射程の持ち主なのだぞ!」


 ローテ・ドラッヘもまた、主砲として225mm3連装ビーム砲を3基装備している。

 だがゲルゼリアが放ったのは――口径としては同等であるものの――威力も射程も上回る、馬鹿げたとしか言いようの無いビームであった。

 しかもゲルゼリアの225mm砲は、あくまでも“副”砲である。これを上回る威力の主砲をまだ使わずして、ここまで追い込まれているのだ。


「とにかく逃げろ、あの怪物から! 機関最大!」

「駄目です! 既に速力最大ですが、まったく距離が開きません!」

「何だと!? ええい、何という化け物戦艦だ! あの図体ずうたいで、このローテ・ドラッヘ以上の速度なのか!?」


 既にいくつもの死線をくぐり抜けてきたローテ・ドラッヘの艦長ですら、ゲルゼリアの力は規格外に大きなものだった。

 相手が重巡洋艦や小規模な艦隊であれば、どうにでもこの窮地から脱せられるはずだった。だが、彼にとって不幸なのは、ゲルゼリアが幻にも等しい、“超級戦艦”という名の次元が違いすぎる相手であった。


 しかし、エルンだけは、冷静さを保っていた。


「落ち着け、艦長。最高責任者である貴様が冷静さを失っては、ローテ・ドラッヘは本当に轟沈ごうちんするぞ」

「閣下……!」

「皆まで言うな。私であっても、アレと正面からやり合う手段を持ち合わせてはいない。だが、レーダーに映ったのは、本当にあの化け物だけなのか?」


 その一言を聞いて、艦長はハッとする。

 そして、急いでレーダー手に尋ねた。


「レーダー手! “味方”の反応はあるか!?」




「はい! 進路上に複数の味方機及び味方艦を確認、距離はおよそ25,000!」

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