第5話

 東の空が白むまでひと寝入りした旅人が妙な声で目を覚ました。

「おはようございます、旅人さん。そろそろ出発の朝ですよ」

 くぐもった聞き覚えのない声で薄目を開けてみるが、近くには昨日のロバしかいない。空耳かもしれんともう1度目をつむろうとしたとき、ふたたび声が聞こえた。

「起きてくださいわたしです。目の前にいるロバですよ」

 旅人はびっくりしてロバのほうを見ると、首を立てに振りながらこちらを見ている姿があった。

「ひょっとして、いましゃべったのはロバくんキミか?」

「はいそうです」

 返事を聞いた旅人は頭がおかしくなりそうになった。昨日はミツバチ、今日はロバ・・・夢でも見てるのだろうか? だが現実にちゃんと会話をしている。何がなんだかさっぱりわからない。とにかく昨日ミツバチがいっていた「世の中にはわからないことがいっぱいあります」という言葉を信じるしかなかった。

「旅人さん、もしよかったら一緒に旅をさせてくれませんか」

 ロバは元気のない声で旅人の顔を見ます。

「どうしたんだね、ロバ君。こんな見ず知らずの者と一緒に旅がしたいなんて」

 旅人は突然のことに少し驚いた様子で訊いた。

「じつは、ボクはこれまで山のふもとの農家に飼われていたんですが、ついこの間、主人が僕を町に売る話を立ち聞きしてしまったんです。それは、ボクがほかのロバと外見が違うから高く売れるというんです。ボクだって好き好んでこんな姿になったんじゃないんです。でも現実にこんな姿なんですから仕方ないといえば仕方ないんですが、町に売られるのだけはどうしても嫌で、水汲みにいく振りをして逃げてきたんです」

 旅人が見ると、ロバの背中の両側に水がめがくくりつけてありました。

「そうか、可哀そうに。そういうことなら一緒に旅をしてもかまわないよ。でもひとつだけ条件がある」

「な、なんでしょう。その条件というのは」

「いや、そんなに難しいことじゃないよ。君のその首からぶら下がってる鈴が鳴らなければいいことなんだよ。どうもその音が気になってね」

「そんなことなら、おやすいことです。好きなようにしてください。ボクが好んでつけた鈴じゃないんですから」

 それを聞いた旅人はロバの首に手をのばし、金属で出来たがま口のような形の鈴を持つと、1本のひもで鈴の中のおもりを動かないようにしばりつけた。

「さあ、これでよし。これだったらキミと一緒に歩くことが出来るな」

 それを聞いたロバはわかっているのかいないのか、嬉しそうに目を細めて何度も首を振って見せた。

「それじゃあそろそろ出発することにしよう。あ、そうそう、私の肩にミツバチがとまっているだろ、まずはこの子の家をさがさなければならないんだよ。なんでもこの山の向こうあたりらしいんだ」

「それならボクにまかせてください。主人について薪ひろいや、きのこ取りにいったことが何度もありますから、あの辺にはけっこう詳しいんです」

 ロバは少し元気が出て来たようだった。

「出かけるまえにロバ君に頼みがある。君の背中のおいしそうな水を私に1杯飲ませてくれないだろうか。のどが渇いて仕方がないんだ」

「どうぞ、どうぞ。好きなだけ飲んでください」

 旅人はうまそうに水をのどの奥に流し込みました。その1口の水をもらったおかげで元気がわいてきて、力強く歩きはじめるのでした。

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