決戦の時

新たな王

翔王エルーン

 翌朝、薄明りの時間帯に忠志は目覚めた。起きがけの寝惚けた状態で、彼の手は自然に渡橋が差し入れに持って来た栄養補助食品のゼリー飲料を掴む。ゼリーを一気に吸い上げて飲み込むと、体が内側から温かくなり、目が冴えて意識がはっきりして来た。

 彼は立ち上がってヴィンドーに呼びかける。


(行こう、ヴィンドー)

(待て。栄養補助食品を持って行こう。もしもの時の非常食だ)

(ああ、分かった。レジスタンスの誰かに断ってから出て行った方が良いかな?)

(その辺で会った者に伝えておけば良いだろう)


 忠志は静かに部屋を抜け出す。彼は新理と顔を合わせたくなかった。これから戦いに行くと言えば、余計な心配をかける事になると分かっていた。それに彼女と話をすると、決死の決意が鈍る気がした。

 彼は今日を決戦の日だと心に決めていた。ヴィンドーの意識が生きている間に戦いを終わらせなければ、その後は彼一人で全てをやり遂げる事になる。一人だけで戦える自信が彼にはなかった。


 忠志は基地の入口の階段で番をしている男性に話しかける。


「おはようございます」

「おはようさん。どっか出かけるのか?」

「リラ星人を倒しに」

「おう、そ、そう……だよな。そのために戦っているんだもんな。少し待ってくれ。上に報告するから」


 警備の男性は小走りで持ち場を離れた。忠志は言われた通りに、その場で待つ。

 数分後に渡橋が警備の男性に連れられて、忠志の元にやって来た。


「諫村くん、出かけるのか。今し方、所沢市で赤い巨大ロボットが暴れ回っていると報告があった。気を付けてくれ。……いや、違うな。武運を祈る」


 渡橋の話を聞いて、ヴィンドーが忠志に言う。


(エルーンだ。私達を誘き出そうとしている)


 忠志は無言で渡橋に頷き、基地から出ようとする。その前に渡橋は、もう一度忠志に呼びかけた。


「待ってくれ。上木新理には何も言わなくて良いのか?」

「……何を言えって言うんですか」


 忠志は振り向いて彼に困った笑い顔を見せ、改めて基地から出た。そして自動車に乗って所沢市へと向う。



 エルーンは所沢市役所に陣取り、昇る朝陽を両翼に受けながら、音響兵器で街を破壊していた。胸部で増幅した音波エネルギーを頭部からビーム状に発射して、街をなぎ払う。それはまるで破滅の歌だ。

 忠志がオーウィルに乗り込んで所沢市に着いた時には、市内はほとんど廃墟と化していた。エルーンは翼を広げて、オーウィルを歓迎する。


「遅かったじゃないか」

(女の人!?)


 女性の声に動揺する忠志に対して、エルーンのパイロットは堂々と名乗る。


「地球人よ、私は王の後継者が一人、ママルケキ・ミラクトマ。お前にはここで死んでもらう」

「ふざけるな!! 死ぬのはお前だ!」


 その余裕が気に入らず、忠志は真っすぐエルーンに向かって突進した。走りながら加速してオーウィルの出力を上げ、低空飛行で体当たりをする。

 だが、エルーンはひらりと跳躍して躱し、そのまま空高く飛翔して、上空からビームを浴びせる。


「ディスパージョンブラスター!」


 エルーンが蓮華掌(両手首を密着させて十指を蓮の華のように開いた形)から発射した黒いビームは、防御しようとしたオーウィルの左前腕部に直撃する。忠志には直撃した部分が急速に冷たくなった様に感じられる。同時に左腕の感覚が消えてコントロールを失う。


(な、何だ!? 何が起こった?)


 うろたえる忠志にヴィンドーが解説する。


(これはエネルギー分散攻撃だ。まともに受けていると機体が持たないぞ)


 エルーンはオーウィル目がけてビームを照射し続ける。忠志は左右に跳んで攻撃を避けた。狙いを外したビームは市庁舎に直撃し、建物の分子的な結合力を失わせて崩落させる。

 それに忠志が驚いて僅かに注意が逸れた間に、オーウィルの両脚がビームを受けて動かなくなった。エルーンのパイロットは勝利を確信して高笑いする。


「敗者は地べたに這いつくばっているのがお似合いだ! 一度私に敗れた分際で、何度挑もうが勝てるものか!」


 ――その直後、エルーンの左脚が下方に引っ張られる。


「はっ!? 何だと!!」


 忠志はエルーンの攻撃を左手で受けた際に、密かにオーウィルの右腕を飛ばしていたのだ。


「い、いかん!」


 エネルギーを奪い取られると直感して、エルーンのパイロットは左脚ごとオーウィルの右手を切り離そうとした。次の瞬間、オーウィルの左手がエルーンの右手を捕らえる。

 エネルギーが分散して腕が動かなくなったのなら、もう一度エネルギーを通わせて動かせば良い。長時間ビームを浴びなければ、再び動かせる。それを忠志は感覚的に理解していた。車を動かしていたのと同じだ。ヴィンドーの知識と経験が、忠志に伝授されている。


「地べたに這いつくばるのは、お前の方だ!」


 オーウィルの両手がエルーンのエネルギーを奪って行く。エルーンは飛翔する力を失い、地面に叩き付けられる。


「ああっ、何という事!? こいつ、以前よりも強くなっている! せっかく私が一度は追い詰めたというのに! テクコマノ、レングク……あのグズどもめ!」


 エルーンのパイロットは恨みの言葉を吐いて悔しがった。

 オーウィルは完全に復活して立ち上がり、エルーンを捕獲した両腕を本体に引き寄せて、機体を高熱で溶断しようとする。高温で両者の機体が赤熱し、更に温度が上がって白熱する。

 そして二機は太陽のような超高温の光球に包まれた。高温に伴って発生する熱線や放射線は外部に放出されず、光球の中を巡って一層温度を上げる。弱い可視光だけが漏れ出して、地上に小太陽を作っている。


「か、勝てない……! 退くしかない!」


 エルーンのパイロットは小さな光の球となって、機体から脱出した。そして矢のような速さで宇宙船へと帰って行く。

 忠志はエルーンの残骸を蒸発させてエネルギーを奪い尽くすと、廃墟となった所沢市を後にして、改めて東京湾へと飛び立った。

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