悲しみの夕暮れ

 忠志は無意識に窓から見える沈む夕陽を眺めていた。彼はドアがノックされて、はっと我に返る。


「はい」


 誰かと思いながら返事をすると、新理の声が返って来た。


「タダシ、ちょっと……良いかな?」

「ああ。開いてるから、入って良いよ」


 忠志が答えると、新理は遠慮がちに入室して、室内を見回した。


「私の部屋と変わらないね」

「まあ、そんなもんだろ。あっ、これ食べるか?」


 忠志は新理に渡橋からの差し入れを見せたが、彼女は受け取らなかった。


「……今はいいよ」

「食べないと元気が出ないぞ」


 実体験を込めて忠志は告げるも、新理は無言で小さく首を横に振り、窓辺に近付いて佇む。夕陽が彼女の顔を照らす。

 忠志は彼女の横顔をじっと見詰めて、彼女の言葉を待った。わざわざ訪ねて来たからには何か用があるのだ。十秒に満たない程度の沈黙の後に、新理は夕陽を見詰めたままで忠志に話しかけた。


「タダシ、私ね……」


 改まって何を言われるのかと、緊張する忠志。数秒のためらいを挟み、新理は告白する。


「私、ムネくんの事が好きだったんだ」

「……そう……だったのか」


 忠志は反応に困った。何も今そんな事を言わなくても良いじゃないかと、困惑が顔に表れる。そんな忠志の思いを察してか、新理は小さく俯いて謝った。


「ごめんね。こんな事、言われても困るよね」


 どうしても自分の気持ちを誰かに伝えなくては気が済まなかったのだろうと、忠志は彼女の内心を慮って、否定的な言葉はかけずに沈黙する。新理はもう成就する事が叶わなくなってしまった想いを供養するように、隠し続けて来た秘密を敢えて口にする事で自分の心にけじめを付けたのだ。

 何故新理が自分の気持ちを隠していたのか、忠志には何となく分かる。彼は新理の事を異性として意識していなかった訳ではないが、恋愛関係になる事はないと思っていた。それは三人の関係が崩れる事が嫌だったからだ。漠然とではあるが、もし自分が誰かと付き合うとしても、きっと新理ではないと考えていた。

 新理も忠志と同じで、だからこそ宗道に告白する事はせず、好きだという素振りも見せなかったのだ。


(ムネは良い男だったからな)


 新理が宗道を好きになるのも分かると、忠志は心の中で独り納得していた。宗道は女子にモテていたし、性格も良かった。高校のサッカー部で彼が部長を務めていたのは、ただサッカーが上手かったからではない。部内で彼よりサッカーが上手い男子は何人かいた。それでも宗道が部長に選ばれた理由は、人望があったからだ。仲間への気配りができるだけでなく、広い視野と深い洞察力があった。何より前向きで明るい性格が、多くの人を惹き付けた。

 その彼がどうして死ななければならなかったのかと思うと、忠志の心に怒りが込み上げて来る。


「リラ星人はオレが倒す。何に代えても」


 そう宣言した忠志に、新理は悲しい目を向けた。


「タダシ……私には何もできない……。何もできなくて、ごめんなさい」


 彼女の瞳はうるんで、涙が頬を伝い、零れ落ちる。泣き顔を見られまいと彼女は駆け出して退室する。止める間もなく、忠志は唖然として見送るしかなかった。



 新理が去った後、独りになった忠志はヴィンドーに話しかける。


(明日の朝、もう一度東京湾に行く。オーウィルの動かし方も分かって来た。今度こそ、あの宇宙船を破壊する)

(タダシ、焦りは禁物だ。王の後継者は四人――『ジャーグ』のテクコマノ、『グラムバー』のレングク、『エルーン』のママルケキ、『イガルド』のハサンボーレ。どれも楽に勝てる相手ではない)


 ヴィンドーの言葉と同時に、まだ見ぬ敵のシルエットが忠志の脳内で描かれる。ジャーグ、グラムバーとは既に戦った。エルーンは赤い翼を持つロボット、イガルドは巨大な黄土色のロボットだ。


(誰だろうと、邪魔をするなら叩き潰すだけだ)


 忠志の怒りに呼応するように、彼の体は熱を帯びる。独り怒りを膨らませる彼に対してヴィンドーは忠告した。


(今は静かに心と体を休めるんだ)

(……分かってる。寝不足で戦えないとか、笑えないからな)


 そう頭では分かっていても、なかなか忠志は寝付けない。興奮した気持ちを静めようと思って、すぐに静められるなら、世の中はもう少し平和だろう。ベッドに横になりながら、忠志は続けてヴィンドーに問いかける。


(さっきの話だけどさ、本当なのか? あんたが消えるって……)

(本当だ。持って十日が限度だろう)

(どうして?)

(どうしてと言われても……。永遠に生きられる者などいない)


 ヴィンドーは常識的な答えで返したが、忠志はどこか腑に落ちない気持ちだった。そこで彼はリラ星人の事を詳しく知ろうと、新たな質問をする。


(リラ星人って他人に乗り移れるのか?)

(違う。それはリラ星人の能力ではない)

(じゃあ、何か特別な装置を使うとか?)

(それも違う。タダシ、私たちは『適合者スーテッド』――なのだ)

(適合? 波長が合うとか、そういう?)

(そう思ってもらって構わない。だからこそ、私は君の友人ではなく、君に宿った。宿と言うべきだろうか)


 もし宗道が適合者だったら、新理が悲しむ事もなかったのだろうかと、忠志の心には後ろ向きな考えが浮かんだ。しかし、そうすると代わりに宗道の両親が死んでしまい、宗道自身がリラ星人と戦う運命になる。宗道はどんな気持ちで戦うのだろうか……とあれこれ想像を巡らすも、それが何の助けになる訳でもない。

 その内に日が沈み切って夜になる。どちらにしろ過去は変えられないのだから無意味な仮定だと、忠志は考える事を止めて眠りに落ちた。

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