秘密基地
秩父鉱山跡までの長距離ドライブの間に、太陽は西側に大きく傾き、空は赤みがかっていた。
「通行止」「危険」「崩落のおそれ」と書かれている看板の脇を通り抜け、山中のトンネル内に進入すると、途中に分岐路があり、そこから一行はレジスタンスの秘密基地に入る。
秘密基地の駐車場に車を停め、忠志がハンドルから手を放すとライトが弱まり、次いで静かにエンジンが停止した。忠志は心の中でヴィンドーに話しかける。
(ヴィンドー、これはどういう事だ。どうしてオレは車の運転方法を知っている?)
(人格の同化が始まっているのだ。タダシ、私は私の持つ知識を全て君に伝えたいと思っている。そう遠くない内に、私の人格は消滅する)
突然の告白に忠志は焦った。
(何だって!?)
(私の意志を引き継いで欲しいと言ったのは、そういう意味だ)
動揺している忠志に、助手席のレジスタンスの男性が呼びかける。
「どうした、諫村くん。大丈夫か?」
「あ、ええ、はい」
「これから基地内を案内する。私に付いて来てくれ」
降車した忠志と新理は、レジスタンスの男性の後に続いて歩く。レジスタンスの男性は駐車場の奧にあるドアに向かって行くと、徐にノックをして声をかけた。
「
そうするとドアの向こうから別の男性の声が返って来る。
「合言葉を言え」
「大洋」
「太陽?」
「大洋だ。海の大洋」
「良し」
短いやり取りの後、ガチャリとロックが外れる音がして、ドアが開いた。三人はレジスタンスの基地内に迎え入れられる。
ここまで忠志と新理を案内したレジスタンスの男性――渡橋は、ドアの先のコンクリートの階段を少し上った所で後ろを振り返り、忠志と新理の二人を見詰めた。
「暗いから足元に気を付けてくれ」
渡橋を先頭に、忠志、新理の順番で、三人は暗く狭く長い上り階段を歩く。階段を上り切ると、窓から夕陽が差し込む広いフロアに出た。
山の斜面に埋まるように隠された、コンクリート製の建物。これがレジスタンスの秘密基地なのだ。しかし、人の姿は少ない。
「少し待っていてくれ。私は責任者に話を通して来る」
渡橋は忠志と新理を置いて、基地の奧に姿を消す。
彼を待っている間、忠志は山の陰に沈みかけている夕陽に目を奪われた。
(綺麗だ)
夕陽の暖かさが全身に沁み渡るよう。もっと太陽の熱が欲しいと彼は思う。これから夜になって涼しくなって行くのが惜しい……。
太陽を見詰めて呆然としていた彼を、新理が心配する。
「どうしたの、タダシ?」
「ああ、いや、何でもない」
忠志は名残惜しさを覚えながらも、太陽から新理に視線を移した。新理は見知らぬ場所に連れて来られて、不安そうにしている。それは忠志も同じだったが、これ以上彼女を心配させまいと弱気な素振りは見せなかった。
会話が途切れて、二人の間に重苦しい沈黙が訪れる。そこにタイミング良く、白いビニール袋を片手に持った渡橋が戻って来た。
「二人とも待たせたな。取り敢えず、空き部屋に案内しよう」
◇
部屋まで移動中、忠志はホテルを出てから気になっていた事を渡橋に尋ねる。
「あの、聞きたい事があります」
「何だ?」
「ホテルにいたのは、オレたち三人だけだったんですか?」
「そんな訳ないだろう。仲間が全部で十人余りいたが……全滅だろうな。会長が不在だったのが不幸中の幸いか」
渡橋の口振りは至って平静だったが、忠志のショックは大きかった。
「……済みません。オレは自分たちだけが助かる事で頭が一杯で」
「君が謝る事はない。軍に先手を許した時点で手遅れだった。悪いのは……あぁ、いや、誰が悪いという話は止めよう。責任を押し付け合ってもしょうがない。倒すべきはリラ星人だ」
彼の落ち着いた態度が、忠志には信じられない。
「仲間を殺されて、悔しくないんですか?」
忠志の配慮を欠いた物言いにも、渡橋は取り乱さずに諭す。
「……私は君に『人間を嫌いにならないで欲しい』と言った。だから、私も他人を恨んだり憎んだりするような事は言わない」
忠志は彼の事を立派な大人だと思うと同時に、それでも心の中では許せない気持ちがあるはずだと疑った。理屈と感情は別だ。どんなに理屈が正しくても、それで感情を抑える事はできない。渡橋が政府や軍に対して、何の悪感情も持たないのであれば、それこそ非人間的で恐ろしい。
渡橋は忠志が怪訝な目を向けているのに気付いて、大人振るより本音を語った方が良いのだろうかと、少し思案した。
「事が片付いたら、連中には仲間の墓の前で手をついて謝ってもらう。全員が死ぬまで、毎年だ。他の者は何と言うか分からないが、私はそれで許そうと思う」
彼の言葉には恨みが滲んでいたが、忠志は人間らしさを感じて安心した。
◇
忠志と新理は隣り合った部屋を宛がわれる。二人は自分の部屋を決めて、別々に入室した。
部屋の中はベッドと椅子が一つずつあるだけで、他には何もない。電気が通っていないので部屋の中は薄暗く、外の景色が見える大きな窓が唯一の光源だ。余りに殺風景で刑務所のようですらある。窓から見える景色も、山と木と空ばかり。
室内を一覧した忠志は、非常時だからしょうがないかと小さく息を吐いた。その直後、渡橋がノックをして忠志の部屋に入って来る。
「良い所とは言えないが、まあ我慢してくれ」
そう言って彼は白いビニール袋を忠志に手渡す。忠志が中身を確認すると、スナックやゼリーの栄養補助食品が数個ずつ入っていた。
忠志は困惑した表情になる。
「これは……?」
「以前にヴィンドーに頼まれて仕入れて来たんだが……。もしかして、こういうのは嫌いだったか?」
「いえ、嫌いじゃないですけど……」
ただ単にお腹が空いていないと答えようとして、今更ながら彼は自分の生理活動が止まっている事に気付いた。緊急事態の連続で、忠志は今日が何日かも確認できていないが、少なくとも数日は経過しているはずである。その間、全く飲食をした記憶がない。
「……渡橋さん、今日って何日ですか?」
「十六日だ」
忠志は日数と過去の記憶を照らし合わせて振り返る。
巨大ロボットが空から落ちて来て、ヴィンドーと最初に会ったのが、八月七日。その夜にリラ星人の襲撃を受けて、両親が死んだ。青いロボットのジャーグと戦ったのが、翌朝……八日。そこから正確な日数が分からない。川崎のホテルでレジスタンスに会い、緑色の重装甲ロボットのグラムバーと戦い、また気を失って、別のホテルで目覚め、新理に会って……。
「オレ、何も食ってない……?」
忠志の意識がない間にヴィンドーが忠志の体を動かして何か食べていたのか、それとも全く何も食べていないのか。後者はあり得ないだろうと彼は思う。
混乱する忠志を落ち着かせようと渡橋は言う。
「まあ、少しは食っといた方が良いんじゃないか」
「はい……ありがとうございます」
忠志が一礼すると、渡橋は小さく頷いて退室した。一人になった忠志はベッドに腰かけ、袋を漁って高カロリーバーを齧る。ぼそぼそした食感で口の中が乾くが、ほのかな甘みがおいしい。ゆっくり味わって嚥下し、胃の中に落とすと、腹の中からじんわり温かくなって活力が漲る。
食べ物を腹に収めただけで疲労が吹き飛ぶという事実に、忠志は人間の生命力の偉大さを感じた。
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