秩父鉱山へ

 オーウィルは三ツ池公園の多目的広場に着陸して跪き、新理とレジスタンスの男性を下ろす。そして忠志自身も胸部のコックピットハッチを開けてタラップを降り、地上に立った。他に誰もいない公園で、忠志はレジスタンスの男性に問いかける。


「これからどうしますか?」


 レジスタンスの男性は迷わず答える。


「レジスタンスのアジトに行く」

「場所は?」

「秩父鉱山跡」

「遠くないですか?」


 三ツ池公園は神奈川県横浜市内。埼玉県の秩父鉱山まで徒歩で移動していては、日が暮れてしまう。だからと言って、自動車が使える訳でもない。オーウィルで飛べば楽だろうが、オーウィルの巨体は目立つので、今度はレジスタンスの拠点が狙われる事になりかねない。

 だが、レジスタンスの男性は平然と答えた。


「車を使う」

「でも、電気もガソリンも……」

「ヴィンドーは動かせた。諫村くん、君にもできるはずだ」

「えっ、オレが? 車を動かす?」


 どういう事なのかと、忠志は驚いて目を見開く。レジスタンスの男性は至極真面目に言った。


「ヴィンドーに聞けば分かる。とにかく駐車場に行こう」


 彼と新理は先に駐車場に向かう。忠志は二人に付いて行く前に、オーウィルを見上げてヴィンドーに問いかけた。


(これはどうすれば良いんだ?)

(『帰れ』と命じてくれ)

(どこに帰るんだ?)

(海中に沈める)

(エネルギーの消耗は大丈夫なのか? それにリラ星人に見付かったら……)

(稼働していなければ消耗する事はない。加えて、奴等は光や熱を発さない物を探し当てるのは苦手だ)


 彼の説明にひとまず納得した忠志は、オーウィルに向かって帰れと念じた。オーウィルは静かに浮遊して、海の方へ飛び去って行く。

 それを見送った忠志は歩いて駐車場に移動しながら、これまでずっと疑問に思っていたが、尋ねる暇がなくて聞けなかった事をヴィンドーに問う。


(それで、立ち入った話になるけど……。あんたは一体何者なんだ? どうして奴等と敵対しているんだ?)

(私が何者かという疑問には、ただリラ星人だとしか答えられない)

(それは知ってるよ)

(そういう事ではないんだ。私はリラ星人だが、奴等はリラ星人ではない。肉体と精神はリラ星人でも、その本質は違う)


 ヴィンドーの言っている事が忠志には分からない。肉体とも精神とも異なる「本質」とは一体何なのか?


(元々は私たちの母星も、地球に似た平和な星だった。複数の国家があり、その間で様々な問題こそあったが、一つの星の中で収まる程度の事だった。他の星系まで移動する恒星間航行技術も持っていなかった。それが奴等との邂逅で、科学技術が急速に発展した)

(奴等って?)

(名前も知らない。遠く宇宙の彼方から飛来した存在。奴等によって私たちの母星は死の星に変わった。いや、私たちの星だけではない。一つの星系が滅亡したのだ。この地球、そして太陽系もそうなる)


 忠志の脳内にヴィンドーのイメージが伝わる。太陽系の全ての星が、灰色の死の星に変わっていく。彼の壮大な話を忠志はどう受け止めて良いのか分からなかった。

だが、事は日本だけでは済まず、地球全体が危ないというのは何となく理解できた。



 三ツ池公園の駐車場には数台の自動車が放置されていた。電気もガソリンも使えなくなってしまえば、車も無用の長物という事なのだろう。

 忠志が駐車場に着くと、新理とレジスタンスの男性が一台の乗用車の前で待機していた。レジスタンスの男性は忠志を手招きで呼び寄せる。


「こっちだ。鍵を開けてくれ」

「え?」


 忠志は不安になり、レジスタンスの男性に問う。


「この車って」

「電気自動車だ」

「え、その、これ他人の車じゃないんですか?」

「そうだ」


 他人の車を無断で使用する事に忠志は抵抗があった。


「窃盗罪ですよ!」

「泥棒が何だ。軍に攻撃されたって事は、私たちは国家の反逆者になったんだぞ。この非常時に四の五の言ってる場合か」


 レジスタンスの男性には、目的のためには法律違反も辞さない確信犯的な信念がある。忠志は何も言えずに口を閉ざしたが、やはり犯罪行為は気が咎めた。

 気乗りしない様子の忠志を見て、レジスタンスの男性は彼に小声で耳打ちする。


「私と君だけならともかく、彼女の事はどうするつもりだ」


 そう言って彼は新理を一瞥した。忠志は押し黙り、ヴィンドーに呼びかける。


(どうやってロックを外すんだ?)

(ドアに手を触れれば良い)


 ヴィンドーの指示通りに忠志が右手で運転席のドアに触れると、ガチャリと音がしてロックが外れる。その瞬間、彼の指先には静電気が走った様な感覚があった。

 忠志は驚いて一歩足を引き、自分の手をまじまじと見詰める。


(何が起こった……?)

「どうしたの?」


 新理が心配して忠志の顔を覗き込む。忠志は疑問と不安を抱きながらも、彼女に対しては余計な不安を与えないように言った。


「いや、何でもない」


 レジスタンスの男性は続けて忠志に依頼する。


「運転も頼む」

「は? オレ、免許持ってないんですけど……。第一、自動運転があるんじゃないんですか?」

「免許どうこう以前に、そもそも車を動かせるのが君しかいないんだ。大丈夫、他に車は走っていないから、自損事故にだけ気を付ければ良い」

「そんな無茶な」


 忠志は口先では抵抗したが、他に方法がない事は何となく察していた。彼は運転席に乗り込み、ハンドルに両手を置く。それと同時にエンジンが動き出して、インパネが明るく光る。忠志には両手からエネルギーが流出している感覚があった。


(オレのエネルギーを奪って……いや、違う? オレエネルギーを送り込んで動かしているのか?)


 彼が動揺している間に、レジスタンスの男性は助手席に、新理は後部座席に乗り込む。忠志は二人の様子を確かめて告げた。


「動かしますよ」


 忠志は自動車を運転した事はないが、オーウィルを動かす時のように操縦方法が自然に思い浮かんでいた。

 いざ発進というところで、レジスタンスの男性が忠告する。


「おい、シートベルト」

「あっ、はい」


 指摘を受けて忠志は愛想笑いを浮かべながらシートベルトを締め、改めて自動車を発進させる。レジスタンスの男性がナビゲーションを務め、一行は秩父鉱山跡のレジスタンスの秘密基地に向かった。



 移動中、レジスタンスの男性は低く落ち着いた声で忠志に話しかけた。


「諫村くん、君には礼を言わないといけない。助かったよ、ありがとう」

「ああ、いえ……」


 真面目な顔で感謝された忠志は、照れ臭くなって、はにかみながら応える。レジスタンスの男性は続けて謝罪を始めた。


「そして済まなかった。私たちに油断があった。まさか政府が軍を動かすとは思わなかった」

「そんな、あなたが謝る事は……。悪いのは軍じゃないですか」


 忠志は慰めの言葉をかけたが、彼は軍を弁護する。


「軍も悪意があってやっている訳じゃないんだ。どんなに理不尽でも、自分の考えとは違っても、上からの命令には従わなくてはならない」


 それにしては執拗に攻撃されていたと、忠志は恨みに思う。


「嫌々やってたって感じでもなかったようですけど」


 レジスタンスの男性は少しの間を置いて、申し訳なさそうに言う。


「日本を、人間を嫌いにならないでくれ」

「別にそこまでは……。あなたみたいな人もいる訳ですし」

「……ありがとう」


 心の底から言っているような重い口振りに、大袈裟な人だと忠志は苦笑いした。

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