王の後継者

 忠志は遥か彼方に見える天と地を繋ぐ柱――巨大宇宙船のアンカーを目印に、東京都大田区に戻って来た。彼が東海道新幹線を越えると、上空の宇宙船から羽田空港に四つの塊が落ちて来る。

 それは四機の巨大ロボット。忠志はオーウィルを空港西に下ろして、四機と対峙する。青いジャーグ、緑の重装甲のグラムバー、赤い翼を持つエルーン、そして他の機体より倍は大きい黄色いロボット。


 忠志はついさっき倒したばかりのエルーンが再び目の前に現れた事に驚く。


(奴等の機体は量産機だったのか!?)

(いや、量産はしていなかったはず。おそらく黄色いロボットの機能だ。あれはイガルド、機体内部に兵器の生産機能を持つ)


 身構える忠志とヴィンドーに、黄色いロボットのパイロットが落ち着いた声で話しかけて来る。


「来たか、地球人。まさかここまでやるとは想定外だった。どうやら貴様だけは我々が総力を挙げて潰さねばならぬようだ。ここが貴様の墓場となる。だが、安心しろ。全ては一つに還るだけだ」


 多対一の戦闘になる事を考慮していなかった忠志はたじろいだ。


(……どうすれば良い、ヴィンドー)

(それぞれの機動力には差がある。一度引いて、一機ずつ相手をするべきだ)


 ヴィンドーの助言通りに忠志はオーウィルを後退させようとした。だが、そうはさせるかとジャーグが全速力で猛進して来る。


「逃がすかよ! アトラクターウェイブ!!」


 オーウィルは辛うじてジャーグの引力波を躱すも、エルーンが破壊音波を放ちながら迫って来る。オーウィルには衝撃を熱に変える機構があるので、破壊音波自体のダメージは小さいが、食らえば動きが止まる。その隙に引力波に捕まってしまうだろう。一度引力波を受けると自由に身動きが取れなくなり、四対一で袋叩きにされてしまう。それだけは避けなくてはならない。

 懸命に引力波と破壊音波を避けるオーウィルに対して、更に黄色いロボット――イガルドが追い撃ちをかける。


「どれ、こちらも手伝ってやるか……。行け、ワーカー」


 イガルドの腹部のシャッターが開き、その中から無数の「働き蜂」が飛び立つ。働き蜂はオーウィルにまとわり付き、回避運動を妨害する。遂にオーウィルは引力波に捕らわれて、逃げ回れなくなった。


「こいつ!! だったらお望み通り、もう一度焼き尽くしてやる!!」


 忠志は初戦のように、自ら引力波に乗ってジャーグに向かって行ったが、激突前にジャーグの両腰から二門のバレルが伸びる。


「残念だが、今回は乗ってやれんな。加重粒子砲発射!」


 そこから不可視の粒子が発射される。躱そうにも引力波でオーウィルは回避行動が取れない。加重粒子砲の直撃を受けたオーウィルは、徐々に動きが鈍って地上に降下した。機体の両足が滑走路をへこませる。


「か、体が重くて動かない……!」

(加重粒子による重量増加攻撃だ。出力を上げろ。囲まれてしまうぞ)


 ヴィンドーが警告した通り、エルーンが上空を飛んで軽やかにオーウィルの背後に回り込み、ビームを集中して浴びせて来る。


「今度こそ終わりだ、地球人! ディスパージョンブラスター!!」


 オーウィルは全く動けないまま、エルーンのエネルギー分散攻撃を受け続けた。働き蜂がビームに巻き込まれてボロボロと崩れ落ちる。


(ええい、寄ってたかって! 畜生、畜生っ!!)


 忠志は孤独に戦わなければならない自分が悲しかった。もし味方となってくれる者が居れば……と思わずにはいられない。多勢に無勢の無力感を噛み締めて、忠志はヴィンドーに問う。


「何か、何か手はないのか、ヴィンドー!!」

(出力を上げろ)

「上げれるなら、とっくに上げてる!! 全然力が入らない!」

(心が怯えている。焦るな。自分を信じるんだ)

「そう言われたって……!」


 エルーンのエネルギー分散ビーム攻撃が、エネルギーの集中を妨げている。熱気が散って、代わりに冷気が侵入して来る。指先がかじかんで力が入らない。

 そこへ更にグラムバーも加勢する。


「さて、もう十分だろう。眠れ、永遠に!」


 グラムバーの冷凍砲がオーウィルに直撃する。冷却材の固体アルゴンと液体窒素が機体に付着し、熱を奪って気化する。

 ジャーグとエルーンは攻撃の手を止めた。冷凍砲の連射をまともに受けて、オーウィルは氷漬けになる。忠志は機体との同調も解除されて、狭いコックピットの中に閉じ込められた。ただ暗く寒い。それ以外は何も感じられない。


(寒い……オレはこんな所で……)


 これまで助言を続けていたヴィンドーが何も言わなくなっている。敵の攻撃の影響で死期が早まってしまったのだろうかと、忠志は恐れた。彼は今度こそ本当に独りになってしまった。もう誰も彼を助けてはくれない。

 巧妙な敵の連携でオーウィルは完全に沈黙し、忠志は反撃する気力もなく、冷気に震えて身をこごめる。そして……そのまま意識を失った。



 オーウィルを無力化して勝利を確信した四機は、今度は仲間同士で向かい合う。しかし、勝利を祝おうという雰囲気ではない。緊張した空気の中、ジャーグのパイロットが真っ先に口を開く。


「さて、邪魔者は消えた。後はオレたちの中で、誰が王の後継者に相応しいか決めるだけだな」

「そうね」


 エルーンのパイロットも臨戦態勢に入るが、グラムバーのパイロットは応じない。


「勝手にやってろ、テクコマノ、ママルケキ。私は休ませてもらう」


 ジャーグのパイロットとエルーンのパイロットは彼を嘲笑した。


「良いのか? 今の内に叩いておかないと、オレたちのどちらかと戦う事になるぜ」

「放って置きましょう。余程自信があるみたいだから」

「まあオレとしても邪魔が入らない方が助かる。それで……ハサンボーレ、あんたはどうする?」


 気のないグラムバーのパイロットを無視して、ジャーグのパイロットはイガルドのパイロットに問いかける。

 イガルドのパイロットは不敵に笑った。


「やれやれ、おめでたい奴等だ。何のために私が貴様等の機体を用意してやったと思っている?」


 突如ジャーグ、グラムバー、エルーンの三機の腹部装甲にひびが入る。僅かな機体の裂け目から無数のケーブルが装甲を砕いて伸び、イガルドに絡み付く。

 何が起こったのかと焦る三者に対して、イガルドのパイロットは高笑いする。


「愚か者どもめ! 王になるのは、この私をおいて他にない!」


 ケーブルを伝って三機からイガルドにエネルギーが送られる。イガルドから生み出された再生機体は罠だったのだ。


「機体ごと貴様等も吸収してくれる! 全てが私の下で一つになる。私こそが新たな王だ!」


 ジャーグはイガルドの右腕に、エルーンは同じく頭部に、グラムバーは同じく左腕に取り込まれる。各機体のパイロットも無数のケーブルに締め潰され、エネルギーを奪い尽くされ、瞬く間に干からびて消滅した。

 イガルドのパイロットは自らの力の高まりを感じて、大きく吠える。もう彼を止められるものは何もないのだ。

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