決起の旭日
狭い四畳半の室内で大立ち回りを演じ、黒いローブの集団が全滅して、ようやく忠志は体の自由を取り戻した。あちこち銃で撃たれたはずだが、服に穴が開いていても、体の方は全くの無傷。これはどういう事なのか、窮地を乗り越えても不気味さが残る。
謎の声は忠志に告げた。
(もう危険はない。君に体を返す)
忠志は何が何だか分からず、しばらく呆然としていたが、やがて両親の事に思いが至る。
(そうだ、父さんと母さんは……)
彼は目覚めた時に母の悲鳴を聞いた事を思い出して、急いで両親の寝室に向かった。そこら中に倒れて折り重なっている黒いローブの集団の死体を踏み越えて行くが、踏み付けてもまるで中身が入っていないかの様に厚みがない。彼はそれを奇妙に思いながらも、今は構っている暇はないと、廊下から両親の部屋を
部屋のドアは開けっ放しで、忠志の両親は……パジャマ姿で床に倒れていた。母は仰向けに、父は俯せに。二人並んで。
「あっ」
忠志は全てを察して、小さな声を上げる。
暗闇の中、両親が倒れている床のカーペットには、黒い染みが禍々しく広がっている。血を吸って黒ずんでいるのだ。
忠志は動けなかった。近付いて確認するのが怖かった。だが、彼自身が確認してもしなくても現実は変わらない。両親は死んでいる。
忠志は
(みんな、みんな死んでしまった……)
どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。一体どんな因果で、こんな報いを受けなければならないのか。自分が何か悪い事をしたのか。現実を受け止め切れず、脳が思考を拒否している。絶望に呑まれて、忠志は気を失った。
◇
そして忠志は夢を見た。彼は真っ暗な空間に意識だけの状態で存在している。
そこには上も下も右も左もない。ただ感じるのは寒さだけ。とても寒い。寒くて寒くて堪らない。忠志は無意識に明かりを求めた。瞬間、遥か遠くに一つ、星のように小さな灯が見える。それが温かい事を彼は知っている。彼は真っすぐ、その星に向かって行った。星は少しずつ大きくなり、それと同時に明るさも増して行く。
(温かい……)
更なる熱を求めて、忠志は星に向かう……――。
◇
――……忠志は眩しさと波の音で目を覚ました。時刻は明け方、場所はアクアライン側の浮島の海岸。リラ星人の男性が流れ着いた場所。的山宗道が死んだ場所。忠志は波消しブロックの上で、防潮堤に背を預けて座り込んでいた。昇る朝陽がじんわりと温かい。
(何で、こんな所に……?)
もしかしたら、ここで倒れた後ずっと気絶したままで、今までの事は全て夢だったのかも知れない……と思ったが、服装が変わっていたので、夢ではなかったと認めざるを得ない。全部夢だったらどれだけ良かった事かと、彼は嘆息する。
では、どうして自分はこんな所にいるのか?
忠志は混乱したが、すぐに彼の仕業だと理解した。忠志は心の中で、彼に呼びかける。
(おい、あんたは何者なんだ? オレの体はどうなっているんだ?)
そう問いつつ、彼は周囲を見回した。宗道の死体はない。さすがに片付けられたのだろうと忠志が思った直後、彼から返答がある。
(目覚めたか、タダシ。順を追って話そう。まずは自己紹介だ。私はリラ星人のヴィンドー・ウォロゴブク。君は長い名前が憶えられないようだから、とりあえずヴィンドーとだけ憶えてくれ)
馬鹿にされているのかと忠志は疑ったが、今は名前の事はどうでも良かった。
(分かった、ヴィンドーだな。とにかく質問に答えろ。オレの体はどうなっている)
忠志が強気に問うと、ヴィンドーは少しの間を置いて答える。
(落ち着いて聞いて欲しい。タダシ、君は一度死んでいる。私は君を生き返らせるために、君の体に憑依した)
(憑依? リラ星人は他人の体を乗っ取れるのか?)
(正確にはリラ星人の性質ではないが、私にはそれができる)
昨夜忠志に話しかけて来た謎の声の主「ヴィンドー」は、昨日忠志たちの前に現れたボロ布を着たリラ星人で、昨夜襲撃者を撃退したのも彼の能力だったのだと、忠志は理解する。
(どうして俺を生き返らせた?)
(君に頼みがある。私の意志を継いで、この星の滅亡を食い止めて欲しい。リラ星人を倒すんだ)
(……良いのか? あんたもリラ星人なんだろ?)
(奴等は最早リラ星人ではない。星を食い潰すだけの悪魔だ)
ヴィンドーの言い方には、憎悪とまでは行かないが、哀れみも同情もしないという頑なさが感じられる。それを聞いた忠志は、リラ星人も一枚岩ではないのだろうと思った。つまり、ヴィンドーはリラ星人の強硬な武闘派と敵対する側の者なのだろうと。そして改めてヴィンドーに問う。
(俺に復讐をしろって言うのか?)
(……故郷を守るための戦いだと思って欲しい)
彼は復讐を肯定しなかった。しかし、忠志には復讐以外に択るべき道がない。親友も家族も失って、これ以上何を守れと言うのか。この期に及んで綺麗事は聞きたくないと、反抗的な気持ちになる。
憤る忠志の内心を知ってか知らずか、ヴィンドーは話を先に進める。
(君には……私たちには、この星を守る力がある)
それと同時にアクアラインの真ん中付近の海面が盛り上がった。昨日海に落ちた白いロボットが浮上して、さばさばと波を立てながら忠志に向かって歩いて来る。
忠志は寄せる波に濡れないように後退したが、結局膝から下が海水に浸かる。
ロボットの全高は三十メートル前後。それが忠志の前で跪くように屈み込む。白磁のような装甲が朝陽を受けて輝く。
(えっ、乗れって言うのか? 今から? これに乗って……?)
困惑する忠志にヴィンドーは告げる。
(リラ星人の宇宙船を叩く)
忠志は空を仰ぎ見た。関東平野の上空に滞在して、太陽を覆い隠している巨大宇宙船。世界中からエネルギーを奪う、世界共通の憎むべき敵。
(やってやる……やってやるよ。オレにできるって言うなら!)
この時、忠志は復讐を決意した。リラ星人を倒すなら、復讐だろうが防衛だろうが、どちらでも同じ事だと思った。彼の心の動きにヴィンドーは何も言わない。
白いロボットは忠志の意思に応えるかのように、胸部の装甲を開いてタラップを下ろす。忠志は生唾を呑み込んで、一段一段タラップを踏み締め、ロボットに乗り込んだ。途中からタラップがエスカレーターのように自動で動き始め、忠志を速やかにコックピットへと運ぶ。
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