昨日までに別れを

真夜中の襲撃者

 忠志はベッドに顔を埋めて泣いた。自分も両親も無力なのだ。リラ星人が悪いと思っていても、戦う事もできない。宗道の死をなかった事にして、日本は昨日までと変わらない平和な明日を迎える。それが悔しかった。

 忠志は失意のまま、泣き疲れて眠りに落ちる。



 その夜、忠志は夢を見た。夢の中で彼は、ボロ布をまとったリラ星人の男性と対面していた。


「君はイサムラ・タダシというのか」

「あなたは?」

「私はヴィンドー・ウォロゴブク」

「ビンド……ロゴ……? 何だって?」


 忠志はリラ星人の名前を聞き取れなかったが、当の彼は構わず話を続ける。


「起きろ、タダシ。敵が迫っている。君は狙われている」

「オレが……狙われてる!?」

「敵は真実を知る君をそのまま放置しない」

「真実って……! それはあなたが……あんたのせいじゃないか!! あんたのせいで、ムネは!!」


 冷静なリラ星人に忠志は怒りを感じた。この男さえ現れなければ、宗道は死ななかったかも知れない。そう思わずにはいられなかった。

 しかし、このリラ星人は反省も後悔も見せない。


「その話は後だ。起きろ、タダシ。目覚めろ。敵が来る」

「敵、敵って、『敵』って誰だよ!」


 夢の中でそう叫んだ瞬間、忠志は目覚めた。その直後、部屋の外から甲高い悲鳴が聞こえる。


「キャーーーーッ!!!!」


 眠気が一気に吹き飛ぶ。母の声だと直感した忠志は、飛び起きて武器になる物を探した。奇妙な夢を見た後で、これはただ事ではないと直感していた。

 間を置かず、部屋の外でドタドタと何人もの足音が聞こえる。何者かが土足で、しかも集団で、家の中に上がり込んでいる。相手が一人ではない事に、忠志は恐怖して動揺する。


(誰だ? 何者なんだ? 敵? リラ星人か!?)

(リラ星人だ)


 頭の中で忠志の考えを肯定する声がした。それは明確な「声」ではないが、自分ではない他人の意思を感じる。


(お、お前は誰だ?)

(私はヴィンドー・ウォロゴブク。タダシ、戦え。立ち向かわなければ、君たちに明日はない)


 声に指示されても、忠志は何をすれば良いのか分からない。これまで平和に生きて来て、命のやり取りをした事はなかった。彼は相手の正体を見極めようと、少しだけドアを開けて、隙間からこっそり外の様子を窺う。廊下には黒いローブを着た集団がいる。


(行け、タダシ!)

(う、うるさい! ちょっと待て! 武器がないと!)


 タダシは武器を見付けられない。部屋の中に武器になりそうな長物がないのだ。目に入る物はどれも強度とリーチが足りず、武器にはなり得ない。

 その内に、足音が忠志の部屋に近付いて来る。


(ああっ、無理だ! 逃げるしかない!)


 恐怖に駆られた忠志は、窓からベランダに出ようとした。ただの高校生が複数人を相手に戦って勝てる訳がないのだ。


(追い詰められるだけだぞ!)


 声の警告通り、ベランダにも既に黒いローブを着た集団が居た。集団の内、前方の一部の者達が、小さな拳銃のような物の銃口を忠志に向ける。


(冷気銃だ!!)


 そう言われても忠志には対処方法が分からない。いつの間にか忠志の部屋にも、隣のベランダにも、黒いローブの集団が侵入して来ている。どこにも逃げ場はない。

飛び降りようにも、ここはマンションの五階だ。いよいよ追い詰められて、忠志は絶望から全身の力が抜ける。


(やむを得ない! タダシ、体を借りるぞ!)

(えっ)


 謎の声が頭の中で響くと同時に、忠志の体は勝手に動いた。彼の体は部屋の中の黒いローブの集団に真っすぐ向かって行く。冷気銃から弾丸が発射されるも、まるで武道の達人のように腕が動いて、前腕部の肉と骨で弾丸を受け止める。痛みはあるが、激痛ではない。冷気銃の名の通り、被弾部分が凍り付くも、忠志の手は黒衣の人物の一人に向かって突き出される。そして頸部を捉えると、瞬く間に接触部が高温になった。燃えるように熱い……とは思うのだが、命の危険は感じない。逆に、熱が全身に伝わって体の芯から熱くなり、活力がみなぎるように感じられる。

 忠志が触れた黒いローブの人物は、ガタガタ震えながら崩れ落ちた。


(ど、どうなっているんだ!?)


 忠志は目の前で起こった事が理解できずに混乱するが、黒いローブの者たちも動揺している。その間も忠志の体は勝手に動いて、次々と黒いローブの者たちを触れるだけで倒して行く。

 黒いローブの集団は続々と狭い忠志の部屋に集合して、一斉に冷気銃を撃った。さすがにこれは避け切れないと忠志は焦る。何発もの銃弾が忠志の体を貫くが、今度は痛みがない。撃たれた部分が一瞬ひんやりしただけで、内から沸き上がるような熱が冷気をかき消す。

 気付けば先程の腕の傷は治っている。忠志の体は銃撃にも怯まず、黒いローブの者達を次から次へと倒して行く。まるで触れるだけで命を吸い取っているようだった。

 どれだけ攻撃されても、相手の生命力を奪って回復する。そんな感覚だった。

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