蘇った死人(前編)
三人が死体に背を向けた時、背後でゆらりと死体が立ち上がった。それは三人に向けて声をかける。
「待ってくれ、君たち」
不意の呼びかけに慌てて振り向いた三人は、三者三様の反応を示した。忠志は悪寒に震えて後退り、新理は青ざめ口元を押さえて立ち尽くす。そして宗道は――驚きながらも、忠志とは逆に進み出て問いかける。
「生きていたんですね! 大丈夫ですか?」
それは極めて常識的で真っ当な反応だ。
忠志と新理は男性が死んだものと決め付けて、死人が立ち上がった事に恐怖を感じていたが、実際に脈や呼吸を確かめたのは宗道だけ。その宗道自身が、男性が死んでいなかった事を認めている。
新理は宗道に同調して、実は彼は生きていたのだと認識し安堵した。それが一般的な人間の正常な態度だろうが、一方で忠志は疑念を捨て切れず、警戒を解かなかった。勝手に男性が死んでいると決め付けた事に対する後ろめたさと、自分の判断の間違いを認めたくない心理が、彼を頑なにしていた。
当の男性は宗道の問いかけには答えず、自ら語り始める。
「君たちは、この星の人間だな? 私は君たちが言うところのリラ星人だ」
それを聞いた三人は身構えた。今の今まで三人とも「リラ星人」を見た事がなかった。三人だけでなく、ほとんどの日本人――――いや、地球人はリラ星人の姿を知らない。リラ星人は関東上空の巨大宇宙船の中にいて、地上に降下する事がほとんどない。日本政府との交渉には姿を現したが、その際は黒いローブをまとって顔と体を隠していた。当然ローブの中身について、あれこれと憶測が飛び交ったが、マスメディアが死んでしまった状態では、それ以上の情報は広まらなかった。多くの者はリラ星人について、「異星人」「おそらく人型」「優れた科学力を持つ」……程度の事しか知らない。まさか人間とほとんど同じ容姿だとは思わない。
自称リラ星人の男性は、三人の反応を見て弁明する。
「誤解しないでくれ。私はリラ星人だが、この星を救いたいと思っている。この国を支配しているリラ星人とは違う」
宗道は期待に目を輝かせた。
「もしかして、あの白いロボットのパイロットですか!?」
「ああ、そうだ。君たちに頼みがある。この国の人たちに伝えて欲しい。あの宇宙船の連中は、この星を滅ぼすつもりだ。大人しく言う事を聞いていれば、見逃してもらえるなどと思ってはいけない」
男性が告げた内容に、三人は衝撃を受けた。しかし、その中で忠志だけは素直に彼の言う事を信用せず、疑問を投げかける。
「地球を滅ぼすって、そんな事をして奴等に何の得があるんだ?」
「損得の問題ではない。このままでは地球は滅んでしまう。いや、滅びるのは地球だけではない。奴等の真の目的は――」
男性が答えている最中、忠志はある事に気付いた。彼は唇を動かしていない。動きが少ないのではなく、ほんの少しも開いていないのだ。まるで腹話術のよう。どうなっているのかと怪しむ忠志だったが、話が終わらない内に横槍が入った。
数発の小さな飛来物が男性の胸を撃ち貫く。アクアラインの方向からの狙撃で、銃声は聞こえなかった。
男性はどさりとその場に倒れて動かない。いきなりの事に忠志と新理はパニックに陥る。
「な、何だ!?」
「何、何?」
二人とも恐怖の色を顔に浮かべ、辺りを見回す。すぐ側で宗道が顔面蒼白で屈み込んでいたので、忠志と新理は慌てて駆け寄った。
「ムネ、どうした!?」
「どこか痛めたの!?」
心配する二人に対して、宗道は言う。
「に、逃げろ……」
彼の脇腹からは真っ赤な血が流れ出していた。流血が服をどす黒く染めている。
忠志は恐怖に震え、宗道の忠告通りに、新理の手を引いて逃げようとした。
「逃げよう、新理!」
「でも、ムネくんが……」
二人が言い合っている間にも、アクアラインからの狙撃は続く。高速で飛来する何かが、海面や波消しブロックの上で弾ける。
どうして攻撃されるのか忠志にも新理にも分からなかったが、理由を考えている暇はない。この場に留まり続けるのは悪手だ。まずはアクアラインから死角になる場所に逃げ込まなくてはならない。
「ここにいても的になるだけだ!」
忠志に説得されて、新理はしかたなく走り出した。
その直後、忠志の胸に衝撃が走り、全身が痺れて動けなくなる。踏み出した足に力が入らず、彼は前のめりに波消しブロックの上に倒れる。
「タダシ!!」
「新理、逃げろ……」
忠志はそう言うのが精一杯だった。胸に激痛が走り、呼吸が苦しくなって、目が霞む。体が震え、芯から冷たくなって行く。
(オレ、死ぬのか……?)
そう思ったのを最後に、彼は意識を失った。あれこれ思い悩む時間も与えられず、ただ漠然とした疑問を抱いたまま深い闇に落ちた。
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