謎の水死体

 宗道はサッカー部の部長だけあって、足が速い。忠志と新理は宗道を追い駆けたが、引き離されて行くばかりだった。

 その内に二人は宗道に追い付くのを諦めて、徒歩でアクアラインに向かう。道路には全く車が走っていない。それもこれもリラ星人がエネルギー資源を奪い尽くしてしまったせいだが、故に今は道路を堂々と横切っても咎められない。


 アクアラインに向かう道中で、忠志と新理は先行していた宗道を完全に見失う。二人がアクアラインに着く頃には、橋の真ん中辺りに疎らに人だかりができていた。誰も彼もロボットが落下する瞬間を見て、見物に集まって来たのだ。

 二人は人だかりの中に宗道がいると思っていたのだが、そこに割り込んでも彼の姿はなかった。人の姿はそれほど多くないので、人込みに紛れて分からないと言う事はないはずなのだが……。


「ムネ! おーい、どこに行った?」

「ムネくーん!」


 忠志と新理は呼びかけてみたが、返事はない。周りの人たちに奇異の目で見られるだけだ。

 忠志は橋の上から、海を見下ろす。海面は青く静かで、巨大ロボットが底に沈んでいるようには見えない。忠志は改めて周囲を見回し、溜め息を漏らす。


「ったく、本当にどこ行ったんだ?」


 これ以上ここに留まっていてもしかたないので、忠志は新理に声をかけた。


「ここにムネはいないみたいだ。引き返そう」

「どこに行ったのかな?」

「……分からない。確かに、こっちの方に向かったと思うんだけど」


 そう言って忠志は東京・神奈川方面を向いた。その時、浮島の海岸に並べられた波消しブロックの上に、人影を見付ける。


「ムネ……? あれはムネじゃないか?」


 困惑する忠志の視線の先を追い、新理は目を凝らした。


「本当だ。何であんな所に? 海に何か……」


 宗道らしき人物は、波消しブロックの上から海に身を乗り出し、何かを引き上げようとしている。二人の目には薄汚い布切れのように見えるが……。

 忠志と新理はアクアラインを東京・神奈川方面に移動しながら、宗道の行動を見守る。その内に、宗道が引き上げようとしているのは人間だと分かる。


「人……? 人だ!」

「誰か溺れてたのかな?」

「とにかく行ってみよう」


 忠志と新理は早足で浮島の海岸に向かった。



 一方その頃、宗道はボロを纏った謎の人物を引き上げ終え、肩で息をする。

 彼はアクアラインに向かう途中で、浮島の海岸に漂着している布切れを発見し、それが人ではないかと思って、確認しようと走ったのだ。もしかしたら巨大ロボットのパイロットなのかも知れない。そんな期待をしていた。

 宗道は人相を確認しようと、そっとフードを剥ぎ取る。一見した所は普通の成人男性。


「……大丈夫ですか?」


 しかし、彼は息をしていなかった。肌も青白く冷たくなっており、体温が感じられない。宗道は恐ろしくなり、焦り出す。


(救助! 人工呼吸……いや、心臓マッサージ? どうやれば良いんだ?)


 慌てて手を取り脈を確認するが、脈動が全く感じられない。


「し、死んでる……!」


 動揺する宗道の元に、忠志と新理が駆け寄る。


「ムネ!」

「ムネくん!」


 宗道は目を潤ませた情けない顔をして、二人に助けを求めた。


「た、大変だ! 人が死んでる!」


 二人は衝撃を受け、ただ狼狽する。しかし、冷静に考えれば、誰にも何もできる事はない。スマホが使えないから病院に連絡できないし、仮に病院に連絡できても救急車が動かない。

 倒れたままで生気のない青白い男性の顔を見て、その事に気付いた忠志は、宗道を落ち着かせようと淡々と告げた。


「ああ、これは死んでいるな……。死んでいるなら、しょうがないじゃないか。置いて帰ろう」


 冷血な忠志の発言を新理が非難する。


「えぇー、無責任過ぎない?」

「でも、実際どうしようもないだろ。警察に連絡するくらいしかできない。その警察も今すぐには呼べないし」


 忠志の発言を聞いて、宗道は冷静さを取り戻した。同時に、この死体が巨大ロボットのパイロットだとは限らない――ただ近くで自殺したか、事故で死んだかした人の可能性もあるという事にも考えが及ぶ。

 宗道は静かに息を吐いて、忠志と新理に謝った。


「ゴメン、変な事に巻き込んでしまって」


 それに対して新理が答える。


「良いよ、気にしないで。人助けをしようと思ったんでしょ?」


 三人は死体に手を合わせて見ず知らずの男性の冥福を祈り、その場から立ち去ろうとした。

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