蘇った死人(後編)
諫村忠志は夕陽の眩しさを感じて、目を開けた。痛みや苦しみは感じない。意識を取り戻した彼は起き上がり、自分の体を確かめる。服には穴が開いていたが、傷は完璧に塞がっていた。流血の跡があるので、銃弾のような物が体に当たったのは間違いない。それでどうして無事だったのか、意味が分からない。
周囲は不気味に静かで、ただ波の音だけが聞こえる。攻撃して来た者達は既に去った後のようだ。
(どうなったんだ? オレは一体?)
忠志には何もかもが不可解だったが、それよりも先に宗道の事を気にした。辺りを見回すと、宗道が俯せで倒れているのが目に入る。
「ムネ!」
忠志は宗道に駆け寄り、体を揺すって起こそうとする。自分が生きていたのだから、彼も生きているかも知れないと思ったのだ。
……しかし、宗道は反応しない。
「おい、起きろ! 起きろ、起きてくれ! 頼むから……」
揺すっても叩いても無反応で、彼の肌は石のように冷たい。忠志は親友の死を受け入れられず、もしかしたら動き出すのではないかと思いながら、血の気を失った彼の青い顔を見詰めていた。
◇
夕陽が半分隠れて、辺りが暗み始める。時間の経過に従って、忠志はゆっくりと宗道の死を受け入れた。
そして彼は改めて辺りを見回す。幸いと言うべきか、新理の姿は無い。無事に逃げ切っていれば良いのだがと、彼女の身を案じる。
(そう言えば……)
もう一人、リラ星人の男性の姿を彼は探した。しかし、近くにはボロ布が落ちているだけで、肝心の中身は無い。
(あの人も生きていたんだろうか? それとも……連れ去られた?)
忠志は呆然と立ち尽くし、今一度宗道を顧みた。やはり彼は死んでいる。その事実は動かない。
「ムネ……」
忠志は目から溢れる涙を拭い、その場から立ち去った。
◇
マンションへの帰り道、忠志は一連の事態を誰にどう話せば良いのか困った。家にいるだろう母に伝えて、大人に任せてしまうのか、言ったところで果たして信じてもらえるのか、悩みに悩む。
忠志は宗道の家も知っているが、彼の家族に直接宗道の死を伝えに行く勇気はなかった。更に宗道の事だけでなく、新理の安否も確かめなければならない。生きていれば良いが、死んでいた場合の事は考えたくもない。忠志の気は重くなる一方。
「ただいま……」
マンションに戻った彼はドアを開けて、力のない声で帰宅を告げる。母の反応はない。声が小さかったので聞こえなかったのだろうと、忠志は思った。
「母さん!」
彼は声を張って、改めて母を呼ぶ。それでようやく母は玄関に姿を見せた。
「お帰り……って、どうしたの!」
のん気な声で忠志を迎えた母は、彼の姿を見て目を見張る。そこで忠志は自分が血塗れだった事を思い出して、苦笑いした。
「あっ、これは……何ともないんだ。これは何でもない」
「何ともない? 本当なの?」
「それよりムネが……」
「宗道くんが、どうしたの?」
忠志は平静に事実を伝えようとしたが、自然に涙が込み上げて来た。泣くまい泣くまいと堪えようとするが、どうにも止まらない。彼は幼い子供のように、泣きじゃくりながら言う。
「ムネが死んだ……。殺された」
「えぇっ、どういう事なの?」
忠志の母は息子の言葉に、怪訝な顔をする。
「分からない……。何かで撃たれた。オレも撃たれたけど、死ななかった」
忠志の言い方は現状の説明には不十分だったが、それしか言えなかった。彼の頭の中では、忠道が撃たれた場面と、自分が撃たれた場面が、何度も交互に繰り返されている。トラウマによるフラッシュバックだ。
困惑した顔の母を見て、忠志は事の経緯を詳しく話さなければならないと思い、更に続ける。
「アクアラインの近くに巨大ロボットが落ちて、ムネと新理と三人で様子を見に行った。ムネが一人で先に行って、浮島の海辺で男の人を助けた。その人はリラ星人で、地球が滅ぶって言って。そしたら遠くから誰かに……」
忠志の母は息子が言っている事を理解できなかったが、とにかく危険な目に遭った事だけは分かった。彼女は息子を抱き締めて安心させる。
「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて。それで宗道くんと新理ちゃんは、どうなったの?」
「ムネは死んだ。死んでた。浮島の海辺で倒れて……。新理は……分からない。逃げたと思う。死体は無かった」
忠志は自分でも、もっと伝わりやすく説明しなければと考えていたが、頭の中ではフラッシュバックが続いている上に、体が震えて声が上手く出せない。誰か追って来ていないか、何度も背後を確認する。そこにはドアがあるだけなのに。
忠志の母は息子の精神状態を心配して、とりあえず休ませる事にした。
「タダシ、あんたは休んでなさい。後はお母さんに任せて」
「『任せて』って……」
「まずは警察に。それから上木さん
忠志の母は靴を履いて、そのまま外に出て行く。
母を見送った忠志は、肉体的にも精神的にも疲れ果て、言われた通りに自室で休む事にした。
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