再会 二

 お義父さんの声掛けに応じて、巨大な火の玉が飛んできた。


 ファイアボールだよ、ファイアボール。


 正真正銘、本場ファンタジーのファイアーボールが迫ってくる。


「うぉおおおおおおっ!?」


「オ、オッサンっ!」


 何をする暇もなかった。


 咄嗟、すぐ隣にいたロリを庇うように抱きしめる。


 本当ならこのまま格好よく、地面を転がって事なきを得る筈だった。アクション映画さながらの見せ場である。だけど、転がる余裕はなかったよ。肩越しに振り返ると、目前まで接近した巨大な火の玉が映る。


 三メートルを超える巨大な火球だ。


 これは死んだ。


 死んだと思った。


 完膚なきまでに火葬されたと。


 ギュッと目を瞑って、抱きしめた元ヒロインの体温を感じる。


 しかし、何故だろう。いつまで経っても熱くならない。


 腕の内に感じるロリの鼓動は確かなもの。


 ぽにゃぽにゃしててやーらかい。


 では何故か。


 閉じた目を恐る恐る開いて、周囲の様子を確認する。


 するとそこには、あぁ、これはどうしたことか、見慣れた姿が。


「別れて一日と持たないとは、情けない主人ですね」


「お、おぉ、プシ子ぉ……」


 プシ子だ。プシ子がすぐ隣にいるぞ。


 しかも我々を守るように、お義父さんとの間に立ちふさがっている。両手を広げて構えた姿は間違いない。今まさに我々を焼き払わんとしたファイアボールは、コイツが防いでくれたのだろう。


 恐らくはバリアー的な魔法が発動したものと思われる。


 だけど、何故に。


「しかも主人が他人を庇うとは、あまりにも意外な行動です」


「べ、別にいいだろ。今の俺はそういう気分なんだよ」


「にわかに信じがたいですね」


「自分の目玉くらい素直に信じろよ」


 ここ数日で見慣れたゴスロリ姿だ。


 なんて可愛いんだろう、プシ子。可愛いよ、プシ子。


 ニートはプシ子にメロメロだ。


 しかし、そうして再会に感激を覚えていたのも束の間のこと、お義父さんから声が上がった。どうやらヤツとしては、プシ子の登場を想定してのファイアボールであったようだ。続けて先方の口から語られたのは、娘の存在を前提としたもの。


「私にすら気配を悟らせないとは、無駄に力を与えすぎたな……」


「創造主が耄碌しただけではありませんか?」


「なるほど、たしかに口の悪いマリオネットのようだ」


「だろ? カスタマー的にはマジで疑問を覚えているのだけれど」


 プシ子のヤツ、どこに潜んでいたのだろう。


 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 ニートは一際大きな声で吠えた。


「プッシー三号!」


「なんですか? 素人童貞」


「正直、スマンかった!」


 ニートは全力で頭を下げる。


 腰を九十度折って、謝罪のポーズ。


「……どういう風の吹き回しですか?」


「俺は成長したんだよ、そう、人間2.0とでも言おうかっ!」


 ステータスウィンドウのお墨付き。


 この瞬間の為に頑張って参りました。


「だから何ですか?」


「だから、その……ごめんなさい」


 今度はちゃんと言えた。


 流石は俺だ、やればできる。できるんだ……。


「…………」


「…………」


 結果として、両者の間では妙な雰囲気が。


 プシ子からは反応がない。


 何にもない。


 普段ならパンチの一発でも入れてくるのに。


 おかげで余所から、お邪魔虫が会話に割り込んできた。


「マリオネットに頭を下げるとは、とんだ阿呆もいたものだ」


「わ、悪いかよっ!?」


「この数日で、そこまでこの人形に入れ込んだか?」


「当然だろっ!? めっちゃ可愛いじゃんかよ!」


 今すぐに抱きしめたいぞ。


 濃厚なベロチューをさせて下さい。


「ならば貴様に現実を教えてやろう」


 現実とか、ニートが一番に嫌いな単語だよ。


 耳にした瞬間、即座に気分が萎えるのを感じる。


「マリオネットは所有者に対して絶対服従。何が起こっても主人に対して牙を剥くことはない。しかし、これは制作者の意図あってのこと。その一点を失えば、マリオネットは本来備えているべき自我を取り戻す」


 オチが見えたわ。


 これはもうマリオネット系のお話だと、鉄板の流れでしょ。


 お義父さんがプシ子のリミッターを外して、プシ子VS俺。


 しかし、ニートとプシ子の間に育まれた暖かな交流が、彼女の心を真実の愛に導く。ラストは二人の共同作業で間違いない。娘の嫁入りに反対するお義父さんを、協力して打ち倒すっていうストーリーだ。


 胸が熱くなるな。燃え展だ。


 最後の方でOPのロックアレンジが流れちゃったりするんだよな。


 ああ、困ったな。ぜんぜんできる気がしない。


「やっぱりそういう系かよ……」


 こちらが当初から考えていた通り、プシ子はそういう存在だったらしい。強制嫁属性だったらしい。だからこそ先程もこうして、我々の前に現れることができたのだろう。どうやらニートはストーキングされていたらしい。


 こういう展開が待っているんだったら、頑張ってフラグとか立てておくんだった。プシ子から潤んだ瞳で、ご主人様のことなんて、べ、別に好きじゃないんだからね、とか言われたら、来季のアニメ全部見れなくてもいい。


 いやしかし、それはそれで楽しくない。


 きっと、凄く楽しくなかった。


 何故かそういう気がする。


 そもそもプシ子に媚び売ってどうするよ。


 ニートはヤツと対等な存在でいたいんだ。それが何よりも大切なんだ。


「せいぜい苦しんで死ぬといい」


 お義父さんの腕が動く。


 突き出された指先の前方に、小さな魔方陣が現れた。


 かと思えば、その中央から紫色の光がビーム。


 一直線にプシ子の身体を捉えた。


 AAA級、平坦な胸の谷間を真っ直ぐに直撃。


「っ!?」


 声にならない悲鳴がプシ子の口から漏れる。


 手足がピンと伸びて、全身が痙攣を始める。よく見れば足が宙に浮いている。悪役の光線に打たれて、アバババババっって感じだ。リアルで目撃すると、てんかんの発作みたいで凄く不安になる。


 ニートはといえば、全く反応できなかった。


 身動き一つ取れなかった。


 元ヒロインに至っては、状況について来れていない。


 ゾンビ獣耳オヤジたちは、うーあー、呻き声を上げるばかり。


 結果的にお義父さんのソロステージ。やりたい放題である。


「さぁ、お前の心は自由となった。思うがままに振る舞うといい」


 お義父様が娘に言う。


 娘婿はガクブルだ。


 その言葉に応じて、プシ子の身体が光を発する。


 輝きは一瞬。


 ピカリと光ったかと思えば、すぐに収まった。


 直後に全身の痙攣も静まる。


 プシ子は自らの足で地面に立ち、それまでと変わりない姿勢に戻った。


「…………」


 ああ、とても不思議な気分だ。怖いけど、怖くないぞ。


 もしかしたら自分自身、この先が気になるんじゃなかろうか。


 真のプシ子が。解き放たれたプッシー三号の人格が。


「プシ子……」


 緊張を隠せぬまま、ニートは声を掛ける。


 あぁ、プシ子可愛いよ、プシ子。


 しかし、なんだ。


 段々とプシ子という単語に性的な興奮を覚えなくなってきている。あまりにも使い過ぎたようで、日常の言葉として脳味噌が認識しているんだな。むしろ地方でマスコットを務めている、ご当地キャラみたいな感覚。


「…………」


「おい、き、聞こえてるか? プシ子……」


 不謹慎だけれど、どんな反応あるのか楽しみにしてしまった。


 たとえそれが一撃必殺のパンチであったとしても。


 理由は自分でもよく分からない。


 願うとすれば一つ。


 できれば、あまり痛くはしないで欲しい。


 何を考える暇もなく、一瞬で終わらせて欲しいなと。


「おーい、プシ子ぉー」


 もう一度、少し大きめの声で呼びかける。


 すると皆々が見守る只中、プッシー三号は――


「……何も変わらない自らの思考に、絶望しました」


 ボソリと小さく、心底嫌そうな顔で言葉を漏らした。

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