逃避行 四

 ふっと湧いて出たレアアイテムを握りしめて、ニートは声を上げる。


「おほぉぉぉぉぉぉぉおっ!」


「オッサン!? おい、オッサンッ! 遂にイカれたか!?」


 努力は報われるんだよ。


 たとえ0.01%の確率でも、狩り続けていればカードは出るんだ。ネトゲでボスからドロップを引いた気分。たった一つのアイテムで、明日からのプレイのスタイルがガラッと変わるタイプのレアでしょこれ。


「任せろ、これから始まる俺の時代っ!」


「任せられねぇよ! ぜ、ぜんぜん任せられねぇっ!」


「いいから、ちょっと待ってろ。装備するから」


 右手で強く握り締めて、自分のステータスを確認だ。




名前:ワタナベ

性別:男

種族:人間

レベル:1

ジョブ:ニート64

HP:4920/5900

MP:10/10(+10)

STR:2400(+500)

VIT:3200

DEX:4920

AGI: 900

INT: 310

LUC: 540




 あれ、なんだよこれ。


 MPが増えたの嬉しいけど、これじゃダメだろ。


「ど、どうしたんだよ? 装備ってなんだ?」


「悪い、今のちょっとなしで」


「お、おい、本当に大丈夫か? 頭打ったりしてないか?」


 獣耳オヤジから強奪した、セサミ家の形見の鉈より弱いじゃないか。握って殴って、プラス500ってことだろうか? んな阿呆な。どういうジャンルの武器だよ。正直、マシンガンとかゲットしてもヤバイ状況なのに。


 しかし、待てど暮らせど変化は見られない。


 装備の仕方が違うのだろうか。


 体内に入れるタイプとか、流石に抵抗が大きいのだけれど。


「オッサン、なんとか言えよ! 流石に怖いだろ!?」


「ちょっと待て、今ちょっと考え事を……」


 手にしたオナホ石を眺めて、あれこれと頭を悩ませる。


 そうこうしていると、ガシャンと音を立てて武器屋の窓ガラスが割れた。かなり大きな音だったので、めっちゃビビった。ニートと元ヒロインは大慌てで音の聞こえてきた方に向き直る。


 窓の外には獣耳オヤジが集団でズラリと並ぶ。


 間髪を容れず、槍が飛んできてビィイインっと足下に突き刺さった。


 どうやら店の外から凶器を投げつけられたようだ。


 ガラス窓を突き破って、我々の下まで飛んできた感じ。


「おいおい、マジかよ」


「オッサン、か、数がヤバいぞ、数がっ……」


 パッと見た限りであっても、十や二十じゃすまない。


 三桁近い武装した獣耳オヤジたちが迫っている。


「fjぁkじぇfd8f0-9lskじゃf3j!」「ふぉあsぁkjふぁいj3rlfかjっ!?」「ふぉあいえじゃfじょいjfl!」「fじゃlkwjfd3jflzsdf90うjlk3j!」「fじゃlk3r09あsdflkj!」「kjさ03lkjふぁ;klsjdf」


 しかも怒り口調で、ああだこうだと賑やかに騒いでいる。


 喋る言葉は何を言っているのかサッパリ。


 どうやらこの国と共和国とは、それぞれ別の言語を母国語としているようだ。ドラゴン氏の使うドラゴン語すら話せる、天才言語学者のニートが理解できないとは、相当にマイナーな言語だと見た。


「おい、オッサン……」


「おう、流石にこの数はヤベェな……」


 数秒の後、ヤツらは一斉にこちらへ迫ってきた。


 ゾンビゲーのゾンビを十倍速にしたような感じだ。


 一斉に、わぁああああっ! って攻め入って来やがった。


「うぉおおおおお、マジか!? こっち来んなよっ!」


「オッサン、投げろっ! なんでもいいから投げろっ!」


「お、おうっ!」


 今まさに飛んできた槍を大慌てで引き抜く。


 そして、力一杯窓の外に投げつける。


 一団の先頭を突っ走っていた獣耳オヤジに全力で投擲。


「喰らえぃっ!」


 槍は一直線に飛んでいって、顔面にグサリと刺さった。


 衝撃から相手の顔がグシャっと崩れる。


 なんつーエグさだよ。


 勢い付いた獣耳オヤジの身体は、そのまま数歩ばかりをふらついた後、店の外壁にぶつかって倒れた。どちゃぁって感じだ。槍に突かれた頭部は完全に崩れているし、即死と考えて差し支えないだろう。


 あまりのグロさから、他の獣耳オヤジたちに躊躇が生まれる。


「あ、アタシだってっ!」


 これに続いて元ヒロインも入魂一投。


 すぐ近くに転がっていた投げナイフを投げ放った。


 こちらもまた別の獣耳オヤジにヒット。


 首の根元に深々と突き刺さった。


 なにこのロリってば、カッコイイじゃないの。


 相手は短く呻き声を上げて、その場に立ち止まる。そして、ガクガクと痙攣を繰り返しながら地面に倒れた。しばらく待ってみても立ち上がる様子は見られない。真っ赤な泡をブクブクと口から吹き出し始めた。


「よぉーし! どんどん投げろっ! 投げまくれっ!」


「お、おうっ!」


 二人してがむしゃらに投げる。


 手近にある凶器を投げまくる。


 店内に入り込まんと押し寄せる、大量の獣耳オヤジたちに向けて、肩が外れるほどの勢いで投擲を繰り返す。投げられるものは剣だろうが、斧だろうが、槍だろうが、そりゃもう何でも投げるぞ。


 まさか、素直に殺されてやるものか。


「オッサン、そっちからデカイのが来てる!」


「よし、この片手斧を試してみるか」


 ニート64のおかげで、俺の肩は絶好調だ。


 今なら甲子園どころか、メジャーで完全試合できそうな気がする。力任せに投げた片手斧は、見事に相手の相手の顔面を捉えて、頭蓋骨を縦にパックリと切り裂いた。脳内組織がビチャリと飛ぶ光景のなんとエグいこと。


 この調子なら、なんとか耐えられるかもしれない。


 そんな淡い期待を胸に抱いてしまう。


 だがしかし、店内の残された武器は決して無限じゃない。


 調子にのって投げまくってたら、早々のこと弾が切れた。


「オッサン! もう投げるもんがねぇよっ!」


「マジかっ!?」


 気付けば椅子も机も投げた後だ。


 本当に何もない。


 一方で武器屋を囲った獣耳オヤジたちは、未だ十名以上を残している。エンカウント当初と比べると、八割ほど数を減らしているのではなかろうか。こちらがたった二名である点を鑑みれば、かなりの成果と思われる。


 ただし、このままだと我々のフルボッコは決定的である。


 いや、ちょっと待て。まだ一つだけ残ってるぞ。


「本当にコイツってば、マジで何なんだよ……」


 ついさっき見つけた、なんちゃってレアアイテムだ。


 装備して攻撃力が五百だけ上昇した謎の石。


 レアリティ的に考えて、何も起こせないってことはないだろう。装備して駄目なら、いっそのこと獣耳オヤジに投げつけてみよう。もしかしたら炸裂する系のアイテムかもしれない。敵全体にダメージ大、みたいな。


「うぉぉおおおおおお!」


 この一球に全てを賭ける。頼む、なんか起こってくれ。


 標的は一番手前に立っている獣耳オヤジだ。


 ギュッと握りしめて、力一杯に振りかぶる。


 すると、いざ投げようとした瞬間、オナホ石が輝き始めた。


 手の内側でめっちゃキラキラと。


「ぉおおっ!?」


「オ、オッサンっ!?」


 咄嗟に投擲をキャンセル。


 直後に輝きは倍増して、周囲一体を真っ白に染め上げた。


「うぉおおおおっ!? な、なんか来たっぽいっ!」


「オッサン! 今度は何をしたんだ!?」


「俺じゃねぇよっ!」


「だったら何なんだよっ!」


 眩しい。もの凄く眩しい。カメラのフラッシュのウン百倍。


 武器屋の外からも、獣耳オヤジたちの慄く声が聞こえる。


 どうにも眩しくて、目を開けていられない。


 耐えかねて瞑る。


 暫しの間、争いの場で敵味方共に一切合切の動きが止まった。


 それからしばらくして、瞼越しに光が収まりゆくのを感じた。あまり長い間、目を瞑っていては危険である。次の瞬間にでも獣耳オヤジたちが、建物の内に向かい攻めてくるかもしれない。


 そう考えて恐る恐る目を開いた。


 すると、そこには驚きの光景が待っていた。


「うぉおおおっ!? 獣耳オヤジたちが復活してるぞっ!」


「な、なんだよこれっ!」


 凶器を投げつけることで倒した筈の獣耳オヤジたち。


 それが自分の足で立ち上がっている。


 ザオ●クか? ザオ●クなのか?


「オッサン! なんだよそれ、どうして光ってるんだよ!」


「お、ぉぉお? なんか未だに光ってるな……」


 元ヒロインが示す先、ニートの手中ではオナホ石が光る。ただし、先程までの強烈な輝きと比較すると、かなり控えめである。直視しても差し支えない程度の光量だ。紫色の光を滲ませて、すげぇ怪しい感じ。


 詰めかけた獣耳オヤジたちも動きが止まっている。予期せぬ発光現象と、何故か立ち上がった味方の軍勢、そして、ニートの手中で輝く謎の石。一連の出来事を目の当たりにして、驚いているみたいだ。


「オッサン、こいつら様子が変じゃないか?」


「あ、あぁ……なんか、ゾンビっぽいな」


 ロリの指摘通り、立ち上がった獣耳オヤジ共は妙だ。


 こちらに対して警戒の色を見せることはせず、それどころか、うーあー、うーあー、ヤバい感じの声を上げている。しかも、よくよく見てみれば怪我はまったく塞がってない。頭が潰れてるヤツは潰れたままだし、腹が破れたヤツは破れたまま。


 ガチでゾンビだよ。


 ゾンビ以外の何物でもない。


 っていうと、これはあれだ、ほら。


 ニートが掲げたオナホ石が、ゾンビ生成の魔法石だったに違いない。あの光に当てられると、死体がゾンビになるって寸法だ。生きている獣耳オヤジには変わりがないし、俺と元ヒロインもこれといって影響を受けていない。多分。


 まあ、問題ないだろうが、一応ステータスを確認しておくか。




名前:ワタナベ

性別:男

種族:人間2.0

レベル:1

ジョブ:ニート64

HP:358001/358001

MP:582000/602000

STR:12400

VIT:14200

DEX:12000

AGI: 9900

INT:19090

LUC:21540




 おいちょっと、またなんか変なことになってないか。


 人間2.0って、どういう種族だよ。


 本来あるべきところから、一歩前に踏み出しちゃってるだろ。小数点以下第一位の存在に、根拠ない次世代を感じる。ただでさえバグってるのに、少数とかちゃんと扱えるのか疑問だ。不安を感じざる得ない。


 しかもステータスの値が軒並み急上昇。


 これ本当かよ。いまいち信用がならないんだけど。


 あと、オナホ石の装備効果が消失している。


 大慌てで右手を引き寄せて、投げ損ねたレアアイテムに注目。


 すると直後、パリィンと甲高い音を立てて砕けた。


 紫色の輝きを周囲に放ちつつ、まるで線香花火のようにキラキラと輝きながら散っていく。何世紀も放置され風化した書類のように、それは僅かな手の動きから粉々になって、指の間から地面にパラパラと落ちていった。


「マジかよっ……」


「オ、オッサンッ!?」


 どうやらオナホ石は、使い捨てのパワーアップアイテムだったみたいだ。

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