逃避行 二

「避難してきたのか? 他はどうなっている? どこから来た?」


 こちらが身構えていると、イケメン騎士は挨拶もなしに質問攻めだ。


 このリーダー的存在め、情報に飢えてやがるぜ。


「他は知らねぇよ。ただ、さっき向こうの方で獣耳オヤジと遭遇した」


「第三壁の内側まで侵入を許しているという話は本当だったのか……」


「ところでオマエらってば、弱すぎないか? 昨日の今日で崩落寸前とか、どんだけ戦力に乏しいんだよ。偉そうな口を叩いているんだから、もうちょっと粘ったらどうなんだ? いくら何でも負けるの早すぎるだろ」


「なんだと?」


「だってそうだろ? まだ攻められてから一日しか経ってないじゃん」


 丁度良い機会なので、訪ねてみる。


 これまでずっと疑問に思っていたのだ。


「それは共和国側が、我々を遥かに上回る規模で攻めてきたからだ。個々人の能力で言えば、こちらの部隊が畜生共に劣るなどありえん。事実、小規模な小競り合いでは確実に勝利を上げている!」


「それってどんだけ多いんだ?」


「詳しくは分からない。しかし、ざっと見積もって十数万という規模だ」


 十数万か。あんまりピンと来ないな。


 信長ゲーとかやってる人なら、何か感じたりするのだろうか。


 っていうか、そもそもニートはこの町の人口すら知らねぇよ。


「この町の戦力ってどれくらいなんだ?」


「そんなことも知らないのか? およそ五万だ」


「マジかぁ……」


 そりゃ負けるわな。当然じゃないの。


 二倍以上とか、たしかに無理ゲーだよ。


 いやでも、待てよ。


 コイツってばイケメンだし、金持ちだし、ロリコンだし、見栄を張ってるんじゃないのかね? 素直に自分たちが弱いからですとか、絶対に言いそうにないもんな。プライドが高そうだし、ふかしこいてる可能性があるだろ。


 ははぁん、嘘を嘘と見抜けないヤツはなんとやらだ。


 心の清いロリだったら、間違いなく引っ掛かっていただろうさ。


 チラリと様子を窺えば、言わんこっちゃない、ニートの隣で目を見開いてる。


 驚く姿もラブリーだ。愛してる。


 だがしかし、俺には嘘を嘘だと見抜く、とっておきの裏技がある。ステータスウィンドウがある。ちょっとバグってるのが玉に瑕だが、イケメン騎士の力量を計るくらいなら、こいつでも十分なのだ。



名前:レイナード・アーモンド

性別:男

種族:人間

レベル:89

ジョブ:聖騎士

HP:7900/5900(+4000)

MP: 792/1000(+1000)

STR:1900(+22500)

VIT:1200(+16000)

DEX:3920(+ 2000)

AGI:1500(+ 3000)

INT: 310(+ 1000)

LUC: 340


 なんだよこれ。どこの装備ゲーだよ。


 狩り場に必須なアイテムとか、スキルとか、そういうのがあった方が、たしかにユーザは燃えるさ。しかもそれらを序盤で偶然手に入れちゃったりしたら、なんて考えたら夢があるよ、ロマンがあるよ。


 しかし、流石にこれは夢もへったくれあったもんじゃない。


 俺が握ってる鉈とか、完全に立場がないぞ。


「おい、お前っ、私の話を聞いているのか?」


「プラス幾つまで精錬したら、ここまで強くなるんだ?」


「はぁ? 何の話だ?」


 そもそも他のヤツらはどうなんだよ。


 イケメン騎士の背後、あちらこちらで警戒に当たっている冒険者や憲兵たちに、ニートは意識を向ける。当然、ステータスウィンドウを見るためだ。見たところ装備はごく一般的な剣や槍を装備している。




名前:エイヤー・ドッコイショ

性別:男

種族:人間

レベル:34

ジョブ:冒険者

HP:1100/1900

MP:0

STR:1200(+3000)

VIT:2200(+2000)

DEX: 920

AGI:1800

INT: 210

LUC: 140




名前:ヘイホー・ヘイホー

性別:男

種族:人間

レベル:29

ジョブ:兵士

HP:1000/2900

MP:100/200

STR:1200(+5000)

VIT:1900(+5000)

DEX: 820

AGI: 900

INT: 310

LUC: 140



 とても現実的かつ無難な数字ではなかろうか。


 鉈が1000に対して、剣が3000、槍が5000。


 この上なく納得できる。


 つまり、イケメンの持ってる装備がレアアイテムなんだろう。ぶっちゃけ武器を交換したら、モブ連中でも騎士様に勝てちゃうだろ。何の為のステータスだよ。どっちが本体だか分かったもんじゃない。


 思えば今まで普通の人間のステータスを見てこなかった。


 元ヒロインとコックくらいか。俺が確認した人間は。


 他は化け物ばっかりだから、全く気づけなかった。


 人間と化け物で素の性能が違い過ぎるだろ。


 Gカップがニートを助けることができたのも、あの綺麗な剣とGカップ専用フルプレートアーマーがあったからだろう。そりゃ特注するわな。人間の可能性に幻滅したよ。ぜんぜんファンタジーな感じがしない。こりゃとんでもない重課金ゲーだ。


「おいっ!」


「あ、あぁ、何だよ課金厨」


 成金野郎に怒鳴られた。


 レア装備を持ってるからって偉そうにするなよな。


「かきんちゅう?」


「いや、なんでもない、こっちの話」


「……妙な男だな」


 訝しげな表情でこちらを睨み付けてくる課金厨。


 ドカ●ンの赤宝箱で、先にレアゲットされた気分だわ。しかも全身フル装備とか、どんだけ運が良いんだよ。デビラーマンになったとしても、戦闘のコマンド選択次第では、普通にブッ殺される系だ。


 あれってやられると凄い凹むよな。とっても悲しくなる。最強のデビラー装備を奪われるし。デビルモードは解除だし。ニートはあのゲームをプレイすることで、強盗の罪深さを齢十三才にして学んだわ。


「それよりも、おい、お前も我々に協力しろ」


「は?」


 こっちの屈託した思いも知らないで、イケメンが語り掛けてくる。


「男手が足りない。お前のようなクズでも壁くらいにはなるだろう。そこの教会の中に余った防具が収められている筈だ。さっさと装備を整えて来い。町の住民たちを守るのに力を貸すんだ」


「おいこら、なんで俺がお前に協力しなきゃならないんだよ?」


「なんだと?」


 なんて自己中なヤツだ。


 自分だけレア装備でフル武装しておいて偉そうに。協会の中とやらに、コイツと同じ装備があるとは到底思えない。周りの兵士や冒険者の連中を確認すれば、誰にだって分かるだろうさ。性能が一桁違うもの。


「俺のこと見捨てたヤツなんかに誰が協力するかよ。アホ言ってんじゃねーよ」


「き、貴様っ、この非常時に何を言っているんだっ!」


「非常時だからって何でも言いたいことが通るとか、それちょっと素敵すぎるだろ」


「このっ、ふ、ふざけたことっ!」


 見る見るうちにイケメン騎士の顔が怒ってゆく。


 こちらの隣に元ヒロインがいることも大きな要因だろう。エッチしようとして逃げられた女が、嫌いな男の隣にいたら、そりゃ気分も悪くなるだろうさ。逆にこっちは女を寝取ったようで気分がいいけどな。


「ただ、コイツは預かってくれよ。関係ないから」


「え? あ、おいっ、オッサンっ!」


「ここなら人目があるし、このロリコン騎士もいきなり襲ってきたりはしないだろ。あぁでも、人気が無い場所には行っちゃダメだぞ? この手のイケメンはプライド高くて、必ず報復してくるから」


「なっ、き、貴様っ、何をふざけたことをっ!」


「他に頼りになりそうなヤツが現れたら、素直に事情を話して保護してもらえ」


「貴様っ! 何を勝手にあることないこと喋っているっ!」


 イケメン騎士の顔は怒りで真っ赤だ。


 その手が腰の剣に伸びる。攻撃力22500の剣に伸びる。


 あることないことって、一部あったと認めるつもりかね。


「おいおい、いきなり仲間割れかよ?」


「黙れっ! き、貴様と仲間になった覚えはないっ!」


「さっきと言ってること違くね?」


「うるさいっ! 貴族である私に逆らうつもりかっ!?」


 Gカップといい、イケメン騎士といい、この町の冒険者はどいつもこいつも煽られ耐性が低すぎるだろ。すぐにカッカするあたり、どんだけ待遇の良い生活を送っていたか露骨に分かるじゃん。


「別に逆らってないだろ?」


「なんだとっ!?」


「お願いしてるだけじゃん。コイツを保護して欲しいって」


「こ、このっ……」


 話題に上がっているのは元ヒロイン。


 問題の焦点はロリの行く先だ。


 ニートを罵倒したところで、なんの意味もない。むしろ元ヒロインに対して無様な姿を見せるばかり。こうなるとイケメン騎士も、上手く言葉を続けられない。剣を手にしてみせるも、最後の一歩を踏み出せない。


 流石は俺だ。伊達にネットで論破力を鍛えていないな。


「おい、ちょっと待てよオッサン! アタシは嫌だからなっ!」


 そうかと思えば、元ヒロインが吠えた。


 声も大きく語ってみせる。


「はぁ? なんでだよ? 俺と一緒にいるより、ここのが絶対に安全だろ」


「冗談じゃねーよ。こんな変態に守ってもらうなんて死んでも嫌だね」


「なっ……」


 トドメの一撃。痛恨の一撃。


 元ヒロインの発言にイケメン騎士は絶句。


 何この快感。


 誰かに必要とされるって、凄く気持ちいい。


 生まれて初めてイケメンに勝利した気がする。


 やっべ、俺が勝った、俺がイケメンに勝った。


 嬉しい。凄い嬉しい。


「それにアタシはオッサンとパーティーを組んだんだ。さっき一緒に行くって言ったばっかなのに、もう止めるのかよ? それもオッサンの都合で! そんなんだから、あの小さいのにも逃げられるんだよっ!」


「うっ……」


 脳裏に蘇るプシ子からのサヨナラ発言。


 このロリ、なかなかパワーがあるな。


 将来は良いツンデレになるだろう。俺が保証するわ。


 少し長めに五年保証するわ。


「ほらっ、行くぞっ!」


 強引に手を掴まれ、引っ張られる。


 イケメン騎士の脇を素通りする形で、ロリ先行により駆け足で移動。


「お、おい、待てっ!」


 背中越しに声が届けられる。


 これを無視して、ニートと元ヒロインは広場を後にした。

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