逃避行 一
プシ子に接する態度を深く反省したニートは心機一転、気分も新たに路地裏を歩みだした。向こうしばらくは前向きに頑張れそうな気がする。なんというか、こう、心が晴れやかな気分なんだ。
すると数歩も進まないうちに敵とエンカウントである。
「げっ、マジかよ……」
曲がり角の先から、獣耳を頭に乗せた厳ついオッサンが現れた。
ヒゲとかめっちゃ生えているタイプの。
「09g32ljljdfjf@あうぇ!」
しかも何やら叫び声を上げて、こっちに走ってきた。
身の丈二メートル近い巨漢だ。耳以外は普通の人間っぽい。帽子を被ったら区別はつかないだろう。腕毛とか胸毛とか髭とか、体毛がやたらと毛深い。頭のそれと相まって非常に気色悪い。折角の獣耳なのに、可愛らしさの欠片もねぇ。
Gカップが言っていた侵入者ってのは、恐らくコイツのことだろう。どうして俺のところに寄越すかな。この町の冒険者ってのはレベル低すぎだ。もうちょっと頑張れよ。何のための徴兵制度なんだか分からないぞ。
「お、おい、オッサン!」
元ヒロインが声を上げる。ニートも悲鳴を上げたくなった。
だって獣耳オヤジ、手に鉈みたいな武器を握っている。
しかも刃の部分には赤いものが付着しているぞ。
きっと使用済みだ。もしもあれで切られたら、どこの誰とも知れない相手の血液を体内に迎え入れることになってしまう。なんておぞましい。得体の知れないファンタジーな病気になるかも知れない。
だが、今のニートは非常にクールだ。
悲鳴なんて上げちゃいけねぇ。
先方との距離にはまだ余裕はある。
ここは冷静にステータスウィンドウを確認だ。
名前:セサミ・フレーバー
性別:男
種族:獣人
レベル:28
ジョブ:魚屋
HP:1902/5910
MP:0
STR: 600(+1000)
VIT:1200(+ 600)
DEX: 320
AGI: 510
INT: 110
LUC: 240
なるほど、やっぱり俺はクールだぜ。
「オッサン、何ぼさっとしてるんだよっ!? 逃げるぞ!」
「そこのロリータ、ちょいと待った」
カッコの中の補正値が気になる。以前もちょくちょく出てたよな。意味不明だから無視していたけれど、今頃になってふと気付いた。これって武器や防具によるステータス可算じゃなかろうか。
パンチで600、鉈を振り回したら1600ってことだ。
相変わらず不親切なインタフェース設計だよな、このウィンドウは。
もう少し細かい説明があってもいいと思うんだ。しかもバグってるし。
ただまあ、そのあたりを加味しても俺のが強いじゃん。
名前:ワタナベ
性別:男
種族:人間
レベル:1
ジョブ:ニート64
HP:5900/5900
MP:0
STR:2400
VIT:3200
DEX:4920
AGI: 900
INT: 310
LUC: 540
ほらみろ、やっぱり強いじゃないの。
ニート64のパンチは鉈を振り回すより強いんだってさ。割と真面目に信じられない。本当に信じてしまってもいいのか? この数値の並びは。
でもまあ、あれだ。プシ子の驚異的な身体能力を思えば、それもまたアリなのかもしれない。何気ない一撃で軽くHP四桁は削っていた。
「オッサン! なんで固まってんだよ!? 大丈夫なんじゃなかったのかよっ!? 早くしろよっ! ア、アタシ一人で逃げるぞっ!?」
そうこうしているうちに、すぐ目の前まで迫った獣耳オヤジの鉈。
元ヒロインが声を張り上げる。
「オッサンッ!」
それでも一人で逃げないあたり、やっぱりコイツは良いロリだ。
善良なロリだ。
人の心を明るく照らす、言わば光属性のロリだ。
シャイニングロリータだ。
「喰らえっ、シャイニングロリータ!」
俺の必殺技にしよう。
力一杯、鉈アタックをも上回ると設定された右ストレートを繰り出す。一歩大きく踏み込んで、腰を落とした状況から、相手の懐へ飛び込むように進路を取っての攻撃だ。
「j0g4lkjsぢうふぇっ!?」
見事命中。相手の胸部を打ち抜いた。
他方、鉈はニートの肩越しに空を切る。
振り下ろされた腕の肘が、肩甲骨のあたりに当たった。
一瞬、ひやりとした。
けれど幸い刃の部分はどこに触れることもなかった。相手の腕は伸び切っており、碌に鉈を振るうこともできなかったようだ。
おかげでニート、大勝利。
「がおうぇいj3r2jっっ……」
獣耳オヤジは意味不明な嗚咽を上げて、バタリと倒れた。
以後、ピクリとも動かなくなる。
「おっしゃぁ……」
俺スゲェ。
俺マジスゲェ。
喧嘩で勝つとか、生まれて初めてなんですけど。
しかも女の前で暴漢を一発KOとか、カッコ良すぎる。
「……オッサン、た、戦えたのかよ」
「オッサン自身もビックリだわ」
魚屋を一発とか、ニートのステータスじゃねぇな。
倒れた獣耳オヤジをロリと二人でおっかなびっくり眺める。
「オッサン、こ、この獣耳オヤジ……」
「あぁ、死んでるっぽい……」
やっちまったよ。
遂に俺も殺人マシーンの仲間入りだ。
「この鉈はもらっちゃってもいいよな」
「……以外と逞しいな、オッサン」
死体から鉈をはぎ取る。
右手に握ってステータスを確認だ。
名前:ワタナベ
性別:男
種族:人間
レベル:1
ジョブ:ニート64
HP:5900/5900
MP:0
STR:2400(+1000)
VIT:3200
DEX:4920
AGI: 900
INT: 310
LUC: 540
おっしゃ、攻撃力1000アップだ。
これはデカイだろ。
レベルも上がってるかも、とか期待したけれど、そっちは駄目だった。このオッサンよりダンジョンで踏みつぶしたネズミの方が、経験値的には上らしい。経験値っていうのは強さに比例しないんだな。
あぁ、そうだ。
アイテムのウィンドウも確認しておくか。
武器:祖父の形見の セサミ家の 鉈
防具:ユニクロ
頭:なし
足:血塗られた コンバース
装飾品:なし
持ち物:なし
お金:23000G
ステータス:運動不足、内臓疾患、疲労、ハイテンション
なんか鉈に嫌な称号が付いている。
祖父の形見とか、戦場に持ってくるなよな。略奪したヤツが申し訳ない気分になるじゃないか。あと、コンバースを洗うの忘れてた。
「オッサン、ど、どうしたんだ? なんか変な顔してるぞ……」
「いや、なんでもない。少しメランコリックな気分になっただけだ」
「なんだよそれ」
「とりあえず、コイツは放置して場所を移動しよう。大きな音を立てちゃったから、他に仲間がいたら集まってくるかも知れない。どの程度の規模で侵入されてるかも分からないからな」
「お、おうっ、分かった!」
ロリを促して、今一度、移動を開始する。
すると角を幾つか曲がったところで、開けた場所に出た。
教会っぽい建物の前に作られた広場的な空間だ。噴水やベンチなどが見受けられる。そこへと身を寄せ合うように、町の連中が集まっているぞ。怪我をしているヤツも決して少なくない。
「町のヤツらだっ!」
ロリが嬉しそうな顔になった。
ニートとしては複雑な気分だ。
もしもこの中にGカップがいたらと思うと、腹が痛くなるのを感じる。なんつーか、こう、学生時代を思い出す。はーい、二人組作ってー、と同じ系統の痛みだ。下痢になったらどうしよう。
「オッサン?」
「あ、あぁ、なんでもない」
とはいえ、ロリが一緒なので迂回はできない。
見れば一団の中には女子供の姿も窺える。どうやら避難してきた町の連中が集まっているようだった。規模としては数十人くらいだろうか。
これを守るように周りを囲う形で、武装した憲兵や冒険者の姿がある。
「あ……」
ロリが悲しそうな声を上げた。
何事か。
「ん? どうし……」
元ヒロインの視線が向けられた先を確認する。
すると、いた、いたよ。森で出会ったイケメン騎士が。
「アイツか……」
「ど、どうしよう」
どうやら例のイケメン騎士は、この場においてリーダー的な存在らしい。あれやこれやと周囲の冒険者や憲兵に指示を出してる。とても忙しそうに動いている。
元ヒロインにとっては跋が悪いなんてもんじゃないだろう。
そして、相手もまた我々の存在に気付いたようだ。
「……むっ、君たちはあの時の」
カチャカチャと金属鎧を鳴らしながらやって来る。ロリの顔を目の当たりにした直後、形の良い眉が僅かに動いたのを、俺は決して見逃さなかったぜ。
他方、見つめられた方はビクリと肩を震わせて、小さく一歩を後ずさる。口では強がっていたが、トラウマにでもなっているんだろう。可哀想なロリだ。
「だったらなんだよ?」
自然とニートも警戒してしまう。
このイケメンは俺を夜の森に置き去りにした前科があるからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます