反省

 Gカップと別れて以後、二人は喧噪から逃れるように走った。


 辿り着いた先はどことも知れない路地裏だ。周囲を背の高い石造りの建物に囲まれている。昼間なのにどことなく薄暗い。道幅も二、三メートルほどで、ちょっと窮屈な感じ。周りに人気はまるで感じられない


「……なんつーか、ありがとう」


「べ、別にいいよ。アタシのせいでもあるみたいだったし」


 お互いに手を伸ばせば触れ合える距離感。


 ニートは元ヒロインと向き合っている。


 少し息を荒くしたロリの胸の上下する様子が、妙に新鮮なものとして映る。


「なぁ、あの子ってオッサンの妹だったのかよ?」


「この顔とあの顔で、出所が同じだと思うか?」


「そ、それじゃあ何者だよっ」


「将来を約束し合った仲だったが、どうやら俺に愛想が尽きたらしい」


「オッサン、ロリコンなのか……」


 悔しくなんてないんだからな。


 ぜんぜん悔しくなんて、ないんだからな。


 プシ子ォ……。


「ロリコンで悪いかよ? 小さい女の子が好きで悪いかよ?」


「もしかして、アタシのこともそういう目で見てたのか?」


「当然だろ?」


「即答かよっ!」


 元ヒロインが一歩、大きく後ろに身を引いた。


 よく見れば腕やら足やらに、ブツブツと鳥肌を立てている。


 露骨な反応はニートの心にダメージ大だ。


 ただ、プシ子の逃走と比較すれば大したことじゃない。


「仕方ないだろ!? 可愛いもんは可愛いんだよ!」


「いきなり面と向かって、か、可愛いとか言ってんじゃねぇよっ!」


 可愛いという単語に反応して、元ヒロインの頬が赤くなった。


 圧倒的なちょろ可愛いさだ。


 異性との交友経験の浅さこそが、ロリの一番の魅力だとニートは考える。同じく異性との交友関係に乏しい素人童貞だからこそ、とても魅力的に映る。やはり素人童貞こそロリータとはお似合いの間柄だな。


 しかし、今は目の前の相手を愛でている余裕もない。


 だってプシ子に捨てられたの悲しい。


 好きな女に捨てられたヒモの気分が如実に分かる。


 あぁ、プシ子。


「プシ子ォ……」


「なぁ、さっきから気になってたんだけど、それってなんだよ?」


「プシ子か?」


「そうだよ。な、なんでプシ子なんだ? 変じゃん!」


「アイツの名前だよ」


「どういう名前だよっ!?」


「うぅ……プッシー三号ォ……」


「き、気持ち悪いなぁ……」


 まさか捨てられるとは思わなかったんだよ。


 だって、どれだけ適当なこと言っても付き合ってくれるし、そういう系のキャラだと判断するのが普通じゃん。嫌よ嫌よも好きのうちっていうか、なんだかんだで一緒に居てくれる嫁属性だって、普通は思うじゃないの。


 これだからファンタジーは嫌なんだよ。ちっくしょう。


 これだから俺みたいなコミュ障は駄目なんだよ。ちっくしょう。


 むしろ今まで良くまあ付き合ってくれていたよ。


 そもそも普通だったら途中で逃げるよな。


 なんでここ数日、ずっと一緒にいたんだろう。


 嫌なら嫌って言ってくれたら、もうちょっとソフトな感じで、こう、なんつーの? 気遣いもできたりしたかも知れないのに。急にサヨナラとか寂しすぎるじゃん。てっきり今後ともヨロシクな関係だと思っていたのに。


「あー、あーあー」


「オッサン、大丈夫かよ……」


「あぁ、大丈夫だ。少し反省しなきゃな気分なだけだ」


「そ、そうかよ」


 調子に乗りすぎたことは反省しよう。


 俺は反省できる男だ。


 特殊な環境に置かれて気分が高揚していたのだ。


 あぁ、俺はどうしようもない男だ。


 プシ子のような素晴らしいロリータに嫌われるとは、人として糞だ、男としても糞だ。あぁ、糞だ糞。なんたる糞だろう。つい昨日にも母親を殺された幼女に、自らの不出来を慰められているくらい糞だ。


 やばい、これ以上の糞はこの世にないように思えてきたな。


「…………」


「……オ、オッサン?」


 しかも反省したからと言って、今の危機的状況が改善される訳ではない。高性能ロリータであったプシ子が失われた今、代わりに自らの傍らにいるのは、保護対象以外の何物でもないよわよわロリータだ。


 このままでは二人まとめてお先真っ暗である。


 明日にでも町のどこかで朽ちていそう。


 しかしそれでも、ニートは生き抜かねばならない。


 生きてプシ子にごめんなさいと伝えるのだ。


 だって、こんなウンコマンの我侭に真正面から付き合ってくれたヤツは、後にも先にもアイツばかりだろう。家族だってここまで真摯にニートと向き合っちゃくれなかった。塩対応が常であった。


 たとえそれがマリオネット属性の賜物であったとしても嬉しい。仮にご主人様に絶対服従の命令系統が存在していたとしても、裏切れるのを我慢していたのはデカイ。いいや、デカイというか、正直、ありがとうございます。


「おいちょっと、ほ、本当に平気かよ?」


「任せろ。俺は平気だ」


「ぜんぜん任せられねぇよ」


 っていうか、この元ヒロインもスーパーいいヤツだよな。


 プシ子に逃げられたダメ男なんかを気遣ってくれる。


「……これだからロリは好きなんだよ」


「な、なんだよ、まさかアタシのこと襲うつもりかっ!?」


「昨日までの俺だったら、まず間違いなく襲っただろう。あぁ、その麗しい姿に、身も心もメロメロになって、後先考えずに押し倒していただろう。オマエを助けたイケメン騎士と同じようにな……」


「襲うのかよっ!?」


「しかし、今の俺は襲わない」


「襲わないのか? っていうか、な、なんだよそれ。ちょっと変だぞ」


「そうだ、襲わないんだ。俺はお前を襲わない」


「……本当かよ?」


「もし仮に勃起が止まらなくなっても、俺はお前を絶対に襲わないだろう! お前が見ているところで、オナニーを始めることはあっても、決して襲うことはしないと誓う! そう、神に誓ってみせる!」


「そんなこと誓うなよ! 威張るなよ!」


「という訳で、色々とありがとうな。俺はもう大丈夫だ」


「ぜんぜん大丈夫に見えないんだけどな……」


「それよりも今は、この危機的状況を如何にして脱出するか、だ」


「……本当に大丈夫かよ、オッサン」


 さぁ、頑張って考えるのだ、賢きニートよ。


 二人で無事に生き長らえる為のプランを。


 俺はこのロリータが五体満足、いいや、五体満足プラス処女膜を含めた、五体一膜満足で、無事に日常へ戻るまでをサポートする義務がある。そう思えるだけの気遣いをもらったのだ。この良いロリータを殺してなるものか。


 それが自分なりの元ヒロインに対する礼である。


 そして同時に、プシ子がニートに与えた試練に違いない。




名前:ベス

性別:女

種族:人間

レベル:5

ジョブ:浮浪児

HP:10/52

MP:98/98

STR:14

VIT:23

DEX:37

AGI:16

INT:40

LUC:13




 見て見なさいよ、この貧弱なステータスを。


 放って置いたら今日中に死ぬぞ。きっと。


 でも前に見たときよりレベルが上がってるな。


 きっと、色々と頑張ったんだろう。


 しかしながら、今は俺の方が強いんだぜ。


 今度はあの犬っころにだって負けないんだからな。




名前:ワタナベ

性別:男

種族:人間

レベル:1

ジョブ:ニート64

HP:5900/5900

MP:0

STR:2400

VIT:3200

DEX:4920

AGI: 900

INT: 310

LUC: 540




 どうよ、このニート64の性能を。素晴らしいじゃないか。


 以前は無理だったけれど、今なら割と頑張れるはず。


「まずはこの戦争をどうにかしないとな」


「まずはって言うか、それさえどうにかできれば、万事解決だろ……」


 高みの見物を楽しむつもりが、ヤラレ役として舞台に押し込まれた気分だ。しかし、このまま大人しくやられてやるつもりは毛頭ない。絶対にこの窮地を生き延びて、再びプシ子の前に現れてやるのだ。


 この心優しきロリータと共にな。


「あの子ってオッサンの仲間だったんだよな?」


「その通りだ。しかし、ちょっと俺が甘えすぎたようだ」


「なんだよそれ」


 これだから人付き合いの距離感ってのは難しいぜ。


 あぁもう、プシ子ってば可愛いな。


 離れてから始めて分かる相手の大切さ、ってやつ。


 これまでの人生、離れてから大切だと感じた相手が一人もいなかったから、なかなか新鮮な気分である。この圧倒的な喪失感は、生まれて初めて経験したスーファミのセーブロストにも匹敵するな。


「ところでお前、これからどうするんだ?」


「アタシは……」


「どうせ頼るような相手もいないんだろ?」


「だ、だったらなんだよ?」


「パーティーの続きだ。行くぞ」


 狼狽える元ヒロインの腕を取って、ニートは一歩を踏み出す。


 一瞬、ビクリと相手の身体が震えたの、これまたメンタルに追加ダメージ。いつか慣れる日は訪れるだろうか? いいや、絶対に慣れないだろうな、この感覚だけは。痴呆になってウンコとか投げ始めたら分からないけど。


「え?」


「一緒に来てくれよ。俺もお前以外に頼れるヤツなんていないから」


「い、いいのかよ? アタシなんて何の役にも立たないぞ?」


「お前は十分に役立った。次は俺が役に立つ番だ」


「はぁ? なんだよそれ……」


「いいからほら、一緒に行くんだぜ」


 自ら先導するよう歩み出す。


 どこへ行くかは決めていない。


 ただ、今は歩き出すべきだと思ったんだよ。

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