侵攻 四
その命を助けるべく、元ヒロインの腕を取ったニート。引きこもりにしては、類まれなる行動力の現れではなかろうか。ここ最近の行いに鑑みたのなら、手放しで褒め称えても差し支えない働きだと思う。
「その手を離せ! 混乱に乗じて暴行を図るつもりかっ!?」
なのにGカップからは辛辣な罵倒の声が。
完全に勘違いしていらっしゃる。
それもこれも俺の見た目が不細工だからだろう。
「コイツっていつもすげぇ微妙なタイミングで遭遇するよな」
「だからさっさと殺しておけば良かったのです」
「素直に言うと、ちょっと後悔している俺がいる」
「な、なんだとっ!? 貴様っ、この後に及んで私に牙を剥くかっ!?」
しかも毎度毎度、いつもテンション高いよな。
きっと早死にするタイプだ。
「戦争はどうしたんだよ?」
「つい先程、第三区画内に敵が侵入したとの報があがった。今は憲兵と冒険者、加えて街の男衆が総出で警戒を行っている。だと言うのに、貴様という男はいったい何をやっているんだっ!」
なるほど、この辺りも既に危ないらしい。
この町の冒険者って弱かったんだな。
獣耳軍団に負けっぱなしじゃないの。
「大人しくしているならまだしも、我々の足を引っ張るというのであれば、もはや猶予は与えん。この場で潔く死ね。元は私が助けた命だ」
「スゲェ横暴を聞いた気がする」
「黙れっ!」
Gカップが腰から剣を抜いた。
と同時に、こちらに駆け迫ってくる。
ガチで殺しに来てるよ、おい。
「プ、プシ子っ!」
「相変わらず他人任せなのですね」
「仕方ないだろ!? 俺はコイツより弱いんだから!」
死に損ないとは言え、あのミノルを一撃で殺したくらいだ、それなりに腕は立つだろう。伊達にパーティー組んでダンジョンの深いところを攻略してないよ。きっとスモールドラゴンくらいなら、ソロで狩れるんじゃないですかね。
「主人には強くなろうという気概が感じられません」
Gカップが振るう剣の切っ先が、ニートの鼻面へ迫る。
これに両者の間へ滑り込んだプシ子が応じた。
小さな手の平を突き出して、頭上より迫った一撃を受け止める。
「なっ……」
驚愕はGカップのものだ。
受け止められた側は、そんな馬鹿なと訴えんばかりに目を見開いている。彼女の気持ちは分からないでもない。だって剣と手の平とが接しているのだもの。本来であれば、後者は前者で真っ二つのはず。
どちらに分があるのかは、傍目にも明らかな光景だった。
なんだよ三号、めっちゃ格好いいじゃない。
「その者は町の敵だ! 妹だか何だか知らないが、今すぐに退けっ!」
「残念ながら不可能です」
「このっ……」
Gカップが剣を手にした腕に力を込める。
筋肉の蠢く様子がエロい。
けれど、プシ子は涼しい顔でこれを受け止め続ける。
どうやらここは慌てなくても大丈夫な場面らしい。
「よし、ナイスだプシ子」
「相変わらず見ているだけなのですね。自らの使役するマリオネットが、今まさに切られようとしている状況で、後方から声を上げるだけとは嘆かわしい。その身を挺して庇いに入るくらいの甲斐性が欲しいものです」
「いやいや、見るからに余裕じゃないの」
「ぐっ、き、貴様らぁっ……」
苦悶の声を上げるGカップ。
魔法でも使っているのか、いつの間にやら全身が輝き始めたぞ。身体の輪郭周辺で、ゆらゆらと周囲の光景が揺らめく様子がかっこいい。回復魔法と併せて、いつかニートも使ってみたいものだ。
他方、一貫して余裕綽々としているのがプシ子。
刃を受け止める手の平には掠り傷一つない。
どうやらGカップは敵じゃなさそうだ。
これならステータスを確認するまでもなく安心していられるな。
「殺してしまっていいですか?」
「あ、いや、それはちょっと……」
「相変わらず決断力がないですね」
俺の知らないところで、勝手に死ぬ分には問題ない。けれど、俺の判断から俺の目の前で死なれるのは、なんだかちょっと嫌な感じだ。具体的には一週間くらい夢に出てきそう。ニートのメンタルは脆弱にできているのだ。
「そりゃほら、子供の前で人が死ぬところとか、見せちゃ駄目だろ」
「上手い言い訳を見つけましたね」
「その娘を解放しろっ! このクズがっ!」
「ア、アタシは違うぞ!? 別に攫われるとかそういうのじゃっ!」
さて、どうしたもんか。頭を悩ませる。
頭を悩ませる?
いやいやいや、ちょっと待てよ。
なんで俺が悩まなきゃならないんだよ。
意味が分からない。
どうしてこのニート様が、他人の為に頭を悩ませなきゃならないんだ。この頭脳はもっと崇高な事業の為に用いられるべきだ。例えば世界の命運を握る大戦略の為に用いられるべきだ。だというに、なんだよこれは。このグダグダ具合は。
「ぶっちゃけ、ありえないだろ」
ぼそり呟いて、決めた。
なんでどうして、この俺が悩まなきゃならないんだよ。
「プシ子、止めだ止め」
「何をですか?」
「作戦変更だ」
「というと?」
「そもそもこの町にこだわる理由なんてないじゃんかよ」
「今更それですか……」
「飯は手に入らないし、住民は陰険だし、何故か戦時中だし、ここにいたって良いことなんて何もないだろ? それならもっとこう、俺のことを快く受け入れてくれる町を探したほうが建設的じゃん」
「言うことがコロコロと変わる主人ですね」
「状況の変化を敏感に察して、臨機応変に対応できるのが優れた人間なんだよ」
「…………」
こんな下らないことに付き合ってられるか。
俺にはもっと相応しい場所がある。
俺がもっと活躍できる、俺にとって最高のステージがある筈なんだよ。
そう、ここは違ったんだ。
「ということで、そうと決まれば、こんな町からはおさらばだ」
プシ子に命じる。
なるはやで次の町に出発しよう。
「……そうですね。では私も止めましょう」
「おう、止めろ止めろ」
「これ以上は付き合っていられないので、今日限りでサヨナラです」
「は?」
スッとプシ子の腕が下げられた。
支えを失ったGカップの剣が地面を打つ。
カィンと乾いた音が辺りに響いた。
勢いの乗った切っ先は、石畳の合間に深く突き刺さった。
「せいぜい死なないように気をつけて下さい」
「あ、お、おいっ、ちょっと! どういうことだよっ!?」
「それでは、これにて失礼します」
「プシ子っ!」
ニートが吼えた直後、プシ子は消えていなくなった。
宿屋の出入りに使っている空間魔法とやらだ。
「お、おいっ、嘘だろっ……」
本気かよっ!?
三号が居なくなったら、残されたニートはどうすりゃいいんだよ。
こんなヤバイ場所に放置されたら、一晩で死亡する自信があるわ。
せっかく最強メイド持ち系TUEEEが順調に進んでたのに、こんなところで終わりかよ。まだラスボスを倒してないし、お別れするにしても、次のメイドキャラが手に入ってからが定番でしょ。
っていうか、喪失感がハンパない。
マジかよ。
マジでサヨナラとか言っちゃう系? 言っちゃうの?
そんなのありですか?
本当に居なくなっちゃうの?
「オッサン、いきなり消えたぞ! な、なんだよ今のっ……」
「くっそ、ふざけんなよっ、最後まで面倒みろよっ!」
どうしよう。
どうしよう。どうしよう。
「……どうやら、妹にも見限られたようだな」
「ぐっ……」
見限るくらいなら、最初から話しかけてくるんじゃねぇよ。
くっそ。マジくっそ。
調子に乗ってバカにした分、後が怖いなんてもんじゃない。
Gカップが良い笑顔でこっちを見つめている。
「大人しくしろ。この場で叩き切ってくれる」
石畳から剣を引っこ抜いたGカップ。
切っ先を再びこちらに向かい構えている。
やる気満々じゃないか。
正義の心云々はさて置いて、完全に私怨で行動してるだろ、この女。
「マジかよ……」
Gカップは本気だ。目が本気だ。
自ずと一歩、後退する。
すると、そんな先方から俺を救うように、声を上げるヤツがいた。
他の誰でもない、今まさにニートが拉致らんとしていた人物だ。
「ちょ、ちょっと待てよ! なんでオッサンを切るんだよっ!?」
俺とGカップの間に立って、両手を広げてみせる。
仁王立ちってやつだ。
「なんのつもりだ! その男はお前を攫おうとしたのだぞ?」
「ち、ちげぇよ! このオッサンはアタシのパーティーメンバーだ!」
「パーティーメンバーだと?」
「そうだよ! アタシとコイツは一緒にパーティー組んでんだよっ!」
「……どういうことだ?」
「そっちが勘違いしたんだろ!? べ、別に犯されたりしてねぇよっ!」
「だ、だがその男はっ……」
「いいから剣を引いてくれよっ!」
必死の形相で叫ぶ元ヒロイン。
まさかコイツが、俺の為に矢面へ立ってくれるとは想わなかった。これを受けてはGカップも驚いた表情だ。助けようとした相手に怨敵を庇われたのだからな。膨れあがった怒りと、早合点してしまった羞恥とが、胸の内に渦巻いていることだろう。
「何か弱みを握られているのか?」
「握られてねぇよ! っていうか、今は喧嘩してる場合じゃないだろ!?」
「ぐっ……」
遥か年下の子供に正論を突きつけられて、Gカップが怯んだ。
何度論破されれば気が済むのだろう。
その隙を突いて元ヒロインは言葉を続ける。
「それじゃあ、ア、アタシたちはもう行くからなっ!」
「待てっ! だからと言ってその男が許される訳ではっ……」
「オッサン! ほらっ、行くぞっ!」
「お、おぉう」
小さな手がギュッと力強く、ニートの手を掴んだ。
そうかと思えば、勢い良く走り出す。
これに促されて、自身もその背中を追うように駆け出した。
Gカップが後を追ってくることはなかった。
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