侵攻 三

 この世界では黒人とか白人とか黄色人種とか、そんなの微々たる差だ。尻に尻尾だの、背中に羽だの、ネルソン・マンデラが助走を付けてアパルトヘイト決めるような手合いが、天下の往来を縦横無尽に闊歩している世界である。


 くそ、これだから困るぜ、ファンタジーは。


「プシ子、共和国ってやつの説明だ!」


「本当に何も知らないんですね」


「いいから教えてくれよ」


「共和国はこの国と国境を接する国です。こちらの帝国側が人間至上主義を掲げているのに対して、あちらは亜人、亜属を含めた複数の種族の共存を掲げた国です。この絶対に交わらない主義主張から、両国は古くから常に紛争状態にあります」


「なんだよおい、そんなファンタジー世界にありがちな理由で戦争してるのかよ。そう言う小説や漫画、探せばゴロゴロ出てくるぞ。この俺を巻き込むんだから、もっと奇抜な理由で戦争してろってんだよ。まったく、面白味の欠片もねぇ」


「私にどうしろと言うのですか」


「差し当たって、頭から猫耳を生やす魔法を開発すればいいと思った」


「なるほど、たしかにそうですね」


 よっしゃ、速攻で問題を解決した。


 俺、天才。


 プシ子の猫耳モードが見たいぜ。


「……オッサンって魔法使いなのか?」


「いいや、俺じゃなくてコイツが魔法使いだ」


「初めまして、プッシー三号と言います。プッシー三号と呼んで下さい」


「え?」


「おいこら、せっかく人が有耶無耶にした話の流れを、速攻で回収してくれるんじゃねぇよ。他所様の前ではアレクシアって名乗れって言っただろ? どうしてお前はこうまでも鶏頭なんだよ」


「アレクシア? 初耳ですね」


「ひぶっ!」


 呼び動作なしの右ストレート。プシ子に頬を殴られた。


 スパンって音がした。


 ボクシングか何かやってるような音だったわ。


 右の奥歯が抜けて飛んでった。


「こ、この……」


 これで何本目だよ。歯がドロップするの。


 たしかこういう感じのオモチャあったよな。ゲーセンのワニワニパニックから脱走してきたようなワニの歯を、指で一本一本抜いてくやつ。黒ひげ危機一髪的なルールで遊ぶやつ。くっそ、名前が思い出せねぇ。


 今思えばエグいゲームもあったもんだぜ。


 日本人はどうしてああもワニを苛めたがるんだ。


「主人のような鶏頭に鶏頭と言われると、想像したより腹が立ちました」


「俺はお前が手を出すときと、出さないときの境界が分からねぇよ」


「それを知りたいのでしたら、より深くプッシー三号を研究して下さい」


「言ったな? いつか覚えてろよ……」


「お、おい、オッサン、大丈夫か? 口から血が垂れてるぞ……」


 ほら見ろ、元ヒロインにすら心配される始末だ。


 他人からの暖かな気遣いが心に染みる。


 ニートには縁遠い代物であった。


 先方はひとしきりニートの容態を確認すると、次いでその視線をプシ子に向けた。自ずと三号の意識も先輩ロリに向けられる。お互いに目と目が合ったところで、前者はおっかなびっくり口を開いた。


「っていうか、アタシより小さい子供に見えるんだけど……」


「これでレベル三桁だからな、お前の千倍から万倍は強いぞ」


「どうぞ先輩、よろしくお願いします」


「な、なんでアタシが先輩なんだよっ!」


「主人がそう言っていますので」


 以前は初見の人間を問答無用で殺そうとしたプシ子だ。それが今回は見ず知らずのロリに頭を下げている。コイツの行動理念はどうなっているのか。あぁ、そういえばコックとも普通に人付き合いしていたな。


 まあいい、三号の研究は後回しだ。


「とりあえず頭から獣耳生やすぞ、獣耳。三人分頼むな」


「分かりました」


「ちょ、ちょっと待てよ! アタシは嫌だからなっ!?」


「なんでだよ。生やさないと死ぬぞ?」


「アタシはそれでも嫌だ!」


「じゃあ尻尾で勘弁してやるよ」


「そういう意味じゃねぇよっ!」


 こちらも妥協したのに、元ヒロインは吠えて応える。


 何がそんなに気に入らないのか。


「どうして嫌なんだよ? 念願の獣耳だぞ?」


「うっせぇっ、アタシはアイツらの真似をするくらいなら死を選ぶ!」


「おう、カッチョイイ」


 この歳で中二病を発症しているとは有望株だな。


 将来はニートかラノベ作家か。


「……バカにしてるのか?」


「むしろそれ、マジで言ってるの?」


「あいつらは母さんの仇だ。一人でも多く殺してやる」


「お前の母ちゃんって、病気だったんじゃないのか?」


「そうだったけど、昨日の夜、アイツらに殺された」


 元ヒロインの眦に、ジワリと涙が滲む。


 唐突にも話題がシリアス路線に転向してしまった。


「なんでこう、いきなり話が重くなるんだよ……」


「それが戦争というものです」


「戦争ねぇ」


 人が猫耳にするか犬耳にするか迷ってる時に、前置きなく母親の死を持ってくるんじゃねーよ。なんて答えたらいいか分からないだろうが。いっそ死んだかーちゃんにも耳付けてやろうかこの野郎。


「プシ子、復活の魔法とかないのかよ? ザオ●ク的な」


「探せばあるかも知れませんが、私は使えません。仮に存在したとしても、行使できる者は非常に限られるでしょう。恐らくこの世に数人といないと思います。あとザオ●クって何ですか?」


「なんだよ、復活の魔法も流通してないのかよ。こんな体たらくだから、ドラ●エのクロスはバランスブレーカーとか言われるんだよ。ファンタジーだったら蘇生魔法くらい日常の風景にしとけよな」


「ザオ●クって何ですか?」


 今のプシ子の説明からして、きっと伝説の魔法とか、古代に失われた秘法とか、その手の扱いを受けているのだろう。僧侶がレベル上げた程度じゃ習得は不可能に違いない。つまり、元ヒロインの母ちゃんとは二度とエンカウントできない。


 娘さんを僕に下さい、とか一度は言ってみたかったんだけどな。


「ザオ●クって何ですか?」


「お前も妙なところに拘るよな」


「口から出任せですか?」


「……少女の涙を止める魔法さ」


 フッ、と遠い目をして答えた。


 会心の一撃。


「なるほど、プッシー三号に鳥肌を立てる魔法ですね」


「今回は割といけると思ったんだがな。マジで」


「主人の顔では何を言っても喜劇です。キモいです」


「いいか? プシ子。キモいって単語は手軽な割に攻撃力高いから、取り回しに気をつけて使えよ。思わぬところでニートの心が簡単に負傷したぞ。一度使ったら向こう一週間は使わないように」


「そして、主人は先輩の心を抉り続けていますね」


「……なんで俺のせいにするんだよ」


 プシ子に指摘されて、再び意識を元ヒロインに移す。


 何が気になるのか、ジッとこっちを見ている。眦が心なしか先程と比較して釣り上がっている。涙目で釣り目だ。しかも上目遣い。小さい女の子が大好きなロリコンとしては、思わず胸がキュンとくる光景である。


 仕方ないので話の流れを戻そうか。


「それじゃあこれから、お前は戦争に行くのか?」


 他に上手い言葉が浮かばなくて、素直に訪ねてみた。


 すると返ってきたのは突っ慳貪なお返事である。


「悪いかよ?」


「悪かねぇけど、まあ、なんだ……その、あれだ……」


「……なんだよ?」


 それだと貴重な膜付きマンコが、とか口走ろうとして、けれど、とてもじゃないけれど言える雰囲気ではなくて、コイツは俺にどうしろというのだ。コックもそうだったけれど、どうしてこんなニート如きに、この町のヤツらは意見を求めるのだ。


 前世じゃこんなシリアス、一度も経験したことがないぞ。


「……復讐は何も生まないぜ?」


 とりあえず、格好つけておくことにした。


 日常生活では絶対に出番のない台詞である。


 せっかくなのでこの機会に押させておくべきだろう。


 死ぬまでに一度は言ってみたかった台詞だ。


「いいんだよ、それでもアタシはやるんだ! 絶対だっ!」


「お前みたいなロリじゃ、きっと一人も殺せなくて、逆に殴られたりレイプされたり、余計に鬱憤を溜めるだけだと思うけどな。ネットで画像とか見たんだけど、戦時中のレイプってガチで死ぬまで犯すらしいから、かなり痛いらしいぞ」


「だ、だったらどうしろってんだよ!?」


「今は大人しくして、十年くらい待てばいいだろ」


「……待ってどうするんだ?」


「ここが占領されてから時間が経って、多少なりとも落ち着いて平和になってから、準備万端で通り魔殺人とかした方が、遥かに効率がいいじゃん。こう、買い物途中の主婦を背後からナイフでグサっとか、余裕じゃん、簡単じゃん」


「そ、そんなの違うだろ!? なんで主婦なんだよ!」


「じゃあ少し難易度が上がるけど、主婦じゃなくて今日ここに来てる兵士とその子供にしよう。これだけの規模なら十年経とうが二十年経とうが、百や二百は余裕で見つけられるだろ。お前もその頃には良い感じに成長して、大人になってるだろうし」


「ちげぇよっ! アタシは、アタシは今この手でやりたいんだよ!」


「それはお前が今日のことを、十年後に忘れちゃってるからか? 今十代の兵士とか、十年後には人生の絶頂期だぞ? そこを子供諸共サクっとやったら、明日戦場で殺されるより、よっぽど悔しい顔してくれる筈じゃん」


「わ、忘れねぇよ! けど、だけどっ、今が大切なんだよっ!」


「忘れてないなら今でも十年後でも、いつやったって同じだろ?」


「だけど、そんなの卑怯だっ!」


「他人を殺すのに卑怯もへったくれもないだろ。どっちも同じじゃん」


「それはっ……」


「俺的にはやめておいた方がいいと思うけどな。信号無視のDQNに喧嘩売って、逆にフルボッコされた経験者が言うんだから間違いない。あのDQNマジでクソだわ。今度会ったら、絶対に後ろから釘バットで頭をフルスイングしてやるもん」


「けどっ!」


「俺だったらたとえ親が殺されようが、今は絶対に逃げるな」


「……オッサンは、それで平気なのか?」


「むしろ相手が忘れた頃、当の本人が人生を楽しんでいる頃、最高の笑顔を輝かせてる頃、後ろからバッサリやるのが最高にエキサイティングなんだよ。恨みが深ければ深いだけ忘れないし、それだけ仇のことを想ってるってことだろ?」


「そ、それはその、まあ、そうかもしれないけど……」


 元ヒロインは小さく頷いて応じた。


 見事に論破してやったぜ。


 ただし、先方は若干口元を引き攣らせている。


 うわぁ、なにこいつ、みたいな目が痛い。


 まあ、この手の説教は相手に引かれるくらいが丁度いいんだ。子供は素直だから、こういうときに楽だよな。もしもプシ子が相手だったら、無駄にあれこれと冷静な反論をしてくれたことだろう。


「と言うわけで、今は大人しく耳とか尻尾とか生やしとけよ」


「で、でも、アタシはっ……」


「いいからほら、こっち来いって」


「おい、や、やめろよ!」


 貴重な膜付きロリータをこんなところで失う訳にはいかない。金持ちでイケメンな騎士の誘惑にすら耐えた、とても強い精神を持つロリータだ。将来有望なニートのヒロイン候補なのである。


 自ずと身体は動いて、その細くて可愛らしい腕を掴んでいた。


 グッと二の腕を握る。お肉がやわらけぇ。お肌すべすべ。


 すると時を同じくして、ちょうど見計らったように別方から声が響いた。


「き、貴様ぁ! 何をやっているのだっ!?」


 成人して思われる女の声だ。


 聞こえてきた方を振り向くと、通りの角にGカップがいた。

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