侵攻 二
数日ぶりに眺めるホームレスっ娘は小綺麗な出で立ちをしていた。
以前は垢まみれであった肌も綺麗なもの。腰下まで伸びたブロンドは艶々で、今なら手櫛も容易に通ることだろう。これは衣服も同様で、モノトーンなデザインのワンピースは、生地の僅かなほつれさえも見当たらない。きっと高級品。
まず間違いなく彼女を保護したイケメン騎士の所業だろう。
「なんだ、お前かよ……」
「だよな!? やっぱりだ! あの時のオッサンだ!」
元ヒロインがこちらに向かい小走りでやって来る。腰下まで伸びたブロンドの忙しなく揺れる様子は、もしもその一本までもが自身のモノであったのならばとは、望まずにいられない代物だ。
だからこそニートは思うのだ。
今更になって何の用だよって。
あぁ、もしかしてあれか? なんだよ、がめついな。
「そういや忘れてた。悪い悪い、これだよな?」
「は?」
「ほら、半分こって約束だったじゃん。草むしりの金」
「あ、あぁ……」
いつだか近所の森まで薬草採集に行ったときの報酬だ。
具体的には銅貨数枚。
次に会ったときに渡そうと、ズボンのポケットに入れっぱなしになっていた。これを元ヒロインに手渡す。すると相手は驚いた面持ちとなり、手の平に載せられた金に視線を向けた。きっとオッサンが猫ババすると考えていたのだろうさ。
ただし、それも束の間のこと。
すぐに元来の調子を取り戻して、声も大きく吠えかかってきた。
「いやいや、今はそれどころじゃないだろ!?」
「なんだよおい、まさか足りないとか言うなよな? ちゃんとそれで半分なんだから。もしも疑うんだったら、ギルドに行って確認して来いよ。こっちも同じ額しかもらってないんだからさ」
「だから、それどころじゃないだろっ!?」
「だったらなんだよ?」
「戦争だよ、戦争。なんで冒険者のオッサンがここにいるんだ!」
「ここにいちゃ悪いかよ?」
「冒険者は今みんな敵軍と戦ってるんだぞ!?」
「あー、それなら俺、もう冒険者は止めたから。無関係だから」
「え?」
「今は宿屋の店主やってんの。だからそれはパス」
「宿屋? オッサン、宿屋の店主だったのか?」
「悪いかよ?」
「いや、わ、悪くはないけど……」
ステータス画面は未だにニート扱いだけどな。
あれマジでどうにかならないもんかね。
そうこうしていると、プシ子が元ヒロインに興味を示した。
「この娘はなんですか?」
「お前が登場する前に番張ってたヒロイン候補だよ。まあ、今はイケメンの騎士様に寝取られて、モブキャラと化したけどな。そういう意味ではお前の先輩って訳だ」
「相変わらず言ってることの意味が半分も分かりません」
「先輩ちーっス、って言っときゃいいんだよ」
「おいオッサン、寝取られたってなんだよっ! アタシがいつ誰に寝取られたんだ!? それと、あのときの騎士の野郎は関係ないだろっ!?」
「なんだ、寝取られたって単語知ってるのか? 頭のいいロリだな」
「バカにすんな!」
「キーキーと五月蠅い人間ですね。耳障りです。喰ってもいいですか?」
「食うなよ。貴重な淫乱ロリータ枠なんだから」
「淫乱ってなんだよ! ふざけんなっ!」
「だってイケメンの騎士にお持ち帰りされてたじゃん。淫乱じゃん」
「さ、されてねぇよっ!」
「金持ちの屋敷で騎士様一同と乱交パーティーしてたんだろ? 小麦粉を薬って言われて飲んで、気持ちいいのを薬のせいにして、速攻でアヘ顔ダブルピース決めて、自分から腰振りまくってんたんだろ? マジ淫乱だわ」
「してねぇよ! すぐに帰ったよっ!」
「なんだ、一発で満足したのか。つまらないな」
「だから一発もやってない! そこいらの娼婦と一緒にすんじゃねぇ!」
「え? 違うの?」
「違うに決まってるだろ!? ふざけるのもいい加減にしろよ!」
なんだ、てっきりイケメンの肉便器になったとばかり思ってた。
しかしそうなると、おいおい、目の前のロリが急に可愛く見えてきたぞ。ビッチだと思ってた相手が実は処女だったとか、非モテには鉄板ネタなんだけれど。玄人相手では決して満たされない部分が疼くのを感じるな。
「まあ、それならそれで良し」
「い、意味が分からねぇよ……」
「気にすんな。こっちの話だ」
そういうことなら、モブからサブヒロインに格上げするべきだろう。
なによりニートに話しかけてくれる貴重なロリだしな。
プシ子があまりにもフレンドリー過ぎて、自分の立場とか顔面偏差値とか、色々と大切なことを忘れるところだったわ。日本じゃありえないな、こんなミラクル。一桁ロリータと会話する機会なんて、きっと人生で片手に数えるほど。
「……少しでも悪かったと思ってたアタシがバカみたいじゃんか」
「悪いと思ってたのか?」
「な、なんでもねぇよ! 思ってねぇよっ!」
「まあ別にいいけどさ。イケメンに勝てるとか思ってねぇし」
「アイツ、顔は良いけど、中身は最悪だったぞ?」
「そうなのか?」
「オッサンの話じゃないけど、いきなり喰われそうになった」
「マジか!? ちょっとそこんところ詳しく!」
リアルロリのお口からエロトークとか、マジ心のちんちん直撃。
微に入り細に入りセカンドレイプしたい。
なんなら自身がサードレイプ犯を務めさせて頂く心意気。
「屋敷に連れていかれて、泊まってけって言われたんだよ。それで夜になって、最初は普通に話とかしてたんだけど、急に胸とか股のところ触られたんだよ。だから、思いっきり顔面に蹴りを入れて、唾吐いて逃げてやった」
「良くやった。褒めてつかわす! ブラボー! ブラボーだ!」
ざまぁみろ、イケメン騎士が。
胸がすく思いである。
「スラムの女を甘く見ると、痛い目に遭うって思い知らせてやった」
自慢げな笑みを浮かべて語る金髪ロリータ可愛い。
こちらのロリータは良いロリータだ。間違いない。
イケメン騎士にしても、これまでそうやって女を落としてきたのだろう。娯楽に乏しい世界だし、女たちの方も総じて股が緩いと思われる。しかし、どうやらこのロリは勝手が違ったようだ。ナイスロリータ。
「っていうか、今はそんなことどうでもいいんだよ!」
「いいや、どうでもよくない」
「なんでだよ!」
「お前の貞操より他に大切なことがあるのか?」
「っ……」
これだから自分の価値を知らないロリは困る。
是非とも結婚を前提にセックスしたい。
「あ、あるだろ!? 戦争だよっ! 町がヤバいだろうがっ!」
「別にどうでもいいし」
「いいのかよっ!?」
「誰が治めたところで大して変わらないだろ? お前はずっとスラムでホームレスだし、俺はずっとダンジョンで宿屋の主人。隅の方に隠れていて、騒動が収まった後に何食わぬ顔で出ていけば、きっと誰も気づきゃしないって」
「オッサン、それ本気で言ってるのか?」
「むしろ疑問なんだけど、なんでそんなに一生懸命なんだよ。お前ってホームレスだろ? 貧乏人だろ? この町の偉い奴に搾取される側だったじゃん。それがどうして今まで自分たちを虐めてきたヤツの為に、命を張ってまで頑張るんだよ」
「そんなの無理に決まってるだろ!? 相手は共和国領のヤツらだから、アタシたちとは見た目からして違うんだよ。逃げたところで見つかれば捕まるに決まってるじゃんか! 羽とか尻尾とか平気で生えてるヤツらだぞっ!?」
「え、マジかよっ!?」
「随分と呆気ない形で方策が敗れましたね」
おいちょっと、なんだよそれ。
羽とか尻尾とか、そんなの聞いてないんだけれど。
っていうかプシ子のヤツ、知ってて黙ってたな?
その目で敵軍を確認しているんだから間違いない。
「くっそ、なんだよそれ、マジふざけんなよっ!」
「お、おい、急にどうしたんだよ、オッサンっ……」
「プシ子、ここへ来て急遽プランを変更だ!」
「どうするんですか?」
「どうにかする!」
てっきり同じ人間同士の争いだとばかり思ってたわ。
そうだよ、ここはファンタジー。剣と魔法のファンタジーな世界。猫耳娘とか、リザードマン親父とか、訳の分からない生き物が普通に生息している。そういった可能性を完全に失念していた。
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