侵攻 一
その日の深夜、コックが帰ってきた。
バタンと大きな音が響いたかと思えば、ドタバタと人の動き回る気配で目が覚める。寝入ってからそう時間が経っていないようで、間髪をいれずに緩い頭痛が脳裏を巡った。目覚めの具合としては最悪の部類だ。
「おい、大将っ! いるかっ!? 大将っ!」
「な、なんだよぉ、こっちは就寝中だぞ……」
「……何事ですか?」
コックの大声を受けて、プシ子もお目覚め。
目元を人差し指で枯コシコシしてる。
マリオネットも目垢とかでるのか? 食べてやりたいな。
「おうっ、大将、姉御、聞いてくれ。上はやべぇぞっ!」
やたらと興奮した様子で近づいてくる。顔面が厳ついのでちょっと怖い。絶対に寝起きに見る顔じゃないよな。しかもハァハァと息が荒いもんだから、性的に迫られているような錯覚を覚えるぞ。
「ハァハァすんじゃねぇよっ、キモイだろうが」
「これが落ち着いていられるか! 戦争だ、戦争が始まりやがった」
「どんな具合だよ?」
掛け布団をそれとなく腰のあたりに被せながらベッドの上で座る。
早いところ夜勃ち解除しないとヤバイ。
「ついさっきだ、敵の大軍がやってきやがった。昼にも来たんだが、それを防いで一段落したと思ったら、それ以上の数がやってきやがったんだ。上じゃ一番外側の壁が維持できなくなって、二つ目の壁まで後退だ!」
「っていうと、もう占領されたのか?」
「三分の一は持ってかれた。だが、まだまだ戦えるヤツは残ってる!」
「ふぅん」
「どうやら、かなり早い速度で本隊が移動したようですね」
「やる気があって大変よろしい」
この調子だと翌日には占領完了されそうな勢いだ。
プシ子いわく五分五分の戦力差はどこへいった。
しかしなんだ、自分の命が危機に瀕した人間の語り草ってのは、なかなか大した迫力があるな。しかも相手はオヤジ顔だから熱っ苦しいったらない。コックがいるだけで部屋の気温が上がったような気がする。
「周りも完全に囲まれちまってる。逃げようにも逃げられねぇ!」
「そんなにヤバイなら、上が静かになるまでここに居りゃいいじゃん。コックやってくれるなら、いつまで居てくれてもいいぞ。ああそうだ、プシ子が料理とか始めたから、色々と教えてやってくれよ」
「おいおい大将、町がヤバイってのに料理教えてる状況か!?」
コックが怒鳴る。
なんだよ、せっかく素敵な提案してやったのに。
ニートとしては破格のご対応だぞ。
「じゃあお前はどうしたいんだよ?」
「どうしたいって、そりゃ何とかしたいに決まってるだろうが」
「あら残念、俺はなんとかしたくないんだな、これが」
「なっ……おい、大将、そりゃどういう意味だ?」
「町のヤツらってば俺に辛く当たるし、別にどうなってもいいっていうか、このまま占領されちゃっても構わないって言うか、今は早いところ眠って夢の続きを見たいって言うのが素直な気持ちだな」
「そんなに良い夢を見ていたのですか?」
「お前とセックスする夢」
「なるほど、では共に地上の様子を見に行きましょうか」
「絶対に夢の続きを見て、明日お前に詳しく説明してやろう」
「そういうことなら呪いを掛けましょう」
「はぁん? なんの呪いだよ」
「コックと激しく絡む夢を見る呪いです」
「おい、そういうこと言うのやめろよ。本当に見そうで怖いだろ」
ただでさえ寝る前のアクションは、夢見の方向性に影響するんだ。
プシ子のお口から言われると影響力も甚大である。
「おい大将っ! 俺は今の言葉に納得いかねぇぞ」
「まさかお前、そんなに俺と絡みたいのか?」
「そっちじゃねぇよ!」
「っていうか、お前が納得しようがしまいが、結果は変わらないだろ? 無駄なことに情熱を燃やしてないで、プシ子に料理でも教えていろよ。俺は寝る。町なんてさっさと占領されちまえばいいんだ。そうすりゃ俺も幸せだよ」
「テ、テメェ!」
コックがズンズンと大股で歩み寄ってきた。
そうかと思えば、頬をグーで殴られた。
「ふぶっ!?」
「ふざけんな! 俺らは命がけで戦ってるんだぞっ!?」
この野郎、マジで殴って来やがった。
すげぇいいパンチだった。
もんどりうってベッドの上にノックダウンだぜ。
「それが眠てぇだ? 人をバカにするのもいいかげんにしろっ!」
「ってぇ……」
なんで俺が殴られなきゃならないんだよ。
意味が分からない。
別に何も悪いことなんてしてないだろうが。
「テメェを当てにした俺がバカだった! この引き籠もり野郎が!」
「う、うっせぇっ! 引き籠もり上等! 勝手に当てにすんじゃねぇ!」
売り言葉に買い言葉。全力で怒鳴りつけてやった。
するとコックは早々に踵を返す。
どうやら、もうここに用はないらしい。
そのまま何も語ることもなく、地上に通じるドアに戻っていった。
ヤツの姿が戸口の先に消えれば、部屋はそれですぐに静かとなる。
口の中を切ったみたいだ、血の味がするぞ。くっそ。
「なんだよあの野郎。勝手に来て、人のこと殴りやがって……」
普通に痛かったし。っていうかビビったし。
ただ、そこまで堪えた感じがしないのは何故だろう。プシ子の腹パンの方が遥かに辛かった気がする。ステータスウィンドウでHPを確認してみると、減り具合は一桁。レベルアップによるステータス上昇が効いているようだ。
どうやらこちらのニート、町のパンピーよりは遥かに強いみたい。
「相変わらずぶれない主人ですね」
「悪いかよ?」
「いいえ。別に悪いとは思いません」
「なら放っておけよ」
これだからリア充は嫌いなんだよ。自分が得意なものや好きなものを他人に強引に押し付けてくる。自分の世界を広げる為に、その価値観を普遍的なものにする為に、やがては世間の主流とする為に、どこまでも広げてくる。
そして、自分たちはその頂点に立って下々に優越感を感じてさ。
そういう侵略行為こそ、真の意味での戦争だ。それに比べたら上でやってる人の生きた死んだなんて、生易しいものだろう。少しばかり金と女が右から左へ流れて終わりだ。何が変わることもない。
「という訳で、俺は寝るっ! 全力で寝て、夢の続きを見る!」
「そんなにプッシー三号とセックスがしたいのですか?」
「したいっ! だからもう話しかけるなっ!」
「…………」
布団を頭から被って眠る。
床に就く。
ただ、その日は殴られた頬が気になって、残る時間を一睡もすることができなかった。そこまで痛むわけでもないのに、何故だか気になるのだ。あのコック、なんてことしてくれたんだよ。くそうくそう。
◇ ◆ ◇
「おはようございます」
翌朝、気付くとプシ子がベッド脇に立っていた。既にパジャマから着替えて、平素からのゴスロリスタイルだ。フリルが沢山ついてて可愛いんだよな。こうして見てるだけで、ギュッて抱きしめたくなる。
ただ、同時に腹立たしくなる。
こいつが非処女だという事実が。
「ぜんぜん、おはようって気分じゃないんだけど」
「眠れませんでしたか」
「その通りだよ」
「怪我を治します。しばらくジッとしていて下さい」
「え、治せるの?」
だったら昨晩のうちに提案してくれよ。
そうすればもう少し眠れたかもなのに。
「あ……」
プシ子の手の平が、顔の正面あたりに翳される。
指紋を一つ一つ確認できる距離だ。
そうかと思えば、ヤツの手首から先が淡い光に包まれた。
何事かと身体を強張らせたところ、ふと、頬に感じる違和感が消えた。それはもう綺麗サッパリと一瞬にしてなくなった。ここ数時間ほど、悶々としていたのが嘘のような癒えっぷりである。
「マジかよ、痛いのなくなった……」
「それは良かったですね」
「お、おう!」
やっぱり凄いな、魔法ってのは。
ニートもいつか使いたいもんだ。
回復魔法を極めて、聖人ポジで崇め奉られたい。
「今日はどうしますか?」
「どうするって言われても、やることなんて何もないしな……」
俺はニート。言わば引き籠もるのが仕事みたいなもんだ。
ただ、ここにはネットがない。パソコンもない。本来ならエロ画像を漁っている時間に、俺は何をすればいいのだろう。いざ目の前に転がり込んできた平穏を眺めて、ただただ暇を感じている。
まだ目覚めたばかりだって言うのに、一日を終えたい気分だ。
あぁ、なんだろう。
この宿屋に籠もりだしてから、気分が良くない方向に転がってゆく気がする。まだドラゴン氏と遭遇して以降、外でホームレスしながら苦労していた頃の方が、日々を充実と共に生きていた気がする。
「……どうかしましたか?」
「べ、別にどうもしてねぇよ」
くそう、ニートとしての尊厳を否定された気分だ。
本来なら今の状態こそ正しいのに。
「ところで一つ、問題が発生しました」
「なんだよ?」
「肉以外の食料がなくなりました」
「え?」
「肉以外の食料がなくなりました。主に香辛料の類いが」
「繰り返さなくても分かるよ」
「元より備蓄が少なかったのです」
「マジかよ……」
引き籠もり始めて二日目だっていうのに、色々と早すぎるでしょ。
味の付いていない肉だけの食事とか、割とナチュラルに拷問だ。
「それってもしかして、お前が肉を焼きすぎたせいじゃないのか? 昨日、かなり長いことジュウジュウとやってただろ。あれってどこ行ったんだよ? 俺は一切れも食べてないぞ」
「気付きましたか、その通りです。全て美味しく頂きました」
「食っちゃったの!? マジ何してくれてんだよ!」
このマリオネット、いったいどれくらいの肉を食いやがったんだ。調味料にしたって、コックが持ち込んだやつが、それなりの分量あった筈だ。一晩で丸っと尽きるとか、どんだけデカイ胃袋してるんだよ。
肉はどうにかなるけど、調味料は別だ。
あればかりはダンジョンじゃ手に入らない。
「こうなったら外へ仕入れに行くしかないか……」
本格的に火事場泥棒の時間になりそうである。
外に出るのは嫌だ。
しかし、飯が塩っぱくないのはもっと嫌だ。
そう、それが一番の理由なんだ。
「地上へ出るのですか?」
「……悪いかよ?」
「いいえ? では向かうとしましょう」
少しひっかかる気がしないでもない。
しかしながら、一日三度の食事はとても大切なものだ。この宿屋で唯一の娯楽と称しても過言ではない。そもそも今のニートには、飯を食って眠る以外、やることなんて何もないのだから。
◇ ◆ ◇
「ここはどこだよ?」
移動をプシ子の魔法に頼ったため、自分がどこにいるのかサッパリ分からない。
ちょっとした高台のようになっていて、すぐ近くに作られた腰の高さほどの壁越しに、町の様子が一望して見下ろせる。なかなかオサレな一角だ。
もしも平時であれば、素敵な散歩コースになったろう。脇にはベンチとか置いてあったりして、平日の昼間からカップ酒をキメるには最高のロケーションだ。
ただ、そこから眺める眼下の光景は、まさに戦争の一色。あっちゃこっちゃから火の手があがっているし、崩れた建物も一つや二つではない。両手に数え切れないほど。
あ、また一つ家が爆発した。スゲェな。あれも魔法なんだろうか。
「この町には城壁が三層あります。その一番内側です」
「なるほど、だからまだ平和なのか」
「ですが恐らくこの調子では、数日の内に占領されますね」
「だろうなぁ」
高台から眺める地上は、凄いことになっていた。
今居る場所はそうでもないが、遠くの方では幾つも煙が上がっている。ギャーだのヒィーだの悲鳴っぽい声も聞こえてくる。町は完全に戦乱の只中にある。
「どうやら町の外郭は既に占領されたようですね」
「こうしてみると迫力あるよな。リアルって感じがするわ」
「なにを今更」
「だって戦争とか初めて見るし。お前は経験あるのかよ?」
「いいえ、ありません」
「だろ?」
周りには人の気配がない。俺とプシ子の二人だけ。
コイツが一緒なら大抵の驚異は問題ないだろうけれど、やっぱり他に人が居ないと不安になるな。いきなり敵がやって来て、後ろからグサリとか怖いし。
「おい、ちょっと町のヤツらとか探しにいこうぜ」
「人肌恋しくなりましたか?」
「ちげぇよ。調味料を探すために決まってるじゃんかよ」
「そうですか」
そういや、コックが宿屋の出入りに使ってるドア。
あれの相方って、どこらへんに置いてあるんだろう。
後で暇なときに聞いてみるとするか。自分たち以外が勝手に宿に入ってきたりしたら、絶対に嫌だからな。プシ子はそのあたり優秀だし、何かしら手は打ってあると思うけれどさ。
「んじゃ、あっちの方へ行ってみるか」
「分かりました」
お供のマリオネットを伴い一歩を踏み出す。
するとその直後に声をかけられた。
「あっ! オッサンッ!」
「え?」
割と大きな声が急に聞こえたもんだから、ドキっとした。状況が状況だから驚いてしまったよ。胸のあたりがビクンと震えて、心臓を鷲づかみにされたような感じ。
反射的に振り返ると、そこには知っているヤツが立っていた。
元ヒロイン候補生、金髪のホームレス娘だ。
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