開戦 二
翌日、オッサンとショタがダンジョン宿屋からチェックアウトした。
二人を見送って以降はプシ子と共に、ダイニングテーブルでオッサンが最後に煎れていった茶を啜りながら、何をするでもなく時間を過ごしている。
僅か二、三日の付き合いだった。思い返してみれば、共に名前さえ聞いてない。次に会ったとしても、きっと誰だよお前状態になりそう。
そういう意味では、本当に宿屋の客って感じだったな。
「これでまたプシ子と俺、二人だけの時間が始まるな……」
「今、凄い鳥肌が立ちました。ぞわぞわって来ました」
「ご主人様からの命令だ。俺の心を深めに抉る発言は今後許可しない」
「脆い心ですね」
「うるせぇよ」
テーブルの正面には三号。
椅子に座って、足をプラプラさせてる姿がラブリーだ。
かかとが床まで届かないとか最高だろ。
大きめのカップを両手で持ってズズズとか、萌え萌えなんだよクソ。
「主人の体臭がキツイので、フロアに換気口が欲しくなってきました」
「はぁ? だからなんなの? マジなに言ってるの?」
「別々のベッドで眠っているのに、夜中にふと漂ってくる香りに目が覚めたりします。コックも気にしていましたよ。プッシー三号も相談を受けていました」
「そうやって主語を大きくするのズルいでしょ」
「一方でタョシ族の性奴隷の体臭など、もう最高でしたね」
「脇の下の濃いめの部分、お前のパジャマになすりつけてもいい?」
「そろそろこの話題は止めておきましょうか」
ニートのスキル、ワキガが威力を発揮したようだな。
レベルアップしたら大変なことになりそうなので、当面は使用を控えておいてやろう。どうにかして治療したいのだけれど、回復魔法とかで完治できたりしないだろうか。近々の課題として頭の隅に残しておく。
「そもそも主人は、外の様子が気にならないのですか?」
「どうしてだよ?」
「隣国との間で戦争が起こっています」
「はてさて、まったく気にならないな」
今更何を言っているんだ、このマリオネットは。
外の町がどうなろうと、自分にはまるで関係がない。
「いいか、プシ子。ニートとは外を気にしない生き物だ」
「ニート? なんですかそれは。どこに生息してるんですか?」
「ダンジョンの地下六十階だ」
「なるほど、主人に尋ねた私がバカでした」
そう、俺はニートだ。まさかニートが戦場へ赴いて良い筈がない。
たまにニートを自衛隊へぶち込むヤバい親がいるらしいが、あんなもんは二日酔いに向かい酒を促すような行いだ。せいぜい虐められて精神疾患を抱えて、より金の掛かるニートへ進化するのがオチである。
「まあ、主人がここに籠もるのは勝手ですが、コックがチェックアウトしましたので、晩ご飯は当然として、昼ご飯もままならない状況です。私も主人も料理はできないのですから、いよいよ食べるものがなくなりますね」
「マジそれな」
すぐに帰るとは言ってたけど、向こう数日の留守は確定だ。
早急に対応しなければならない。
「こうなったら戦争のどさくさで火事場泥棒するしかねぇな」
「相変わらず発想が惨めですね」
「それがダンジョンで見知らぬ連中を皆殺しにしようとしたヤツの台詞か?」
「泥棒と殺人を一緒にしないで下さい」
「嘆かわしい、そういう区別が良くないんだと俺は思うね。どっちも同じさ。犯罪にカッコ悪いもカッコいいもねーんだよ。性犯罪者は牢屋の中で苛められるとかよく耳にするけど、その典型だよな。どっちも等しくクズだってのに」
「どう考えても殺人の方が性犯罪よりも格好いいでしょう」
「そういう思考がDQNを生むんだよ。こんな単純なことも理解できないから、お前という存在はマリオネット止まりなのさ。頭の中に何が詰まっているのか、蓋を開けて確認したくなる」
「DQNが何かは知れませんが、主人がそれを言うとムカつきますね」
「ははっ、ザマァ」
軽く笑ってやると、呑んでいた茶をぶっかけられた。
煎れてから時間が経っているおかげで、火傷をするほどじゃない。
だが、頭から胸元までずぶ濡れだ。
「おいこら、どーすんだよこれ」
ユニクロ装備は現実世界から持ち込んだレアアイテムだぞこの野郎。
一瞬マジビビリしちゃったじゃないの。
ただ、プシ子の唾液入りのお茶で濡れるのちょっと嬉しい。
「それで昼食はどうするのですか? 私は不要ですから構いませんが」
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
「主人の言葉に従えば、怠惰もまた等しく罪ですよ」
「俺はいいんだよ。特別な存在だからどんな罪も許される」
「なんですかその八百長は」
「それが社会から弾かれた者の強みじゃないの」
「でしたらプッシー三号も特別ですね」
「そういうこった」
仕方ない。町に出かけるとしよう。
考えてみれば、飯がどうこう以前に替えの服が必要だ。ショタの服を買っておいてなんだが、自分は服が一着しかない。三日四日と着続けているので、いい感じに香る。伊達にワキガ認定されていないな。
それになによりも暇すぎる。
ここはひとつ、隣国との開戦で戸惑う町並みを高みの見物だ。
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