開戦 三

「なんつーか、昨日の今日でこの騒ぎかよ?」


 地上は賑やかだった。昨日までも賑やかだったけれど、今日のそれは幾分か趣が異なる。大きな通りには剣やら槍やらを手に武装した連中が列を為していたり、家々は雨戸的なあれを閉めていたり、まるで台風前夜って感じ。


「かなり緊迫しているみたいですね」


「ここまでコロッと変わるなんてヤバいな。流石は異世界だ」


 異世界転生っていうと、戦争が始まったら我先にと活躍を始めるヤツが多いよな。ああでも最近だと、表に立って戦う勇者様を後ろの方でチクチクとディスリながら、最終的に美味しいところを掻っ攫う漁夫の利スタイルか。


 いずれにせよ、マジ面倒くさい。


 ニートはそういうの御免だ。


「なんでも町から逃げだそうとすると打ち首だそうです」


「そりゃ一般人が逃げたら、誰が偉いヤツを守るんだって話だからな」


「自分で自分の身も守れない存在は大人しく死ぬべきです」


「まったくだ」


「主人を貶したつもりなのですが全く気付いていませんね」


「うるせぇよ。気付いてるよ」


 ただでさえ町ぐるみで貨幣経済から閉め出された俺だ。こうなってくると、殊更に物を買いにくくなるじゃないか。


 攻めてくるなら攻めてくるで、早いところ占領してくれりゃいいのに。


 耳を澄ませば町民たちの憂鬱な会話が聞こえてくるぞ。


「父ちゃんっ! 父ちゃんどこいくのっ!?」「悪いな、マー坊。父ちゃんはこれから町を守る為に戦いに行かにゃならねぇ」「あんたぁっ! 絶対に、絶対に生きて帰ってきてよぉぉぉっ」「心配すんなって、これでも冒険者でランクCまで行ったんだ」


「父ちゃぁんっ! 父ちゃぁんっ! 行かないでよ、父ちゃぁぁぁぁああんん!」「無事に帰ってきたら母ちゃんと一緒にヘルミナのお祭りに行こうなっ!」「あなたぁっ! 絶対よぉっ!? 絶対に約束よぉおおおおおっ!」


 いやもう、この父ちゃん絶対に死ぬわ。フラグ立てまくりだろjk。


 こういうのを安全圏から眺めて、ぷーくすくす、そんなことで死んじゃうの? でもでも俺は安全だよ? 俺に忠誠を誓ってくれたら、君たちも安全圏に避難させてあげるよ? ただしメスは犯す。ってやるのが俺TUEEEEの鉄板だよな。


 最近はそういうのが売れるんだよ、って本屋でバイトしてる知人も言ってた。


 世も末だぜ。


 俺みたいなのが大勢いるってことだからな。


「どうしたのですか?」


「いや、名前すら無いモブの日常に哀愁を感じていたところだ」


「主人には家族がいないのですか?」


「居るけどそれが何だよ?」


「心配にはならないのですか?」


「俺の祖国は親子関係が円満な家庭のほうが少ないんだよ」


「なるほど」


 実態はどうだか知らないけどな。


 体感だよ、体感。


「おい、そこの男っ!」


 そうこうしていると、不意に声を掛けられた。


 何事かと振り返ったところ、見知った相手を発見だ。


「Gカップか……」


「ここで何をやっているんだ?」


「滅び行く日常に盛者必衰の理を覚えているところだ」


「訳の分からないことを言っていないで、さっさとギルドへ来いっ!」


「なんでだよ?」


「まさか、知らないのか? 今回のような有事において、冒険者には領主の指示する徴兵に従う義務がある。これを破れば冒険者としてギルドを利用する権利を永久に剥奪される」


「は? ちょっと待てよ。そんな契約知らないぞ」


 俺がいつそんなヤバイ契約書に判子を押した。


 こう見えてその手の契約は、ちゃんと一文字一文字チェックするタイプなんだよ。スマホの契約の約款とか、店頭でじっくりと読みすぎて、店員から白い目で見られるタイプなんだよ。


「いいから来い! 早くしろっ!」


「どうするのですか? ご主人」


「冗談じゃねぇ。俺は冒険者なんて止めたんだ。今の俺は宿屋の主人だ」


 嘘は言ってないぞ。


 ダンジョンの六十階を訪れたのなら、ちゃんともてなしてやる。


「冗談を言っているのはお前の方だ! 敵はすぐそこまで来ているのだぞ!?」


「んなもん知らねぇよっ! 勝手にオマエらで滅ぼされりゃいいだろうが」


「き、貴様っ! 貴様もこの町に暮らす人間の一人だろうが! こういう時こそ皆で協力し合うものだっ! それが言うに事欠いて滅ぼされろだと? ふざけるなっ!」


「ふざけてねぇよ! 俺のこと町ぐるみで宿泊拒否したり、入店拒否したり、散々好き勝手やっておいて、いざ自分たちが立ちゆかなくなったら協力しろだ? ふざけてるのはお前らの方だろうがっ!」


「そ、それはっ……」


 ふっ、これはキマったな。


 やべぇ、今の俺ってば最高に悲劇のヒーローっぽくてカッコイイ。


 以前からこういう役回りに憧れてたんだわ。


「それとこれとは別問題だっ!」


「別問題じゃねぇよ! 日々の生活に直結する重要な同一の問題だろうが!」


「屁理屈をこねるなっ!」


「屁理屈をこねてるのはそっちだろっ!?」


「それに今回の件で、お前が役に立つ人間だと周囲から認識されれば、これまでの不本意な扱いに関しても、今後は改善されるかも知れないだろう! どうして物事を前向きに考えられないんだ!?」


「うっせぇよっ! 最初から好感度上昇率の馬鹿高い美人が、禄なマイナス経験もない癖にナマ言ってんじゃねぇよっ! お前が俺と同じ立場になったら、同じ事ができるのか!? 胸張って嫌いなヤツの為に命張れますか!? あぁっ!?」


「当然だっ! それがこの町に身を置く冒険者としての勤めだっ!」


「だったら今回のところは大嫌いな俺の為に身を張って精々頑張ってくれよ。お前がちゃんと命を賭けて頑張りきったら、次は参加してやらないでも無いぜ? せいぜい死なないように努力しろよ」


「なっ……」


 よっしゃ、これまた決まった。


 見事に論破してやったぜ。


 怒りからだろう、見る見るうちにGカップの顔が赤くなっていく。


「ほら、分かったらあっちいけよ。ギルドに行くんだろ? さっさと行けって」


 しっしと手を振ってやる。


 ますます赤くなるGカップのお顔、眺めていてメシウマだ。


 匿名掲示板で見ず知らずの誰かを完封したときのような達成感。


「もしも負けて奴隷に落ちたら、ちゃんと買い付けてやるから楽しみにしてろよな」


「ふ、ふざけるなっ! お前のような男に誰が助力など求めるものかっ!」


 命の恩人扱いも今日で終わりだな。


 人の人に対する価値なんて、簡単に変わるもんさ。


「よく覚えておくがいい。この町にお前の居場所はなくなるだろう!」


「最初からねーじゃんかよ」


「黙れゲスがっ!」


 ああだこうだと汚い言葉を吐いて、Gカップは去って行った。


 今にも剣とか抜き出しそうな勢いだった。


 ありゃマジギレしてたな。間違いない。


 論破されたのが相当悔しかったのだろう。


 逆にこっちはスーパー気分がいい。清々しい心地だ。


「もしもこの町が勝ったらどうするんですか?」


「おい、決めたぞプッシー三号」


「相変わらず人の話を聞かない主人ですね」


「俺は敵軍の侵攻に全力で寄与することをここに誓う」


 やっと分かった。俺に与えられた俺TUEEEのスタイルが。


 悲劇のヒーローで復讐物語。これしかねぇよ。


 ユーベルブラットとか超絶面白いし。大好きだし。


 ああでも、あの主人公はイケメンのショタでヤリチンなんだよな。ここ最近はどうにも、主人公がイケメンだと感情移入できなくて困る。


 世の中のフツメン以下は、どうしてイケメン主人公に感情移入できるんだろう。


 以前は自分もできていた気がするけど、最近はさっぱりだ。


 猫じゃらしに翻弄されていた猫が、ふとこれを振るう人間の存在に気付いたような、そんな感覚が胸の内にある。


「具体的にどうするつもりですか?」


「そりゃお前、この俺の現代知識を使って高度な情報戦略を仕掛けるに決まってるだろうが。こんな脳筋揃いのかっぺ共が守る町なんて一網打尽よ」


「敵の名前すら知らない人間が、どうやって高度な情報戦を仕掛けるのですか?」


「……お前って人のやる気を削ぐの好きだよな」


 せっかくやる気になったのに、どうしてそういうこと言うの。


 ニートの心は繊細なんだから、軽々しく触れないで欲しい。


「まあいいや。分からないのなら調べればいいじゃない」


「どうやって調べるのですか?」


「その為のプシ子だろう。いけ、三号。敵の懐を探ってこい!」


「主人は何をするのですか?」


「一足先に宿まで戻って、冷凍された負け組ドラゴンの肉を解凍しとくわ。今から外に出しておけば、昼飯の頃にはいい感じに自然解凍されてるだろ」


「なるほど、これがニートという生き物なのですね」


「流石はINT高いだけあるな。よく分かってきたじゃないか」


 売国作戦、開始だぜ。

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