開戦 一
「はぁ? 戦争?」
「なんでも隣の国が本格的に攻めてきたそうです」
その日の晩、夕食の席でプシ子が言った。
どこでも●アの設置作業中に、町の人間が話しているのを聞いたらしい。他人の声が聞こえてくるような場所に、宿屋の出入り口を設置して大丈夫なのかよと、他に行き場のないニートは繊細な心がざわめき立つのを感じる。
「そりゃまた大変そうだな」
「酷い他人事ですね」
「だって他人事だろ?」
「既に劣勢が想定されているようで、ギルドに所属する冒険者に加えて、市井にも徴兵令が出ているようです。特に若い男は大半が出兵を余儀なくされると聞きました。町はてんやわんやの騒動です」
「ふーん」
スモールドラゴンのステーキをモグモグしながら相槌を打つ。
これでイケメンが一掃されれば、世界はまた一歩、平和へと近づく。冒険者とかDQN系のイケメンが多いからな。町が綺麗になるぜ。あと、新鮮な奴隷も量産される。ダンジョンに引き籠もったニートとしては嬉しい限りだろ。
どんなヤツらと喧嘩してるのかは知らないけれど、まさか攻めてきてすぐに、ダンジョンの六十階までやって来るような手合いはいないはずだ。むしろ戦争中にダンジョン攻略とか、どんだけ余裕あるんだよって感じである。
いずれにせよ、俺のことを村八分にするヤツらなんて知ったことか。
ただ、コックはそうでもないみたいだ。
「おいおい、マジかよ?」
「マジです」
プシ子の話を耳にして、急にソワソワとし始めたぞ。
ソワソワするオッサンとか、絵面的に辛いからマジ勘弁。
「なんだよ、町が気になるのか?」
「そりゃ当然だろ? 生まれ育った町が戦争おっぱじめるんだぞ?」
「オッサンってここが地元なのかよ」
「首都の方で修行してて、ついこないだ戻ってきたばかりなんだわ。お前に声を掛けられたのが、ちょうど帰ってきて一日目っつーか、わざわざ仕事着に着替えて店に向かう直前だったっつーか」
「そんな状況で見ず知らずの相手にホイホイと付いていったのかよ?」
「わ、悪いか?」
「正気の沙汰とは思えねーな」
「おいこら、お前がそれを言うのかよ」
「そうなると、オッサンも徴兵されんのか?」
「実家や役所には帰ってきたって連絡してあるから、もしかしたら上から招集が掛かってるかもしれねぇなぁ。ギルドの連中にも挨拶はしてあるし、俺が町にいることは知られているはずだからよ」
「っていうか、いくらなんでも話が急すぎるだろ?」
プシ子に向き直り、ニートは改めて問いかける。
だって戦争、戦争である。
「そうですか?」
「いきなり徴兵とかヤバイだろ。ついこの間までは町の雰囲気だって、そこまでギスギスした感じじゃなかっただろ? 俺らがちょっと町の人間から意地悪されてたくらいだ。それがどうしていきなり戦争モードに入ってるんだよ」
「戦争そのもので言えば、過去数年にわたり隣の国とは小競り合いが続いていたそうですよ。それがここへ来て、急に相手方の動きが変わったらしいです。ただ、何があったのかまでは知りません」
「なんだよそれ」
「少しは自分の頭で物を考えたらどうですか? 脳味噌が蕩けて消えますよ」
「興味ないね!」
俺の崇高な脳内リソースを、そんな下らないことに割くなんてとんでもない。むしろ、ニートのことを無視してた連中が一掃されて、新しいヤツらが入ってきてくれれば、再び町でお買い物とかできるようになるじゃないか。
なんということでしょう、自国の敗戦がプラスにしかなりません。
つい昨日まで俺のことを毛嫌いしていた宿屋のお姉さんとか、飯屋のウェイトレスとか、近所の歳幼い娘ッ子たちが、次の日には首に鎖付けられて奴隷市場で並んでいるとか、心躍るものがあるよな。
実際に市場で競りを経験した後だと、リアルなエロスを感じるぞ。
「すまねぇ、大将。ちょっといいか?」
「なんだよ?」
コックがナイフとフォークを手元に置いた。
「昨日の今日で悪いとは思うんだが、数日だけ家に戻らせてもらってもいいか?」
「ここのキッチンはどうすんだ?」
「すぐに戻る、ちゃんと戻る。ただ、どうしても詳しい状況を自分の目と耳で確認してぇんだよ。約束していたスモールドラゴンの肉も、半分にしてくれていい。だから、どうか頼むわ。このとおりだ!」
パンと音を立てて両手を合わせるコック。
更に深々と頭を下げてみせる。
そこまでして戻りたいって、どんだけだよ。これだから家族仲のいいヤツらは見ていてムカツクぜ。俺もこういう円満な家庭に生まれ育ちたかったもんだ。そうすればこんなクソみたいな性格には育たなかっただろう。
俺だって好きでニートやってんじゃねぇよ。いわば社会とか家族とか、そういう生まれ育った環境ってやつに、無理矢理やらされてるんだよ。こっちだって被害者なんだよ。そこんところ、世界は十分に理解するべきだな。
「ふんっ、別に行けばいいじゃん」
「悪い、ありがとうな。恩に着るぜ」
良い笑顔で礼を言ってくる。
行けば徴兵されるかも知れないのに、頭がイカれてるんじゃないかコイツ。
なんか面白くないな。
「そっちのショタはどうすんだ? お前もなにかあったりするのか?」
「あ、はっ、はいっ! 僕でしょうかっ!?」
「ここにショタは一人しかいないだろ」
「いや、あの、ぼ、僕は別にこれといって……」
コックと並んで共にテーブルを囲うショタ。
正面に座ったニートが声を掛けると、ビクリと大仰にも肩を震わせた。ちなみに俺の隣にはプシ子が座っている。四人がけを皆で仲良く囲って飯を食べている。食事の支度はコックが全部やってくれた。
「お前が帰りたいっていうなら、俺は止めないぜ?」
ショタに限って言えば、むしろ早く帰って欲しい。コイツがいるとプシ子が普段の三割増しでウザい。イケメンに見られているという状況が、ヤツを調子づかせるのだろう。このクソビッチめが。
つまりショタの存在は百害あって一利なし。
戦争を口実にリリースできるなら、それが一番じゃないか。そもそもどうして俺はこうして、見ず知らずのショタと一つ屋根の下、テーブルを囲っているんだ。意味が分からないだろう。どうしてこうなった。
「あぁ、それしかねーよ。お前、ちょっと帰省しないか?」
「え?」
別にコイツをキープしとく理由なんて一つもないじゃん。
これなら三号も文句を言わないだろ。
「あの、ど、どういうことでしょうか?」
「だから帰れって言ってんだよ。お前だって故郷の一つや二つはあるだろ?」
「え? い、いいんですか?」
「いいに決まってるだろ? 俺とお前は心で繋がったソウルフレンドさ!」
「でも、僕、あの、ど、奴隷として買われたんじゃ……」
「細けぇことはいいんだよ! 友達をいつまでもこんな陰険な場所に閉じ込めておくなんて俺にはできない。俺はそんな酷いことはできやしない! なにがどうしたら、そんな酷いことができるのかっ!」
「主人は馬鹿ですか? この奴隷は金貨四百枚ですよ?」
「ぶっ……」
プシ子のツッコミを受けて、コックが吹いた。
きたねぇヤツだな。
「人の命っていうのは、カネじゃねぇんだよ、カネじゃぁ」
「主人が正論を口にする姿を、プッシー三号は初めて目撃しました」
プシ子め、イケメンの里帰りに反発してやがるな。
だがしかし、ニートはこれを断固強行するぜ。
「それじゃあ明日にでも、自宅に帰ってしまえ。分かったな?」
「だけどあの、ほ、本当によろしいんでしょうか?」
「主人の俺がいいって言ってんだから、いいに決まってるだろ?」
「……ありがとうございますっ!」
「よし! これですべては元の鞘ってやつだな!」
まったく、これだから戦争はやめられねぇぜ。
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