エントランス

 ショタの服を調達して、ダンジョンの宿屋まで戻ってきた。


 ヤツには早々着替えを命じた。


 するとベッドの上でいきなり服を脱ぎ始めたので、便所の小部屋に放り込んだ。まさかその一物をプシ子の視線に晒すなど、ニートには認められようはずもない。汚物と一緒に宿屋の外へ排出されてしまえばいいのに。


 一方でニートは防具屋で購入した棒を弄っている。


 あの妙に高いレア度の所以を調査中だ。破損って書いてあったから、できることなら直したいものだ。上手く行けば攻撃力が一気に跳ね上がるかもしれない。場合によっては魔法とか、使えるようになってしまうかもしれないな。


「先程から気になっているのですが、なんですか? その妙な棒は」


「バカには理解できない最高の武器だぜ」


「バカ専用の武器なんですね」


「ちげぇよ」


 すぐ傍らにあるベッドの上から、三号の視線を感じる。


 ジッとこちらの手元を凝視している。


 訝しげな顔をしている。


 どうやらこの棒きれの真なる価値を理解できずにいるようだ。


 ちなみにコックは、隣のキッチンで夕食の仕込み中である。オヤジ面は見ていて楽しいものじゃないので、こうしてドアの向こう側に引き籠もってくれるのはありがたい。早いところヤツの部屋も用意したいところである。


 っていうか、何気に今の俺は余所様との共同生活を実施中。


 つい数日前までのソロニート生活からすれば、考えられない変化だ。


「先っちょにブラシを付けたらトイレ掃除に使えそうですね」


「はん、これだから審美眼のないヤツは困る。物の価値をまるで理解できていない」


「遂に頭が内側から腐り始めましたか?」


「ふふん、好きに言っていればいいじゃない。所詮は負け犬の遠吠えさ」


「……無性に腹立たしい気分です」


 一方的にまくし立てて、ちょっと勝った気分。


 本物を知る圧倒的な知性が、何気ない立ち振る舞いにも自信を滲ませているのだろう。揺らぐことのないご主人様の意思を受けて、珍しくも三号が悔しそうな顔をしている。とても気分がいい。


「ところでプシ子、ここと外を行ったり来たりするのに、いつもお前の魔法が必要なのって、すげぇ面倒だよな? 代わりになるような魔法とかないのかよ。どこでも●アみたいなやつ」


「どこでも●ア? なんですか、それは」


「銀行の金庫の中から、気になるあの子の風呂場まで、好きなところへ自由に出入りできる妙ちくりんなドアだよ。お前の魔法だって似たようなもんだろ? それを俺らも使えるようにしてくれって言ってるの」


「たしかに宿屋として客を迎え入れるには、エントランスが必要ですね」


「おぉ、できるのか?」


「どこへでも、というのは難しいですが、特定の空間を固定的に繋ぐことは可能です」


「そうそう、それが言いたかったの、俺は」


「……分かりました。用意しましょう」


「よし、じゃあお前の今日の仕事はそれな」


「相変わらず偉そうですね」


「俺は雇用主、お前は従業員。やっぱり力関係ってのは大切だと思うんだよな」


「一度として給与をもらった覚えはないのですが」


「え? 欲しいの?」


「くれるのですか?」


「そうだなぁ、まあ、ここ最近の働きを考慮すれば、吝かでもない」


「期待させておいて、後で落とす作戦ですね。なんて卑屈な主人ですか」


「お前も割と捻くれてるよな」


「主人のせいです」


 たしかに多少は、こちらにも責任があるかもしれない。


 けれど大半は元来から、コイツ自身が持っていたものだろう。


 これこそがプシ子の素の性格だ。間違いない。


 わずか数日の付き合いだけれど、何となく分かる。


「では、地上側で準備をしてきます」


「あぁ、早くしろよな」


「そう難しいことではありません。言われずとも早急に終わらせます」


 言うが早いか、空間魔法とやらで消え去る三号。


 相変わらず便利な魔法だ。


 そしてヤツが部屋を去ると、同所にはニートが一人きりとなる。


 ショタは未だに便所の中で着替えをしている。


 コックはキッチンで包丁を片手に、料理キチガイと化した。


「…………」


 ところでベッドの上には、昨晩にもプシ子が着ていたパジャマがある。


 宿屋の家具と併せて、ヤツが貴族の屋敷からかっぱらってきた品だ。これが綺麗に畳まれて、丁寧にベッドメイクされた掛け布団の上に置かれている。なかなか使用済み感の迸る絵面ではなかろうか。


 眺めていて、ムラムラする。


 ふと手に取って顔をうずめたい衝動に駆られる。


「…………」


 思い起こせば、凄い久しぶりに一人になった気がする。


 同時に沸き上がってくる圧倒的性欲。


 やるなら今しかない気がするのだけれど、どうだろう。


「…………」


 よ、よし。やるか。


 こちらのニートは決断力に満ち溢れたニートなのだ。


 今まで弄くり回していた木の棒を部屋の隅、壁に立て掛ける。自由になった両手を正面に掲げて、ニートはベッドに向かいダッシュ。畳まれたプシ子のパジャマを手に取るべく、スッと腕を伸ばす。


 その直後の出来事であった。


「ただいま戻りました」


「っ……」


 駆ける勢いもそのままに、大慌てで軌道修正。


 ベッドの上で身体を弾ませる羽目になった。


 マジ、ぽよよんって感じ。


「……何をやっているのですか?」


「な、なんでもない! ぜんぜんなんでもないからな!」


「ベッドで遊ばないで下さい。子供ですか?」


「童心こそ人の成長の根源であると、俺は常々感じている」


「くれぐれもプッシー三号のパジャマで自慰などしないで下さいね」


「…………」


 なんだよ、バレバレかよ。


 そうこうしているうちにショタが便所から帰還して、ニートのオナニータイムは終了である。この環境だとチンコを扱くこともままならない。もう二つ三つくらい、居室を追加する必要がありそうだ。


 このままいくとダンジョンの六十階、本格的に宿屋になってしまいそうだな。

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