宿屋 四

 魔法で移動した先は町のど真ん中だ。


 まわりには人が大勢いる。出店に賑わう大きな通りの交わり合った広場的なスペースだ。当然ながら急に現れた俺たちは注目の的である。なんだコイツら、みたいな視線が一斉に向けられ始めた。


 三号め、随分と賑やかな場所に運んでくれたものだ。


「おい、すっげぇ見られてるぞ」


「主人の顔が不細工だからじゃないですか?」


「俺の顔面はドラゴン級かよ」


 広場の中ほどに並び立つ俺と三号。


 その傍らにはグッタリとして動かないドラゴンの死体。


 周囲からの視線は前者と後者の間で行ったり来たり。


 どうやらドラゴンの死体は珍しいものらしい。


「さて、包丁を調達するか」


「あちらに金物屋の出店があります」


「よしっ、買ってこい三号!」


「分かりました、素人童貞」


 存外のこと素直に頷いて、三号は金物屋へと包丁を購入しに走る。


 ところで、アイツはカネを持っているのだろうか?


 ふと疑問に思わないでもない。


 問題の金物屋は距離にして数十メートルほど。路上に茣蓙のようなものを広げる露天の前で、店番の中年男と言葉を交わすことしばらく。無事に購入が済んだのか、三号は包丁を片手に戻ってきた。


 抜き身を握りながら走ってくるので、ちょっと怖い。


 そのまま駆けてきた勢いで、プスっとやられそうだ。


「買ってきました」


「お前、カネ持ってたのかよ」


「昨晩の内に主人の財布から抜いておきました」


「勝手に抜いてんじゃねぇよっ!」


「結果オーライです」


「このクソビッチが……」


「ところで主人は、これを包丁一本で捌けるのですか?」


「んなもん、やってみなきゃ分からねぇだろが」


「そうですか」


 よし、準備は整った。ここらで解体ショーといこうじゃないか。


 観衆から向けられる好奇の視線が身に刺さるぜ。


 なんだかいい気分だ。


「それじゃあ、いくぞ」


 首の辺りだ。まずは頭を落とそう。ニワトリだって最初に頭を落とすだろ。血抜きは大切だってネットに書いてあったからな。できれば心臓が動いているうちに、頸動脈から一気に抜くのが最高だとか、割と怖いこと書いてあった。


 これに倣い力一杯、包丁をドラゴンの首筋に突き立てる。


「おらぁああああああっ!」


 グサリ、包丁がドラゴンの首に刺さる――


 はずだった。


 パキィインと良い音が響いて、逆に包丁が中程で折れた。


 折れた包丁の一片は、ヒューンと明後日な方向に飛んでいく。


 そして、観衆の一人の目玉に突き刺さった。


「うぎゃああああああああああああああああっ!」


「わっ、この包丁、折れやがったっ!」


 トンデモねぇ! 伊達にドラゴンしてないな。


 鱗がめっちゃ硬いわ。


 スモールとか書いてあったけど、腐ってもドラゴンはドラゴンだ。


「周囲を巻き込むとは、酷い主人ですね」


「お、俺じゃねぇよっ! ドラゴンの鱗がやったんだ! コイツがっ!」


「うぎゃああああああああ、お、俺の、俺の目がぁああああああっ!」


「どうするのですか?」


「いやいや、なんとかしろよ? お前が買ってきた包丁だ」


「使ったのは主人です」


「こういう時は使用者じゃなくて製造元が訴えられるって相場が決まってんだよ」


「どこの国の相場ですか。第一、その包丁は私が作った訳ではないのですが」


 このままだと飲食店に続いて、金物屋も出禁にされてしまいそうだ。段々と生活圏が縮小していくことに恐ろしさを感じるぞ。なんだか釈然としないが、この場は丁寧に対応したほうがいいのではなかろうか。


「なんでもいいから、お前の魔法でどうにかしろよ。できるだろ?」


「承知しました。この場の目撃者を皆殺しにしましょう」


「ちげぇよっ! 治せよっ! あの目が痛い人を治すんだよ!」


「まったく人形遣いの荒い素人童貞です」


 憤慨した様子で三号が歩いて行く。


 包丁が目玉に刺さり、叫び苦しんでいる野次馬の下へと。


「大人しくしなさい、この下種」


 そうかと思えば三号は男の股間を蹴り上げた。


 今度は両手を股間に向ける悶絶男。上が痛くなったり、下が痛くなったり、なんて忙しいヤツだろう。ただまあ、やたらと顔面偏差値が高いイケメンなので、これといって同情する気分にはなれない。


 その間に三号は、自らの両腕を男に向けて掲げる。これに応じて、手の平より数センチ先に魔方陣が浮かび上がった。宙に描かれた線が穏やかに輝くのに応じて、男の怪我は段々と癒えていく。


 突き刺さった包丁の刃も、ポトリと抜けて落ちた。


「おぉ、すげぇ」


 こういう魔法もあるんだな。


 めっちゃファンタジーだ。


「怪我をしたくなかったら、主人には近づかないことです。阿呆ですから」


「ひ、ひぃいいいいいいっ!」


 男は悲鳴と共に逃げていった。


 根性のないイケメンだ。きっと甘やかされて育ったのだろう。


 その姿を確認して、三号がニートの下まで戻ってくる。


「治してきました」


「うむ、ご苦労だった」


「いちいち人の神経を逆撫でるのが上手な素人童貞ですね」


「だろ?」


「くっ……」


 心底、憎らしそうな顔をする三号。


 ちょっと気分が良くなったぜ。


「ところでお前が買ってきた包丁、折れちまったんだが」


「当然です。そこいらの包丁でドラゴンの首が落とせるなら、今頃あのダンジョンは主婦の狩り場になってます。毎日の献立にスモールドラゴンの肉が並びます。その程度のことも分からないのですか?」


「それもそうか」


「これだから考えなしの素人童貞は」


「っていうか、それじゃあどうやって解体ショーするんだよ?」


「鱗を一つ一つ剥いでいけばいいんじゃないですか?」


「んなことしてたら日が暮れちまうよ」


 あー、なんか面倒になってきた。なんで飯を食う為だけに、ここまで苦労しなきゃならないんだよ。ありえないだろ。今日日、牛丼屋は一分で準備するってのに。俺が飯を食いたいと思ったら、飯の方から茶とお新香付きで飛んでくるのが礼儀ってもんだ。


「くぉああああ、面倒くせぇ。やってらんねぇ」


「飽きっぽい性格の持ち主ですね」


「俺は聡明だから無駄なことは主義なんだよ。常に効率を求めているんだ。人生九十年とか言うけど、健康寿命の中央値は六十代後半だ。生活が不健康なら更にマイナス五歳だ。無駄なことをしてたらすぐに、ベッドの上でアウアウする羽目になっちまう」


「では、このドラゴンはどうするのですか?」


「そんなもん、あぁ、えっとっ、こ、このぉおおお……」


 どうしてくれよう、このスモールドラゴンめが。


 死んでまで人様に迷惑を掛けてくれて。


「あぁ、そうだよ、困った時は業務委託だ。ベンダーコントロールして、委託先の人間をボロボロになるまで使いこんで、俺たちは悠々と定時帰りキメながら、納品物をゲットするんだよ。おぅ、それしかないな」


 俺ってばマジで勝ち組志向だろ。


 経営者に向いているよな。


「よく分かりませんが、他者に頼むということですか?」


「平たく言えばそのとおり。っていうか、お前って料理できないの?」


「できません」


「なんだよ、使えねぇな……」


「自分より使えない人間に使えないと言われるのは甚だ心外です」


 ということで、誰か他に良さげなヤツはいないか。


 グルリと周りを見渡す。


 俺と三号の周囲にはいつの間に集まったのか、数十人規模の野次馬が並ぶ。


 そこからコックっぽいヤツを探して、丸投げすればいい。


 そして、探してみればいるじゃないの。


 俺こそがコックだと言わんばかりのヤツだ。エプロンにコック帽姿、三十代くらいに見えるオッサンがいた。俺よりも少しだけ年上っぽい顔立ち。彫りの深い白人なので、もしかしたら同世代かもしれない。


「おい、そこの白衣着たオッサン! オッサンってばダンディーじゃん?」


「あぁ? 俺か?」


「そうそう、オッサンだよ、オッサン。突然だけどちょっとこのドラゴン、俺の為に料理してくれない? 余った肉とか、無駄にびっしり生えてる鱗とか、欲しいなら好きなだけやるからさぁ」


 ドラゴンの鱗が高く売れるのは異世界の定石だよな。


 あとは牙や骨なんかも鉄板ではなかろうか。


 なんでそんなものが高く売れるのか、甚だ疑問だけれど。


「はぁ?」


 はぁ? じゃねぇよ。ポカンとしてるんじゃないよ。


 料理しろよ。コックだろ?


「だから、ドラゴンステーキを作ってくれって言ってんだよ」


「それスモールドラゴンだろ? なんで見ず知らずの俺なんだよ」


「そりゃあ、お前がスゲェいい感じでコックしてるからだろ」


 人は見た目と学歴で選べって会社の人事も言ってたしな。いやマジで、イケメンの高学歴とかめっちゃ仕事できてたし、七割くらい正しいと思うわ。逆にブサメンの低学歴は使えない。いや本当、マジでマジで。こっちも七割くらい正しいと思う。


 何故ならば俺がブサメンの低学歴だからな。そりゃ分かっちゃうよ。


 そして、この世界で履歴書といったら、そりゃもうステータスしかない。




名前:アンドリュー・ドルランド

性別:男

種族:人間

レベル:45

ジョブ:コック

HP:1302/1400

MP:0

STR: 340

VIT: 200

DEX:3020

AGI: 300

INT: 221

LUC: 609




 ちゃんとコックしてるようなステータスだ。


 DEXが高いところがいい感じ、コックっぽい雰囲気あるよ。ネトゲでもモノづくりの成功率は、DEXが反映される場合が多いし、きっとこの世界のコックもそういう感じで料理の腕前に反映されるに違いない。


「それはつまり俺の一張羅姿に一目惚れしたってことか」


「言っておくが俺はロリコンだ。ゲイじゃねぇ」


「まあ、そういうことなら考えてやらないでもない。しかし、俺には先約がある。スモールドラゴンの肉は魅力的だが、それ一体でどうにかされてやる訳にはいかねぇな。少なくともこれをあと二十は用意してもらおう。できるか? お前に」


「二十匹も集めて何作るんだよ……」


「俺はなんでも作れる」


「無駄にプライドが高くて使いにくい職人の典型だな」


「それならこの相談はなかったことにしてくれな」


「いやいや、ちょっと待てよコックのオッサン。コミュ障のヒキニートな俺が、膝とかガクブルさせながら、啖呵を切ってまで一生懸命に交渉してるんだ。だからもうちょっと待ってくれよ」


 ドラゴン二十匹とか、どんだけ大食いだよ、このコック。


 ニートは大慌てで、狩猟担当の三号に質問をスルーパス。


「おい、あれってあと二十匹くらい捕まえられるか?」


 もちろんコックには聞かれないように、ボソボソと内緒話である。


 ロリータの耳に自身の口を近づけるの、胸がドキドキする。


 咄嗟にペロペロしたくなる衝動を抑えつつの質問タイム。


 すると、返ってきたのは随分と景気の良い話だ。


「ダンジョンに行けばいくらでも捕れますがなにか?」


「ならよし」


 それなら問題はあるまい。


 俺は再びコックに向き直る。


「二十匹用意してやるから、俺のところでちょっとコックしてけ」


「……本気か?」


「なんだよ、まさかふかしこいたのか? あぁ?」


「…………」


 これにコックは悩んでみせた。


 途端に難しい顔になった。


 ただ、すぐにニカっと笑みを浮かべて、サムズアップ。


「いいぜ、行ってやるよ。お前のところに」


「本当か?」


「けど、嘘だったら即日で辞めるからな? 俺は忙しい男だからよ」


「嘘なんて吐かねぇよ」


 よしよし、これで本日のランチはゲットしたも同然だな。

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