宿屋 五

 コックをゲットしたニート一行は、その足でダンジョンに戻った。


 地下六十階にある宿屋である


 空間魔法でスモールドラゴン諸共、一瞬にしての移動だ。


「マジかよ……」


 そこでコックのヤツは驚いている。目が点になっている。


 三号が作ったダンジョン宿屋を眺めてのことだ。やはりダンジョンの中に宿屋があるというのは、異世界であっても常識からかけ離れているみたいだ。如何にプシ子から常識が欠如しているか、主人は思い知らされた気分である。


「どうだ、まいったか? 凄いだろ」


「主人は何一つ関与していないのに、やたらと偉そうですね」


「ちゃんと現場監督してただろう。ドラゴンのこと見張ってたし」


「本当にここはダンジョンなのか? 見た感じ普通に宿屋じゃねぇか。ダンジョンにこんな場所があるなんて聞いたことがねぇよ。いや、そういう意味だと今の場所を移動する魔法は凄かったけど……」


「だから宿屋だっつったろ?」


「どこの宿屋だって聞いてんだよ」


「そんなに気になるなら、外とか見てくりゃいいだろうが」


「おう、それもそうだな」


 ニートが指し示した先には、宿屋の出入り口がある。今朝までドラゴンが延々と炎を吐いていた辺りだ。そこにはいつの間にやら、立派な木製のドアが設えられていた。恐らく三号の手によるものだろう。


 当初からドアを付けたいと訴えていた。


 ドラゴンが消えて即座に設けたあたり、妙なこだわりを感じる。


「気をつけろよー」


「あぁん? 気をつけるったって一体何に……」


 コックがドアを開く。


 するとその先に待っていたのは、下半身が馬で上半身が人間という、非常にアグレッシブな外見の化け物だった。頭には角まで生えている。性別は男。筋肉ムキムキのマッチョな生き物だ。


 しかも馬並みの逸物が、後ろ足の間からベロンと垂れている。ミノルといい、コイツといい、なんて羨ましいサイズだ。俺もこれくらい立派なモノがあれば、巨根AV男優として飯を食っていけたかもしれないのに。


「うぉおおおおおおおおっ!」


 コックが大慌てでドアを閉めた。


 次の瞬間、ズドンと低い音がその先から響いて聞こえた。


「どどどどど、どうなってんだこりゃぁっ!」


「だから言ったじゃんかよ。ダンジョンだって」


「マジもんかよっ!?」


「マジだよ、マジ」


「揃いも揃って阿呆ですね」


「誰がダンジョンの中に宿屋あるとか思うよ!? あぁっ!?」


「今日から考えを改めて下さい。ダンジョンの六十階には宿屋です」


「お、おう……」


 有無を言わさぬ三号の物言いを受けて、コックは神妙な顔に頷いた。あるものはあるのだから仕方がない。そのあたりは我慢してもらおう。ニートだってできればこんな陰険な場所で寝泊まりしたくはないのだ。


 窓を開けたら空が広がっている。


 そんな当たり前のことが、とても大切だと思う。


「んじゃ、そういう訳だからキッチン作るぞ、キッチン」


「宿屋の増築ですね。隣の小部屋と繋げて内部を改修します」


「プシ子、お前ってば意外と楽しんでるだろ?」


「そんなことはありません」


「ふふん? まあ、今はそういうことにしておいてやろう」


「ムカツク主人ですね……」


「っていうか、水道とかどうするんだよ?」


「水なんてどうにでもなります」


「え? ダンジョンって水道とか引いてあるの?」


「水など魔法で出せばいいじゃないですか。相変わらず発想が貧弱ですね。そんな体たらくだから、いつまで経っても素人童貞のままなんです。金銭のやり取りなしにオスとしての務めを果たせないのです」


「だ、だったら下水はどうするんだよっ……」


「そちらも魔法を利用して外にうっちゃります」


「それで?」


「あとは外の人間がどうにでもするでしょう」


「こいつはひでぇな」


 そんなこんなでコックの為に、キッチンを増築することになった。




◇ ◆ ◇




「キッチンが完成しました」


「早いな、おい」


 キッチンの制作が決まってから小一時間。早々に完成しました宣言を受けて驚いた。いつの間にやら宿屋のお部屋には新たにドアが設けられており、その先にはキッチンを思わせる光景が広がっている。


 設備一式は寝室と同様、どこぞの貴族宅からパクってきたのだろう。


 そして、仕切りのドア前にはドヤ顔でこちらを見つめる三号の姿がある。


「さぁ、確認して下さい」


「だってよ。おい、コック」


 これをニートはコックに丸投げ。


 当のコックはといえば、ベッドの縁に腰掛けたまま驚きの只中にある。隣室から聞こえる物音に、今の今まで延々と緊張していた。自分のような門外漢と比べて、この世界の既成観念を知っている分だけ、驚きも大きいのだろう。


「あ、あぁ、本当に作ったのか……」


 その傍らには依然として横たわる負け組ドラゴンの死体。


 俺としてはそろそろ鮮度が気になる。


 血抜きは二時間以内にしましょうって、ネットに書いてあったし。


「早く確認して下さい。主人もです」


「俺もかよ」


「そうです」


 出来たてホヤホヤのキッチンを自慢したいのだろう。自分の制作物を誰かに見てもらって、評価されることを期待しているに違いない。妙に人間くさいマリオネットに促されて、ニートはコック共々、新設されたキッチンに移動する。


 一歩を踏み出した我々の目に映ったのは調理場。


「おぉ、すげぇ」


「たしかに、これは良い調理場だ……」


 三号の仕事を受けて、コックが感嘆の声を漏らした。


 現代日本のシステムキッチンに慣れ親しんだニート的には、いささか野暮ったいイメージを受ける。ただ、こちらの世界的にはいい感じの代物らしい。随所が光沢も鮮やかな金属で装飾されているぞ。


「これを好きに使っても構わないのか? 水回りはどうなっている?」


「水回りはこのような感じですね」


 ふらふらと誘われるように、コックはキッチンに足を運ばせた。


 これに三号は律儀にも、自らの用意した設備を説明し始める。


 食卓に並ぶ料理さえ美味しければ、ニート的にはキッチンなんてどのような格好をしていようとも一向に構わない。いちいち面倒臭いうんちくのやり取りだ。遠巻きに眺めて辟易としてしまう。


 ややあってコックが吠えた。


「なるほど、こいつは素晴らしい!」


「料理は任せました。以後はそちらの仕事です」


「ああ、任せてくれ。立派に務めて見せよう」


 どうやら合意が取れたらしい。


 美味い飯にありつけるなら、調理の過程など些末なものだ。


 利用されているキッチンの仕様など好きにして欲しい。


「んじゃ、あとは頼んだぞ」


「ああ、ここまで用意されては、料理人の腕が唸るというものだ」


 力強く頷いて、コックはキッチンで調理を始めた。


 色々とあってランチタイムを過ぎていたことも手伝い、それから食卓に料理がならんだのは、夕食と称しても差し支えない頃合いとなった。待ちに待ったドラゴンステーキは空腹も手伝い、それはそれは美味なものであった。


 スモールドラゴン、なかなかやるじゃん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る