宿屋 三
翌日、目覚めて最初に目撃したのは、未だに障壁に炎を吐き続けるドラゴンだった。見えない壁の向こうで必至になっている。どことなく眠そうだ。せめて一度出直して、体調を整えたらどうかとアドバイスしたくなる。
「あいつ、まだやってるよ」
「お腹が減っているのではありませんか?」
「そうだとしても、INTの存在意義に疑問だな」
「なんの話ですか?」
「ああいや、俺の脳内で展開される崇高な論理記述様式だ」
「馬鹿の妄想ですか」
「黙れよ、腐れプッシーが」
大変そうにしているドラゴンとは対象的に、ニートはいい気分だ。一晩ぐっすりと眠って気分爽快。やっぱり人間はベッドの上で寝ないと駄目なんだよ。地面に転がるのは獣のやることだ。
「ところで、今日の予定は決まっていますか?」
「あー、そうだなー」
何も決めていなかった。
宿も美少女も手に入ったので、当面は飯さえ食えればそれでいい。
取り立ててやりたいこともないのだ。
「まずは飯だな、飯」
「食っては寝て、食っては寝て、駄目な人間の典型ですね」
「黙れよ。っていうか、ここ丸一日は何も食ってないぞ?」
「それは私も同じです」
「人形が飯を食うのか?」
「食べません」
「ならいいじゃん」
まったく、いちいち一言多いマリオネットだ。
まあいいや、目的は決まった。飯だ、飯。
「んじゃ、とりあえず飯屋まで行くぞ」
「分かりました」
炎を吹き続けるドラゴンを放置して、宿屋を後にする。
移動はもちろん、三号の空間魔法とやらだ。
◇ ◆ ◇
結論から言うと、飯屋にニートの居場所はなかった。
昨晩、町内の宿屋さん一同から受けたものと同様の待遇を受けた。曰く、席が満員ですので、またの機会にお越し下さい。そうして語る店員の背後では、ガラガラの店内。ふざけんなよって指摘すれば、なんでも予約席だそうだ。
どこのアホだよ、大衆食堂のランチで席を予約するヤツは。
この町はマジでふざけてる。ニートにとても冷たくできている。
「宿屋のみならず飲食店にすら入店拒否されるとか、マジねーよ」
「日頃の行いの悪さが祟りましたね」
「全部お前のせいだよっ!」
「ですから私は、あれほど皆殺しにすべきだと提案したのです」
「ぐっ……」
たしかにそれはそれで一つの答えかも知れない。こんなことならダンジョン内での不幸な事故の一つとして、素直に終わらせてしまえばよかったのかも。とはいえ、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方が無い。
俺は未来に生きるニートだ。過去など振り返ってやるものか。
反省なんて絶対にしない。
俺は常に正しい。間違っているのは世界の方だ。
そう、俺こそが正義だ。
「どうするのですか?」
「よっしゃ、こうなったら目に物見せてやる」
「皆殺しですか?」
「ちげぇよ! んなことしたって腹は膨れないだろ」
「ではどうするのですか?」
「そんなの自前でレストランを開業するに決まってるだろう」
「レストランですか?」
「そこいらの連中なんて、経済的にぶっつぶしてやる!」
「なるほど」
電気やガスも碌に普及していない程度の文化レベルで、ニートが備えた現代知識による俺TUEEEEに勝てるはずがないだろう。ぶっちゃけ料理とかやったことないけど、これはもう目に物見せてやるぜ。
「飲食店を開店するのはいいですが、どのような段取りなのですか?」
「まずは食材だ! レアでイケてる食材をゲットするに決まってる!」
「なるほど、他店と差別化を図るのですね」
「そんでもって、ニートの現代知識TUEEEで、マヨネーズとかカレーとか、そういうのをお客に提供するんだ。すると近所の飲食店なんてあっという間に倒産よ。学費が払えず退学の憂き目を見た飲食店の娘さんをウェイトレスに雇いてぇな!」
「詳しくは不明ですが、プランがあるということは理解しました」
「よし、それじゃあ早速素材を手に入れに行くぞ、素材を! つまりあれだ、これは料理系俺TUEEEだったんだ。サブカル的な料理うめぇで世界を手中に収める、そういう流れがニートには待っていたんだよ」
「ところで行くのはいいですが、どこへですか?」
「俺が知るかよ。適当に上手そうな肉が生えてる場所へ行くぞ!」
「分かりました。それでは移動します」
「おうっ! さっさと頼むぜ」
ニートが吠えると、足下に魔法陣が浮かび上がった。
段々と気分が盛り上がってくるのを感じるな。
◇ ◆ ◇
魔法によって移動した先は、ダンジョンの地下六十階だった。
それも三号手製の宿屋である。
盛り上がったやる気が、あっという間に三割ほど低下した。
「どうしてダンジョンなんだよ?」
「肉は沢山生えていますよ」
「ぐっ……」
たしかに肉は沢山生えている。
否応にも遭遇する。
けれど、それもこれもモンスターだ。俺が想像している牛だとか、豚だとか、鶏だとか、そういった人間に食われるが為に生み出され続ける生き物とは、まるで異なった生物である。ミノタウロスの唐揚げとか、誰が食うんだよ。
「モンスターなんて食えるの? 無理でしょ? そんなことも分からないの?」
「スモールドラゴンの肉は大層美味だと聞きますが」
「マジかっ!?」
「私は主人に決して嘘など言いません」
「そ、そうかい……」
なるほど、食って食えない手合いではないらしい。ならばこちらも躊躇することはないぞ。この世は弱肉強食。姿こそ変われど、ヤツらは牛であり、豚であり、鶏であるのだ。流行りの言い方をすると、いわゆるジビエってやつだ。
そう考えると、途端にセレブな感じがしてくるな。
「よ、よし、そういうことなら不服はないな」
「では早速ですが、獲物を確保するとしましょう」
「っていうか、そこで火を噴いてるヤツを食えばよくね?」
「まだ頑張っていたのですね」
宿屋の入り口ではスモールドラゴンが火を噴いている。
昨晩から延々と続けている為、火の勢いは当初の一割程度だ。何がコイツをここまで必至にさせるのか。ダンジョン内で飢えに飢えた末、一世一代の賭けに出た結果、なのかもしれない。コイツにはコイツの物語があるのだろうさ。
けれど、今のニートにとっては食品以外の何物でもない。
美味しく頂いてやろうじゃないか。
死力を尽くした末に他人に捕食されるって、どんな気分だろうな。
「よし、やっちまえ」
「仕留めます」
三号が腕を床と水平に構えた。キリリとした面持ちがラブリー。
そうかと思えば、手の平からビームを発射だ。
ズビームっと色白光線が飛んでいく。太さは鉛筆くらい。これが宿屋の出入り口で火を噴くドラゴンに命中。脳天に小さな穴を開けた。ほんの一瞬の出来事である。けれど威力は絶大であった。
ドラゴンであっても、脳味噌は弱点なのだろう。
すぐにバタリと橫倒れとなり、ピクリとも動かなくなった。
なんて気楽な狩りだ。
一晩を共に過ごして、少しばかり愛着の沸いたドラゴンだけど、腹の虫がグゥグゥと鳴っているのだから仕方ない。勝てない相手に挑むことほど無意味な行いはないと、ニートはお前を見て学んだよ。ありがとうな。
「仕留めました」
「よぉし、次は解体だな」
男ならドラゴンの一匹くらい、軽く捌けなければカッコがつかないよな。
異世界的に考えて。
「と思ったけど、包丁がねぇよ。包丁が」
「ここで捌かないで下さい。宿屋が汚れます」
「たしかにエゲツない量の血が出そうだよな……」
ドラゴンは頭から尻尾の先まで、凡そ五メートルくらい。
体重もトン単位だろう。
なにも考えずにナイフを入れたら、そりゃもうドバッと来るだろうさ。俺も寝床が血まみれなんて嫌だし、ここはどうにかして解体場所を確保する必要がありそうだ。ニートの心は繊細にできてるんだよ。
「地上に移動しますか?」
「そうだな。野生のキッチンを手に入れる必要がありそうだ」
「ではドラゴンを運搬しましょう」
「こんな大きいのに、お前の魔法で大丈夫なのか?」
「人間一匹、スモールドラゴン一体、これくらい余裕です」
心なしか人間の扱いが、スモールドラゴンよりも下っぽい響きだ。
マリオネットにどういった助数詞が付くのか気になるぞ。
「んじゃまあ、適当にパパッとやってくれよ」
「分かりました」
三号の空間魔法で、地上を目指してワープだワープ。
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