宿屋 二
「宿泊できる宿がないのであれば、自らの手で作ればいいのです」
「それができたら、今頃この町は宿屋だらけだ阿呆が」
連れてこられた先はダンジョンだ。またダンジョンだよ、おい。なんでコイツはこんなにもダンジョンが好きなのか。きっと親に似たのだろう。いつかジョブがダンジョンマスターになる日も近いように思える。
「それは力なき者の戯れ言です。力なき素人童貞は黙っていて下さい」
「人を勃起障害みたいに言うんじゃねぇよ」
「インポなのですか? 最悪ですね」
「ちげぇよ」
地下六十階。適当に空いている小部屋を見つけて、そこを勝手に陣取った三号である。部屋で居眠りこいていたモンスター数体は、コイツの魔法によって早々に排除された。ひどい話もあったものだ。
「さて、では荷物を運び込みます」
「どうやってだよ? えっちらおっちら往復するのか? ありえねぇよ」
「そんなものは空間魔法を使えば一発です」
「なんだよそれ」
「大人しく黙っていて下さい」
「…………」
大人しく黙って見ていてやろうじゃないか。
そのロリボディーをな。
そりゃもう熱心にあっちこっち見ていてやるよ。
「では、行ってきます」
ニートが黙ると、三号の足下に浮かび上がる魔方陣。
どこかで似たようなのを見たことがあるなと思った。
すると次の瞬間、三号の姿が小部屋から消えた。
「え? お、おい! ちょっと待てよっ! どこいったよ!?」
いきなりどっか行きやがった。
行くってどこへだよ。
ちゃんと行き先くらい伝えてから出発しろよ。
浅層階と比較して、このあたりはモンスターのレベルが高いんだ。護衛のマリオネットがいなくなったら、誰が俺のことを守ってくれるんだよ。モンスターと遭遇したら、秒で殺される自身があるぞ。
「くっそ、どうすんだよ……」
焦るわ。マジ焦るわ。
しかもこういうときに限って、よくないことって起こるじゃん?
あれこれ危惧していると、ほら見ろ、通路側から何か来たぞ。
「ドラゴォオオオオオオオオオオン」
「マジかよ……」
ドラゴンだ。ドラゴンが来やがった。
どこぞの不思議ってるダンジョンに出現するような四足タイプ。
コイツは間違いなく炎を口から飛ばしてくるぞ。
バハムートタイプだったドラゴン氏と比べると、だいぶ弱そうに映るけれど、それでもニート64にとっては天敵に違いあるまい。パッと見た感じ頭から尻尾の先まで、五メートルくらいあるもの。十分にデカい。
「テメェ、こっち来んじゃねぇよ! あぁ? 舐めてんのかぁ? あぁっ!?」
聡明なニートはイキりまくって先方を威嚇、即座にステータスを確認だ。
名前:ドラキチ
性別:男
種族:スモールドラゴン
レベル:98
ジョブ:フリーター
HP:11891/15900
MP:3000/3100
STR:13001
VIT: 8300
DEX:14920
AGI: 2900
INT: 8410
LUC: 140
ミノルより弱いっぽい。スモールでフリーターとか、負け組ドラゴンだなコイツは。ダンジョン内での出世競争に、おいてけぼり喰らったのだろう。LUCの低さがすべてを物語っているように感じる。
この世の中、大切なのは突き詰めれば運なんだよ。
「とはいえ、俺より全然つえぇよな……」
相手は部屋に通じる通路から、こちらの様子を窺っている。
ドラゴンの癖に用心深い性格をしてやがるぜ。
「グルルルルルル」
なんか喉とか鳴らしているぞ。
怪しい雰囲気を感じるな。
まさかそこから火を噴いて、部屋の中を焦げ焦げにしようとか、考えていたりするんじゃないだろうな? いくらなんでもそれは鬼畜だろう。あまりにも酷い行いではなかろうか。そんなことされたらニートは丸焦げだ。
なんて考えていたら、本当に口を開きやがった。
喉の奥から炎が迫り上がってくる。
「マジかよっ!?」
なんて小賢しいんだドラゴン。
炎が吹き出す。室内に向けて。
「うぉあああああああっ!」
けれど、それは通路から小部屋に侵入せんとしたところで、目に見えないバリアーっぽいものに阻まれて遮られた。まるで煉瓦をバーナーで炙っているような感じだ。炎は跳ね返されて散り散りとなり消える。
「お、おぉ、おうおうおう。なんだそりゃ」
無事だ。俺は無事だ。
炎はバリアーに阻まれて部屋の中まで入ってこない。
「すげぇ、なんだよこれ。聖域的な巻物でも敷いてあるのか?」
きょろきょろと周囲の様子を窺う。
しかし、何も見つからない。
そうこうしていると、三号が戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「おいっ、ちょっとあれ見ろよ! スゲェぞ! あれ!」
「……障壁魔法がどうかしたのですか?」
「障壁魔法? なんだよそれ」
「インポ野郎が死なないように、私が用意しました」
「なんだ、お前かよっ……」
途端に興味の失せる感覚。
くっそ、めっちゃ凄い発見したと思ったのに。
「っていうかお前、そんなもんどこから持ってきたんだよ」
ニートはドラゴンから三号に視線を移す。
頭上にぐいっと伸ばされた両手の上、ドドンと乗ったベッドがある。どこからパクって来たのか、シーツや掛け布団、マクラまで付いているぞ。しかも割と豪華だ。都内の高級ホテルとかに設えていそうな感じ。
「親切な貴族にもらいました」
「そりゃ親切な貴族もいたもんだ」
「配置します」
「マジで宿屋するつもりかよ」
「当然です。一度口にしたことは絶対に果たします」
「まあ好きにやってくれよ。俺はそこのドラゴンを鑑賞してるわ」
ヤツは相変わらず、見えない壁に炎を吹きかけている。
俺よりINTが高い癖に、阿呆な生き物だな。
「静かにしていてくれるなら、何をしていても結構です」
「あいよ」
そうして三号の宿屋作りが始まった。
空間魔法とやらを駆使することで次から次へと、ベッドやらタンスやら絨毯やら、重量級の家具から空間を彩る小物まで、実に様々なものを運び込んでくる。しかもそのどれもは値の張りそうな高級品ばかり。
十数畳ほどの部屋は、早々に家具で埋め尽くされた。
ぼこぼこだった壁も魔法で平坦に均される。
四方八方、丁寧に壁紙までもが張り巡らされて、気付けばそこは小綺麗な宿屋の一室となっていた。つい今しがたまで殺風景なダンジョンの一部屋だったのに、リノベ業者も真っ青の施工テクである。
しかも、割とお洒落だ。
センスがある。
ムードがある。
なんかムカツク。
まるで新築マンションのモデルルームのようじゃないか。
少し薄暗い室内で間接照明に照らされて、鈍く輝く木製の家具などめっちゃいい感じだ。渋い大人の寝室系。ダークブラウンで整えられたシックな雰囲気が、今宵お客様を非日常と共にお出迎え。そんな感じ。
それでも例外を上げるとすれば、未だに入り口で見えない壁と格闘している負け組ドラゴン。延々と炎をはき続けている。どうして諦めないんだろう。その根性だけは評価したいと思わないでもない。
「扉を取り付けたいので、そこのトカゲを排除します」
「え、それは可哀想だろ」
「可哀想ですか?」
「ジッと見てたら、なんつーか愛着が沸いてきたんだよ」
「これのどこが良いのですか?」
「馬鹿なところとか、アホっぽくて可愛いだろ」
「類は友を呼ぶと言いますね」
「うるせぇよ」
「では、このまま放っておきましょう。扉を付けられないのは癪ですが」
「俺専用のプチ・ジュ●シックパークだぜ」
「ジュ●シックパーク? なんですか、それは」
「お前みたいなのが沢山いる場所だよ」
「それはさぞ美しい場所なのでしょうね」
「はは、ワロス」
何はともあれ、今晩の宿をゲットだぜ。
本来予定していた宿泊先と比較して、随分と標高を落としてしまった気もするが、お宿の質としては向上が窺えるのでよしとしよう。無駄に雰囲気もいいしな。ベッドもふかふかで寝心地が良さそうだ。
「しかし、ここにはトイレがないな。もしもオシッコしたくなったら、どうするんだよ? とか考えると、ほらみろ、なんか無性にトイレに行きたくなってきたじゃないか。どうしてくれるんだこの野郎」
「私は排泄しませんので問題ありません」
「いっそお前の口の中に出してやろうか?」
「噛み千切りますよ?」
「俺の極太をお前程度の貧弱な顎で千切れるものか愚か者め」
「では試してみましょうか」
んぱっと三号が口を開いた。
キラリと光った犬歯が恐ろしい。
唾液に濡れた舌がエロい。
これ間違いなくチョッキンされるタイプのお口だわ。
「うっせぇっ、いいからトイレ作れよ! トレイ!」
「まったく、世話の焼ける主人です」
無事にトイレの併設も決定された。よかったよかった。
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