宿屋 一

 不幸な事故の末に始まった不毛な追いかけっこは、ダンジョン内というロケーションにもかかわらず延々と続けられた。最終的には脇からモンスターが攻めてきて、その対応を余儀なくされたリア充軍団が諦めた形だ。


「あー、ちくしょう、マジで疲れた」


「殺してしまえばよかったものを、チキンな童貞野郎ですね」


「黙れよ三号。俺は俺に厳しいヤツには容赦しないが、俺に優しくしてくれたヤツには最低限の恩義を返すって決めてるんだよ。どうだ、カッコイイだろ? 男気が溢れているだろう?」


 それがニートのジャスティス。


 まあ、次に厳しくされたら速攻で裏切るけどな。


「そんな下らないルール、まるで興味を覚えませんね」


「この美学が分からないとは、まだまだガキだな」


「自分に酔っているだけでは? なんと浅ましい性格でしょう」


「は? 当然だろ?」


 それ以外にどんな理由があるってんだ。


 美学ってそういうものだろ。


「憂いを払拭する為にも、今後は皆殺しを推奨します」


「そんなもん状況に寄りけりだ。俺は現場主義なんだよ」


 しかし、控えめに言って俺はどうしようもないクズだが、目の前のマリオネットは輪をかけてクズだな。非の打ち所しかない。ただ、そんなどうしょうもないヤツのおかげで、リア充軍団から逃げおおせたのも事実だ。


 三号は逃げている間、ニートの脇に抱えられた姿勢のまま、後方に向かい魔法をパスンパスンと連打していた。おかげで相手はこちらに接近することができずに、クズ二匹は無事に逃げることができた


 そうでなければ、碌にスキルも覚えていないニート64風情が、ダンジョンの五十五階で活躍しているパーティーから逃げ切れるはずがない。すぐに追いつかれて一方的にリンチされていただろうさ。


 あぁ、そう考えると相手もクズだな。


 このダンジョン、なんかもうクズしかいねぇよ。


「くっそ、また成金スライム探すところからやり直しかよ」


「すべては貴方の責任です。反省して下さい」


「いいや、お前の責任だよ! お前がイケメンの首をちょん切るからだよ! おかげで女にマジギレされたじゃねぇか、どうしてくれるんだよ!?」


「人間如きが何人死のうが知ったことではありません」


「いつか犯す」


「今すぐこの場で犯せないチキンには永遠に無理ではありませんか? そのチンポは未来永劫、素人を知らないまま終わるのですね。大した玄人志向です」


「はっ、これだから淫乱ビッチは困るぜ」


「それよりも早く下ろして下さい。いつまで抱いているつもりですか。あと、偶然を装って胸を揉むのは止めて下さい。不快です。エグいです」


「くっそっ……」


 片腕に抱いた三号を地上へ降ろす。


 マリオネットの癖して妙にやわこいから、もう少し抱いていたかったのに。オッパイ、最高だった。こうなったら今晩あたり、寝入ったところで抱き枕にしてやる。逆だいしゅきホールドしてやる。


「美少女の視姦を止めて、さっさとゴールデンスライムを探しに行きますよ」


「今晩、お前を犯す! 絶対だ!」


「犯れるものならどうぞ、やってみて下さい」


 三号の分際で仕切るんじゃねぇよ。


 ったく、ゴール間際でセーブポイントから出直しな気分だぜ。




◇ ◆ ◇




 再びゴールデンスライムを求めてダンジョンを彷徨うことしばらく。ニートと三号のペアはダンジョンのなかを延々と歩き続けた。どうやら例のスライムはレアモンスターらしく、探すのにとても苦労した。


 どうにか無事に狩れたけど、もう二度とやりたくないわ。


「やっと換金できたよ。もう夜じゃねぇか」


「素人童貞がグズだからですよ」


「テメェのサーチ能力がウンコだからだろ」


 俺の両手には金貨が大きな革袋に詰め込まれて一杯だ。


 出処はたった一匹のゴールデンスライム。


 その死骸を冒険者ギルドで換金してきた成果である。


 レアモンスターなだけあって、かなり良い値で売れた。なんでもヤツのボディーは、溶かしてアクセサリーの類いに利用されるのだそうな。ギルドの職員があれこれと語っていたけれど、詳しくは知らん。


「それよりもさっさと宿を探して下さい。この素人童貞」


「言われなくたって探してるわ! このプッシーが」


 日が落ちても一向に勢いの衰えない毒舌女を侍らせて、閉店間際の冒険者ギルドを出発する。何はともあれ、昨日もお世話になった宿屋へ向かうぜ。今日は色々とあって精神的に疲れたので、すぐにでも眠りたい。


 昨日も夜通し森の中を歩き回ってたし、かれこれ二徹だもの。




◇ ◆ ◇




 冒険者ギルドを出発して、真っ直ぐに宿屋に向かった。


 そして、宿泊を拒否された。


 しかもかれこれ十件くらい、連続で拒否られてるぞ。


「なんでだよっ!?」


「部屋が一杯なんですよ。またのおこしをお待ちしております」


 受付のカウンター越し、ニートは店員に吠えてみせる。手元には十分な金額の用意がある。ゴールデンスライムの死骸を売り払って得た金貨だ。しかし、どちらの店舗であっても店員からは同じような文句が繰り返される。


「どうかお引取り下さい」


「くっそっ、使えねぇ宿屋だっ!」


 過去に満室で宿屋にお泊りを断られた勇者の子孫がいるか? いないだろ。これだからリアルは嫌なんだよ。便所とシーツの綺麗さでお宿を選ぶとか、ファンタジーが足りないとは思わないかい。


「ちくしょう、どうなってんだ。近所で祭でもやってるのかよ」


「早くして下さい。プッシー三号は疲れました」


「俺も十分に疲れてるわ」


 カランコロン、ドアベルを鳴らして店の外に出る。


 それから夜の大通りを歩く、歩く、歩く。


 宿屋を訪ねる、訪ねる、訪ねる。


 しかし、どこを当たっても満室だというから、これまたふざけた話だ。


 一昨日は予約なしでも早々入れたのに、どうなってやがるんだ。


 段々と愚痴る余裕もなくなってくる。


 すると、ふと通りの先に見知った顔を発見した。


「Gカップ……」


「その様子では、苦労しているようだな」


 疲れ果てたニートの顔を眺めて、なにやら意味深なことを言ってくれる。


 お前が俺の何を知っていると言うんだ。


「なんか知ってるのかよ? 主に俺たちが宿なしの件について」


「ああ、知っている」


 なんだとこの野郎。


 それは聞き捨てならない。


「おい、ちょっと説明しろよ! なんでどこも一杯なんだよ!?」


 具体的に何が、とは言わない。


 きっと先方も理解していることだろう。


「お前が喧嘩を売った相手、というよりも、お前の妹が殺した男と付き合っていた女は、この国の貴族の娘だ。つい先程にも、町中の宿にお前の宿泊を拒否するよう通達が出た。その影響だろう」


「マジかっ!?」


「しかしまあ、父親は男のことを良く思っていなかったらしい。だからこそ、殺されるまではいかないだろう。せいぜいこの町に居場所がなくなるくらいだ。むしろ父親としては、お前に感謝しているだろうな」


「あっんのアマ、ふざけたことしてくれるじゃねぇか……」


 そんな舞台裏があるとは知らなかったわ。


 これだから権力者は嫌いなんだよ。


「だからプッシー三号は言ったのです。皆殺しにすべきですと」


「黙れよ、殺してたらもっとヤバイことになってたじゃんかよ」


「バレなければいいのです。場所はダンジョンです」


「俺のピーキーで繊細な心は、有名人が殺されてざわめき立つ街の変化を受けて尚、心中穏やか過ごせるほど図太くはできてないんだよ! いつ警察が来るかとか考えたら、夜も寝るれぬ日々が続くじゃねぇかっ!」


「ついに本心が漏れましたね。このチキン童貞」


「人をマ●クの新メニューみたいに言うんじゃねぇよ!」


「マ●ク? 誰ですか?」


「人じゃねぇよ!」


 ちくしょう、やっぱりコイツが原因だ。このマリオネット。


「夜を歩むときは背後に気をつけることだ。私も事情こそ理解していても、仲間を殺されたとあっては心中穏やかでいられない。ダンジョン内での事故は罪に問われないが、だとしても怨恨が生まれない訳ではないからな」


「はっ、ご忠告ありがとうございますよ!」


 言いたいことだけ言って、Gカップは去って行った。


 その姿は人混みに紛れてすぐに見えなくなった。


「ああもう、今日もまた野宿かよぉ」


 もやしボディーには堪えるぜ。


 主にメンタルが凹む。


「いいえ、それは認めません。プッシー三号は野宿を認めません」


「だったらなんとかしろよ」


「当然です。この身に与えられた仕事は、たとえ与えた側がクソ野郎であったとしても、自ら納得して引き受けた以上、最後まで果たすべきなのです。これを翻すことは自らの自尊心を否定することになります」


「な、なんだよっ、どうして俺にプレッシャー与えてんだよ!」


「これが私の美学です。どうですか?」


 なんだコイツ、普通にカッチョイイこと言いやがった。


 かなりグッとくるの悔しい。


「い、言うだけなら誰でもできるんだよ! いるよな? ちょっと成功したからって、大それたこと人前で語っちゃうやつ! それならちゃんと示して見せろよっ、せ、せせせ、成果ってやつをよっ!」


 くそうくそう、何をやっても途中で投げ出すクズヒキニートとは、非常に相性の悪いポリシーだ。隣にいるだけで劣等感に襲われる。だいたい、この世で成功しているヤツなんて大半は、七、八年くらい頑張った程度で運良く成功しているんだ。


 そんなヤツに十年以上努力しても目が出ない人間の心なんて分かるもんか。


「付いてきて下さい」


「おい、どこ行くんだよ」


「いいから付いてきて下さい。このチキン童貞」


「うぉっ!?」


 腕を掴んで引っ張られる。


 桁違いのステータスに物を言わせて、一方的に攫われた。


 そのまま引っ張られてどこまでも、だ。

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