マリオネット

 結局、町に戻れたのは夜明け間際だった。


「やっと帰ってこれたわ……」


 精神的な疲弊は大したものだ。


 しかし、不思議と身体は疲れていない。それもこれもダンジョンで謎の小動物を踏みつぶしてレベルアップ、いや、ニートアップした為だろう。等身大の人形を抱いて、夜通し数時間を歩き通したにしては、恐ろしいまでの無疲労感。


 まだまだ歩けるぜって感じ。


 それとなくステータスを確認してみる。



名前:ワタナベ

性別:男

種族:人間

レベル:1

ジョブ:ニート64

HP:5791/5900

MP:0

STR:2400

VIT:3200

DEX:4920

AGI: 900

INT: 310

LUC: 540



 相変わらず謎のダメージを受けている。


 けれど、当面は大丈夫。


 以前と比べたら雲泥の差じゃないの。


 ところで、ローブ野郎にもらったマリオネットたん。


 この子はどれくらいのステータスなんだろうか。


 個人的にはひ弱なロリータが好みなんだな。イヤイヤしてるところを、いじくり回して調教とか、最高に萌えるんだけど。そんでもって調教後は自分からウェルカムしちゃう系。あぁ、最高。




名前:(未設定)

性別:女

種族:マリオネット

レベル:505

ジョブ:魔法使い

HP:85900/85900

MP:400000/4000000

STR: 72400

VIT:103200

DEX: 63920

AGI: 70900

INT: 90210

LUC:  3040


 やべぇ、超つえぇ。どうすんだよこれ。


 どっちかっていうと、俺の方が調教されて、らめぇ、そこいじっちゃらめぇなのぉ、とか言う感じのステータスじゃん。こんなのどうやって、おセッセまで持ち込めばいいんだよ。


 あのローブ野郎、ハメやがったな。


「くっそ、ふざけんじゃねぇよ……」


 両手に抱いたマリオネットを眺めて途方に暮れる。


 下手に起動すると俺が死にかねないぞ。


 っていうか、そもそも起動の方法が分からねぇよ。


 とりあえず、マリオネットを抱いたまま町に入る。そして、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ、行く宛もなく無駄に歩き回る、どうしたものかと途方にくれる。日の出から間もない大通りは、日中に比べると静かだ。


 美少女をゲットしたのはいいけれど、宿とご飯をゲットしていなかった。


 このままでは二日連続で野宿になってしまう。


「とりあえず、一息付ける場所が欲しいよな。マジで」


 マリオネットを抱えたまま、ニートは町を彷徨う。


 ただ、なかなか良い場所は見当たらない。


 どうしてネカフェとかないんだよ。


「くっそ……」


 兎にも角にも腰を落ち着けたい。座りたい。


 そう思うと、足は自然と人気が少ない方に向かった。


 人がいない場所、人がいない場所。


 地面に座っていても蔑まれないような場所。


 するとしばらくして、チープで獣臭いエリアに迷い込んだ。


 この手の世界観にはありがちな区画、貧民街ってやつだろう。


 路上の隅の方で、ゴミと一体化したかのように座り込んでいるヤツとか、ちらほらと見受けられる。自分もこれに並ぶのかと思うと、気分が滅入ってくるぞ。俺はクリーンな環境で一日三食付いたニートがしたいんだよ。


「……少しだけ休むか」


 とはいえ、一晩歩きまくったのだ。少しくらいは休むとしよう。


 通路脇の段差に腰を落ちつける。


 両手にはローブ野郎からもらったマリオネットを抱いたままだ。


「動かない美少女はただのゴミだな……」


 普通に邪魔だよ。


 魂を吹き込むとか言ってたけど、吹き込み用の魂がねぇよ。どこから調達すればいいのか、皆目検討がつかない。ローブ野郎め、ボディーソープの詰め替え用みたいに気軽に言いやがって。


「…………」


 ジッとマリオネットを眺める。


 美少女には間違いない。


 スーパー可愛い。


 このまま犯したいくらい。


 いや待てよ、むしろ今のうちに犯すべきじゃないか?


 起動したら、まず間違いなく俺の方が虐められそうだ。そういう感じのステータスの持ち主だ。だったら今の段階で、存分に楽しんでおくべきだろう。上手いこと起動前調教できれば尚良し。


 よっしゃ、そうと決まれば早いほうがいいな。


「まずはキスな、キス」


 実は俺ってば一度も女の子とキスしたことないんだよな。


 一度でいいから、可愛い美少女とキスしてみたかった。


 うは、ベロチューしてぇよ、ベロチュー。


「んぅーー」


 タコみたいに唇を尖らせて、ぶっちゅーといく。


 やべ、唇がミラクルやわらけぇ。


 これはちょっと、幸せ過ぎるだろ。


 キスってこんなにいいものなのかよ。


 次は舌をねじ込んでやろう。


 タン、インサイド。


 などとエキサイトしていたら、急にマリオネットの目が開いた。


「んぶっ……」


 驚きから口を離してしまう。


 綺麗な赤色の瞳だった。


 銀髪赤眼とか、パーフェクトだけどさ。


「所有者を認識しました。霊子構造を認識します……完了です」


「き、起動しちまったよっ……」


 ニートの腿の上、美少女マリオネットが上半身を起こす。


 そんでもって、両足を跨ぐように対面座位で腰掛ける。


 エロ漫画の風俗描写とかでよく見る光景だ。


「これまた醜い所有者ですね。なんて気持ち悪い顔でしょう」


「ほらみろ、やっぱり毒舌系のサディスティックロリータじゃんか」


「何の話ですか?」


「こっちの話だよ。お前には関係ない」


「では、いちいち口に出さないで下さい。耳障りです」


 おおい、初期不良だ。販売から一ヶ月以内だし交換してくれよ。


 くそう、あのローブ野郎め。俺に従順な美少女、とか、ちゃんと条件を付けときゃよかった。まったくもって、全然なっちゃいねぇ。俺が管理職なら、あんなローブ速攻でリストラだぜ。


「私の名前を決定してください」


「ああ、そういや名前欄が空だったな」


「しょっぱい名前を付与したら殴ります」


「贅沢な人形だな……」


 胸は平坦だけど、それ以外は完璧だ。


 ゴスロリ衣装がよく似合っている。お肌も綺麗だし、陽光を反射してキラキラと煌く頭髪など素晴らしい。外見については申し分ないマリオネットである。こちらを見つめるクールなジト目も、個人的には嫌いじゃない。


 ただし、毒ばっかり吐くお口は嫌いだぜ。


「早くして下さい。行動がトロい男は嫌いですよ」


「じゃあプッシー三号で」


 子供にキラキラネーム付けたがるDQN親の心境が、今なら分かる。


 望まれて生まれなかった子って、こういうもんなんだろうな。


「……登録完了しました。以後、変更はできませんよ。この童貞野郎」


「マジか……」


 本気で登録しやがったコイツ。


 実はマゾなんじゃないか?


「顔が駄目なヤツはネーミングセンスもクソですね。心底幻滅です。どうするんですか、私の名前、永遠にプッシー三号ですよ? いいんですか?」


「いくねぇよ。っていうか、なんで登録しちゃったんだよ」


「登録しますと事前に説明しましたよ」


「冗談も分からないとか、マジで使えない人形だな」


「そもそも二号と一号はどこにいるのですか?」


「そんな可愛そうな名前のヤツがいる訳がないだろ?」


「一応、プッシー三号にも、プッシーは付属しているのですが……」


「マジで?」


「プッシー三号様、プッシーさせて下さいと、涙を流して懇願すれば、今晩あたり使わせてあげましょう」


「プッシー三号様、プッシーさせて下さい! プッシーさせて下さい!」


 涙は勝手に出た。


「人形にナニが付いてる分けないでしょう。貴方は馬鹿ですか?」


「こ、このクソ人形……」


 制作者のひねくれた性根がありありと感じられるぜ。


「いい加減に私を下ろして下さい。勃起したモノが股間に当たって不快です」


「当ててんだよ」


「余計に性質が悪いです」


「いでっ……」


 頬をグーで殴られた。歯が一本吹っ飛んだ。


 ついでに腿の上から逃げられた。


 くっそ。いい感触だったのに。


 付いてないって本当かよ? 後で絶対に確かめてやるわ。人形キャラがナニの有無で嘘をついているとか、よくあるパターンだろう。俺は決して騙されないぜ。このプッシーめ。


「テメェ、後で覚えてろよ……」


「ところで、童貞」


「ど、童貞じゃねぇよっ!」


「ならば、素人童貞」


「ぐっ……」


「図星ですね。この素人童貞野郎」


 マジでムカツクわ。この人形。


 電源スイッチどこだよ。


 永遠にオフって、ダッチワイフにしてやりたいわ。


 そもそも性格設定くらい、ユーザにやらせろよ。


「私は何をすればいいのですか?」


「何って、そりゃお前、えっと、なんだ? ほら……」


 特にやらせることなんて、決めてねぇよ。しかもなんでそんなに偉そうなんだ。俺が持ち主だろ? 俺が主人だろう? そういう時は、何なりとお申し付け下さいご主人様、ニコリ、っていうのが普通だろ。


「んじゃまあ、とりあえず今晩の宿屋と飯を確保してもらおうか」


「素人童貞の上にヒモ希望とは、最悪の持ち主に捕まってしまいました」


「うっせぇよ。早くなんとかしろよ」


「分かりました。では行動に移りましょうか」


「え? マジでやってくれんの?」


「貴方がそう命令したのでしょう。それとも、これも冗談ですか?」


 一歩を歩み出す満子。疑問の一言さえ口にしない。


 それが当然だと言わんばかりの振る舞いだった。


 逆に驚いているニートを振り返って、お前は何を言っているんだ? と訴えんばかりに語りかけてくれる。まさか了承されるとは思わなかった。だって次の瞬間にでも、逃げ出すとばかり考えていたから。


「あ、いやいや、冗談なんて言わねぇよ。俺は冗談が大嫌いだからな」


「了解しました。プッシー三号は行動を開始します」


「んだよ、根に持つタイプだな」


「もう一度、殴られたいのですか?」


 満子がこちらに向き直り、グイッと腕を振り上げる。


 コイツ、普通に顔とか殴ってくるから嫌いだわ。


「いやいや、行こうぜ。どこへなりとも」


 ということで、ニートは三号と共に宿探しの旅に出発だ。

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