ダンジョンの主 一
「ぜんぜん見つからないじゃんかよ、あの犬畜生……」
森の中を歩くこと小一時間。
未だに犬は見つからない。
そして、当然ながら美少女もいない。
周りは真っ暗で一寸先も闇っていうか、なんつーか、迷った感がバリバリだ。空に浮かんだ月っぽいなにかが、行く先を照らす唯一の光源。けど、それも樹木の葉に覆われた地上では八割減といったところ。
ひたすらに暗い。
「田舎の夜を舐めてたわ……」
俺はハイソな都会暮らしのニートだったからな。
夜の森とかレベル高すぎだわ。
まだダンジョンのが歩きやすいっての。
「くっそ、町がどっちだったか分かんねぇ」
迷子だよ迷子! 犬野郎はおろか、町にすら帰れねぇよ。お腹は減ったし喉もカラカラ。下着は汗ばんで気持ち悪くて、不快なことこの上ない。何もかもを諦めて、周囲の木々に火を付けて回りたくなる。
そうして更に歩くこと小一時間。
もう我慢の限界だ。
やってらんねぇよ。美少女どころの話じゃない。
「あぁもう、くそっ、どうなってんだよっ!」
なんかもう全てが面倒になってきた。
苛立ちも最高潮。感情にまかせて吠えまくる。
「美少女ぉおおおおおおおおおおっ!」
多少なりともスッキリするが、根本的解決には程遠い。
レベルアップのおかげで体力が尽きる心配はなくなった。HPは未だに歩行に応じて減っているけれど、それも命の危機を感じるほどのことではない。そうして有り余った体力が、苛立ちへと昇華した結果の行いだ。
するとニートの叫びは、次なる展開を生んだ。
「夜に森へ入るとは、なかなか度胸のあるヤツもいたもんだ」
「ぬぉっ!?」
どこからともなく、人の声が聞こえてきた。
大慌てで声の出元を探る。
すると数メートル先に鬼火よろしく、空中に浮かんでゆらゆらと揺れる火の玉が、いくつか見受けられた。大きさは握りこぶしほど。どうしてまわりの葉っぱに引火しないのか謎である。
そして、これに囲われるようにローブ野郎の姿が。
何がどうしてローブ野郎呼ばわりかと言えば、フード付きのローブをスッポリ着込んでいるからだ。ローブ以外で見えるのは、裾から出た足と手くらいなもんだ。あぁ、あとはやたらと怪しく輝いている赤い目玉。
フードに隠れて、何故だか光輝く目玉だけが見えるというタイプ。
「な、なんだよお前っ……」
ちょっとやばそうだった。
そういう時はステータスだ。ステータス。
少しバグってるけど、それなりに信憑性はあると信じてる。
名前:アルベルト
性別:男
種族:リッチ
レベル:680
ジョブ:ダンジョンマスター
HP:125900/125900
MP:500000/5000000
STR: 92400(+20000)
VIT: 73200(+12000)
DEX:104920
AGI: 90900
INT:100210(+30000)
LUC: 4040
なにこれヤバイ。
なんでこんなボスっぽいやつが、町の近くに出るんだよ。
「リッチとか、あれだろ? ほら、アンデッド系のボスじゃん」
「ほぉ、一目見て理解するとは、なかなか大したものだ」
「あ、いや、それほどでも」
くっそ、犬じゃないのかよ。犬はどこいったんだよ。
もしかしてあれか? 普段は雑魚しかでないけど、特定の時間だけ超絶強烈なモンスターが出現するとかいう。んで、そういう場所を初期の町の近くに配置して、上位プレーヤーと初心者が常に交われる環境を作るとかなんとか。
「どうした? かかってこないのか?」
「っていうか、ダンジョンマスターってなんだよおい」
そんな尖った仕事、そうホイホイ落ちてるとは思えない。
ダンジョンって、やっぱり町の中にあるアレだよな。
「……ほう、そこまで辿り着いていたとは想像以上だ」
「マジか……」
こんなところにいたよ。不思議ってるダンジョンの制作者が。
どおりで、町の近くでエンカウントする訳だ。
こりゃクレームの一つでも入れなきゃ気がすまねぇ。
「おい、ダンジョンに一つ言いたい事があるんだけどさ」
「なんだ?」
「せめて便所くらい用意しとけよな? 急に催しちゃったり、ビビッてチビちゃったりしたら、どうするんだよ。お着替えスペースだって欲しいだろ? ストレスでお腹がグルグルきちゃったら、もうアウトじゃん。ただでさえ風通しが悪いのに」
俺は勃起で事なきを得たけどさ。
女だったらきっとヤバかったな。
「……そうだな」
「あぁ、いや待てよ。でもそうなると今後、美少女とパーティー組んでダンジョンに入ったとき、放尿シーンを覗き見る機会が失われるな。仲間の死亡でメンタルダメージ受けて、精神的に弱ってお腹壊して下痢になった美少女とか、最高に美しいだろ」
「…………」
「そう考えると良くない。ちょっと待った、やっぱり便所はなしの方向で」
「貴様、私を舐めているのか?」
「な、舐めてねぇスよ! ビビッて時間稼ぎしてるだけッスよっ!」
ドラゴン氏よりはマシだが、それでも俺にとっては強敵だ。いや、天敵だ。
まさか喧嘩して勝てるとは思えない。パッと見た感じモヤシだけれど、きっとファイアボールとか吠えて、火の玉を飛ばしてくるに違いない。火の玉はヤバイ。焼死は辛いって前にネットで見たもんな。
「……いいだろう。死にたいというならば、すぐに殺してくれる」
「ちょ、ちょっと待て、少し待て! いや、ずっと待てっ!」
「黙れ。その減らず口、すぐに叩けなくしてやる」
「い、いいのかっ!? 俺にはすげぇダチがいるんだぜ!」
「なんだそれは」
一歩、また一歩と、こちらに歩み寄ってくるローブ野郎。
俺のこと殺す気満々じゃねぇか。
「エンシェントドラゴンとかいって、超絶すげぇダチなんだぜ!? お、俺のピンチと知ったのなら、きっと駆け付けてくれて、お前なんてすげぇ炎で、けちょんけちょんにしてくれるんだからなっ!」
「エンシェントドラゴンだと? 馬鹿を言え、人間如きに彼の者共が動くものか」
「う、嘘じゃねぇぜ!? 俺のダチのエンシェントドラゴンは、黄金色の鱗が超絶イカシタ、最高にカッチョイイ、絶対最強ドラゴンなんだぜ! 仕事が庭師っていうのも、お茶目でなんかいい感じなんだからな!?」
「うるさい、黙れ。そして死ね」
ローブ野郎の腕が、こちらに向かい掲げられる。
はったりが通じない。これは本格的にヤバイ。
手の平の正面に魔方陣とか浮かび上がっているよ畜生が。
夜の森でゲームオーバーとか寂しすぎるだろ。
っていうか、死んだ。
終わりだ。
ニートに明日は来ない。
そう思っていた時期が私にもありました。
「お前、こんなところで何をやっているのだ?」
「え?」
ふと、背後から声が掛かった。
振り返ると何やら歳幼い少女が一人、そこに立っているではないか。
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