ダンジョン 二

 予期せぬレベルアップを受けて、ニートの心はイケイケドンドン状態。


「おらっ! ネズ公が、出て来いや! ちくしょうが!」


 身体に漲るパワーみたいな、エネルギーみたいな、そういう感じの猛烈なイケイケ感が俺を強くする。今なら町のDQNに喧嘩売っても勝てそうだ。ワンパン余裕だし、事後にはお財布ゲットしちゃうレベル。


「おらおらおらおらっ、こいやおら!」


 歩く。


 ちょっと早歩きで歩く。


 すると、少しばかり歩いたところで遭遇。


 ネズミじゃなかった。なんつーか、こう、ミノタウロス的なの。牛面のマッチョで身長はこちらの二倍以上。そんなのと通路の角を曲がったところで遭遇してしまったよ。バッタリっていう擬音がスゲェぴったりな感じ。


「うぉおお……」


 ちょっとヤバいんじゃね? 魂がそう言ってる。


 魂は具体的に数値で教えてくれないので、ステータス画面を見る。



名前:ミノル

性別:男

種族:ミノタウロス・ロード

レベル:182

ジョブ:専業主夫

HP:  90/21590

MP: 300/3000

STR:32001(+5000)

VIT:20300(+2000)

DEX:14920

AGI: 2900

INT: 5410

LUC: 2540



 ニートの魂、大正解。こいつはヤベェ。


 しかも、牛の癖に嫁持ちかよ。専業とか羨ましいな。俺も主夫してぇ。やたらとHPが減っているのは、もしかしてあれか? 嫁と喧嘩して家を追い出されたのか? HP90まで削るとか、ひでぇ嫁だな。


「…………」


 一瞬、俺でもイケるかも、とか思った。


 残りHP的な意味で。


 けれど、ステータス画面から本体に視線を移したら、そうした気概も霧散した。なんかもうやる気満々の牛野郎。手には俺よりでかい斧とか持ってるし、こんなもんで切られたら真っ二つだ。


 こりゃ無理だわ。ニート64には無理だわ。


 せめてニート1024くらい欲しい。


「い、いよぉっ!」


 INT高いし、もしかしたらドラゴン氏のように話せる化け物かもしれない。そこで穏やかに挨拶をキメてみる。できるだけ爽やかさをアピールしてのこと。できれば穏便にやり過ごしたい。


 だが――――


「ミノォオオオオオオオオオオオオ!」


「うぉおおおおおおおおおおおおっ!」


 駄目だコイツ。話が通じねぇよ。クソ。


 いきなり襲い掛かってきやがった。


 あと体臭がスゲェ。マジくせぇ。ワキガか?


 これだから脳筋は嫌いなんだよ。俺よりINT高いくせにな。もしかして、ニートのこと馬鹿にしてんのか? INT8舐めてんのか? いや、今は310か。INTさんのことは、あまり冷静に考えない方がいいかもしれない。


「くっそぉっ!」


 言いたいことは色々とあるけど、走って逃げる。


 今まで歩いて来た道を逆方向へ。


 数百メートルほどの追いかけっこ。


 辿り着いた先は袋小路。


「マジか-!」


「ミノォオオオオオオオオオオ!」


 絶体絶命ってやつだ。ミノォオオオ、じゃねぇよ馬鹿野郎。


 咄嗟に振り返ると、数メートル先にミノルが立っている。斧を構えて立っている。鼻息が超荒くて、牛面のこめかみには青筋がピクピクと浮かび上がっては痙攣。すげぇキレてる感じだ。


 俺が何したよ。マジごめんなさい。


「ヤバい。何かないのか、何か」


 そういや、ニートにはスキルってないのかよ。


 俺のヒロインを攫っていったイケメン騎士も、氷柱とか飛ばしてたじゃん。ああいうのがあれば、もしかしたら、もしかするかもしれないだろ。残りHP90なら、氷柱とか撃てば勝てるかもしれない。


「スキルウィンドウだよ、おい、スキルウィンドウッ!」


 念じると出てきた。スキルウィンドウ。



パッシブ:

 虚弱体質 Lv3

 アトピー Lv5

 ワキガ Lv10


アクティブ:

 すかしっぺ Lv3



 ねぇよ。役に立ちそうなのが一つもねぇよ。


 っていうか、俺はワキガだったのか。ショックだよ。言われるまで気付かなかった。どおりでシャツの脇部が黄ばむわけだ。他人が距離を置いて話たがるわけだ。長年の不思議が一つ解決してしまった。


「ミノォオオオオオオオオオ!」


「うぃひいいいいいいいいい!」


 咄嗟にしゃがむ。


 横降りになぎ払われた斧が、頭のすぐ上を通過して、壁を砕いた。


 この壊れた壁ちゃんは、誰が直すんだよ。ミノル、お前自分で直せるのかよ。直せないならそういう乱暴なことしちゃ駄目だろ。


 咄嗟に牛野郎の脇をすり抜けるように走って、袋小路を脱出だ。まさか、すかしっぺでHP90を削り切れるとは思えない。


 と思ったけど、腰が抜けて身体が動かない。なにこれダサい。


「お、おうおうおううお、頼む、待った! ちょっと待ったっ!」


 壁から斧を引き抜いたミノタウロスが、俺を睨み付ける。


 今度は上段に構えられた凶器。振り下ろされれば俺は左右に両断だろう。


 何気なく相手の股間の辺りに目を向ければ、なんか牛野郎のチンコが勃起してる。すげぇデカイ。こんなもんで犯されたら、女はさぞ幸せだろう。牛っていうよりは馬だ、馬。めっちゃ太くて長くてマッチョだぞ。


「やばい、ちょっとドキドキする」


 いい感じに思考が混乱しているな。訳が分からん。


 立派なものを眺めてたら、俺まで勃起してきた。


「ミノォオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 これは死んだな。覚悟も間々ならぬまま目を閉じる。


 そうした瞬間の出来事だった。


「っつえぇいっ!」


 何やら人の声が聞こえた。同時にドスンと低い音が響く。


 何事かと目を開ける。


 すると通路の壁に叩き付けられているミノルの姿が。


 そして、彼の橫には見覚えのない美女が立っていた。


 大きな両手剣を手に、今まさに勃起牛へトドメを刺さんと迫る。白銀の鎧に身を固めた姿は上等な騎士様って感じ。たぶん、フルプレートってやつだろう。手にした剣も同じような色をしている。


 歳頃は二十代中頃だろうか。女としては可愛らしさより麗しさが先んじて立つタイプだ。胸もデカイ。Gカップくらいあるんじゃなかろうか。きっと鎧は特注品だな。あんなデカイものを収めるフルプレートなんて、大量生産する装備じゃないだろ。


「ミノォオオオオオオオオオオオオ!」


 ミノルの絶叫。


 Gカップの振るう切っ先が、勃起牛の首を貫いた。


 どうやら、決着がついたようだ。


 ドスンと巨大な図体が床へと倒れ落ちる。


 ピクリとも動かなくなる。


「ふぅ……」


 ミノルの死亡を確認して、Gカップは大きく溜息を吐いた。


 ついでに手にした剣を片手で振って、付着した血液やら何やらをピシャリと、明後日な方向に飛ばす。


「そこのお前、大丈夫か?」


「お、おう、おうおう、ありがとう。マジでありがとうございました」


 勃起していたおかげで、ション便をチビらずに済んだ。


 ありがとう尿道括約筋。


 これからもピンチの時は勃起するように心がけよう。


「そうか、ならばいい」


 数歩を進んで、Gカップが俺の下までやって来た。


 こちらはフリーズしてしまった腰の再起動を実施中だ。


「ところで何があった? そのような軽装で二十階を越えた地点にいるとは」


「あ、いや、ちょっと観光気分で入ったんスけど、いきなりガイコツ野郎に襲われて、逃げてる間にここまで来ちゃったって言うか、そもそも出口が見つけられなくて、どうしたらいいのか分からないっていうか」


「観光気分で二十二層目まで来るヤツがいるか?」


 Gカップは訝しげな眼差しをこちらへ向けてくれる。


 んなこと言われても、ダンジョンの常識なんて知らんがな。


「しかもコイツは、ただのミノタウロスじゃない。恐らくはロード級だ。この層に出てくるモンスターとしては、あまりにも強すぎる。しかも今の手応えからして、随分とダメージを与えた後だ」


 倒れたミノルを眺めて、淡々と評価を下すGカップ。


 かなりダンジョンでの生活に慣れて思われる。


「お前がやったのか?」


「ち、違いますよ。初めからああでしたよ。マジで!」


「だったら誰がロードを……」


「きっと嫁と喧嘩したんじゃないッスかね……」


「嫁?」


 ギロリと睨まれた。


 なに馬鹿なことを言っているんだ? みたいな。


「あぁ、いや、なんでもないッス、なんでも」


 ニートは両手を振って誤魔化す。


 冗談が通じない女である。


「ところでダンジョンって、どうやったら外に戻れるんスかね?」


「そんなことも知らずに、二十二層まで下りてきたのか?」


「いや、だからその、今日が初めてなものでして……」


「…………」


 Gカップが難しい顔にこちらを眺める。


 何か変なことを言っただろうか。


 ちゃんと敬語で下手に出ただろ。問題ないだろ。


「……まあいい。ひとまず地上に戻るとしよう」


「あ、もしかして、連れてってくれるんスか?」


「嫌ならこの場に置いていくが」


「嫌なんてとんでもねぇッスよ。マジありがとうございます!」


 良かった。どうやらちゃんと帰る道はあるらしい。


 あぁ、本当に良かった。今回ばかりは本気で死ぬかと思った。

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