ダンジョン 一

 ダンジョン地下一階。


 下に伸びるタイプらしく、入ってすぐのフロアだ。


「普通にローグライクなダンジョンじゃん」


 ゲームほどはカクカクした部屋の作りじゃないが、雰囲気はそれっぽい。自然発生した洞窟であれば、歩くだけでも大変と思ったのだけれど、人の手が入っている気配を感じる。作ったの誰だよ。余裕でアミューズメントしてるじゃん。


 ちなみに所在は町の中央付近。周りを高い塀に囲まれている。なんでも最深部は未だ不明らしい。よくまあ、そんなもんの周りに町を作って、観光名所にできるわな。なんでも町の方が後から出来たらしい。はっ、どうでもいい知識だな。


「この方が歩くには楽でいいけどな……」


 周りには何やら剣とか杖とか持った若いヤツがいる。


 十代が多い。おかげで自分だけ場違い感。


 一回り以上世代が下だよ。


 不思議系のダンジョンをパーティー制にして、あっちこっちで若いヤツが剣やら杖やらを振り回している、そんな具合だ。化け物の数は人間の数よりも少なくて、どっちかっていうと、人間が化け物を奪い合っている。


 そうした都合上、ニートは剣を振り回す若人を眺めながらの散歩だ。


 昨日の犬野郎がサファリパークのライオンなら、ここのモブらは上野公園のふれあい広場で、餌欲しさに観光客へ媚びを売るウサギみたいなもんだ。易い易い。人が多いことも手伝い、危機感は皆無である。


「しっかし、リアルなスライムはきめぇな……」


 プルプルしてやがる。半透明になった汚泥みたいだ。


 剣とか使わなくても蹴りつければ倒せそう。


「いやいや、歩いただけでHP減るし、油断は禁物だな」


 金髪ロリータは減っていなかったので、俺だけかも知れないが。


 ステータスにあった内臓疾患が影響しているのかも。


 毒みたい感じで。


 さて、そんな感じで若者たちの切磋琢磨する姿を眺めつつ、ふらふらと一階フロアを進むことしばらく。奥の方に向かい何をするでもなく足を動かしていると、下の階に通じる階段を見つけた。


「ほう、地下二階か」


 行ってみるか。この調子なら大丈夫だろう。


 やばくなったら逃げればいい。


 森で出会った犬の方がよほど怖かった。きっと浅い階層はそういう場所なんだろう。一階にはスライムとコウモリみたいなのしか見つけられなかった。ならば続く二階も、そこまで苦労はしまいて。


 上手く行けばお宝とかゲットできるかも。


 そう決めつけて階段を下りた。


 地下二階、スタート。


 途端、俺の口から悲鳴。


「マジかよっ!?」


 なんか剣を持ったガイコツ野郎が立ってる。俺と同じくらいの大きさ。向かって十メートルくらいのところだ。照明が一階と比べて薄暗くなってるおかげで、その外観と相まって非常に気味が悪い。


 切られたら死ぬだろ、常識的に考えて。


 やめだ、やめやめだ。スライムの次は芋虫とか、そういう感じでレベルアップしろよな。いきなり武器持ってるアンデッドとかレベル高すぎだろ。感覚的には路上で無差別テロにでも遭遇したような気分だ。


「やってられるかよっ!」


 逃げよう。そう決めて踵を返す。


 しかし、背後には今まさに下ってきた階段がない。


「マジかよっ!?」


 どうなってんだよここは。脱出できねぇじゃんかよ。


 俺が焦っているうちにも、ガチャガチャと骨っぽい音を立てて、ガイコツ野郎がこっちに走ってくる。あんまり早くないけど、ほんの数秒もすれば到着だ。手にした剣もしっかりと構えている。


「くんじゃねぇよっ! こ、こっちくんなっ!」


 大慌てで逃げ出した。


 相手に背を向けての逃亡だ。


 全力疾走。


 向かって反対側が通路になっていて助かった。


 遭遇は一本道でのことだった。


「ハァハァハァハァ」


 必死で走ること数分、ガイコツ野郎から逃げ切った。


 俺のが足が速かったんだ。ざまぁ見ろちくしょうが。


 ただ、長らく走ったせいで凄く辛い。バテバテだ。


「くっそっ、マジ疲れた……」


 ダンジョンが不思議っぽかった時点で、帰り道については確認しとくべきだった。こんな巧妙な罠が仕掛けられてるとは、誰だって思うまいよ。っていうか、誰か止めてくれよ。なんて世知辛い世の中だ。


 ちなみにガイコツ野郎から逃げ回っているあいだは、誰とも合わなかった。恐らくこれが理由で、一階には若人が溢れていたのだろう。そりゃ帰り道がないのに下りる馬鹿はいないだろうさ。


「ったく、どうすんだよおい、マジで」


 めっちゃ疲れた。


 床に座り込む。


 額にはびっしりと汗だ。


「そうだ、ステータス確認しときゃよかった」


 客観的にどのくらいヤバイか、ちゃんと計っとくべきだろ。


 まあ、二度と会いたくないけどな。


「っていうか、これからどうするよ」


 まさか特定の階層まで下りて、何かしらアイテムを取ってこいとか、無茶な仕様じゃないだろうな。しかも今ところ、床にアイテムが転がっていることもないし、難易度ハードってレベルじゃないぞ。


「くっそ……」


 頭を下げて、ハァと溜息。


 ここ最近、溜息が多いな。


 カチャン。


 なんか音がした。


 見上げると数メートル先、角から姿を現したガイコツ野郎が。


「また出やがったっ!」


 大慌てで立ち上がり、再び走り出す。


 もう、そこから先は無我夢中だ。


 ひたすらに走った。


 階段を見つけて下りたら、またなんか変な化け物が出てきた。


 ひたすらに走った。


 同じように階段を見つけて下りたら、またまた変な化け物が出てきた。


 ひたすらに走った。


 そうした具合にレベル上げを放棄して、タイムアタックよろしく階を下る羽目になった。運が良いのか悪いのか、さっぱり分からない。しかも階を下るごとに、俺を追い駆ける化け物の面や姿が、加速度的に厳つくなっていく。


 頭に角の生えた馬だったり、背中に羽の生えたゴリラだったり。森で出会った犬の方がマシだと思える手合いが、そこらじゅうに転がっていた。いったいここの生態系はどうなっているのか。そもそも食い物とかどうしてんだよ。


 そうこうしている内に、数えること早二十二階。トントン拍子に下ってしまった結果、周囲の風景さえ姿を変えて、そこはまさに高レベルなダンジョンの体。全体的におどろおどろした雰囲気が感じられる。


 まさか壁を越えてドラゴンの炎とか飛んでこないよな。


「……マジでやべぇよ。おい、やべぇよ」



名前:ワタナベ

性別:男

種族:人間

レベル:1

ジョブ:ニート

HP:1/9

MP:0

STR:3

VIT:2

DEX:6

AGI:1

INT:8

LUC:1



 しかも延々と走り回ったせいで、HPがガクッと減ってやがる。


 1しか残ってねぇよ。あとちょっと走ったら死んじまう。


「くそ、意味がわかんねぇ……」


 右を見て、左を見て、特に動くモノはなし。現在のポジションは、道幅三メートルくらいの薄暗い一本道な通路。その隅っこに寄って、壁に背をもたれ掛からせるように位置取っている。


 ちょいと小休止だ。


 走り回ったせいでスーパー疲れた。


「ハァ……ハァ……」


 ここで休もう。


 五分くらい休もう。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 いや、十分は休もう。


 せめてHP2くらいまで。


 などと考えていたら、足下を通り過ぎる小動物が一匹。


「うぉっ!?」


 心が敏感になっていたのだろう。まるでゴキブリにでも遭遇したように、反射的に飛び上がってしまう。チキチキチキという音と共に、得体の知れない物影が勢いよく駆けていく気配は、恐怖以外の何物でもない。


 すると何やらグニャリと、足の裏に柔らかい感触が伝わってきた。


「げっ、なんか踏んだ……」


 犬の糞でも踏んだような気分だった。柔らかい。


 どうやら小動物は二匹編成で俺の足下を進行予定だったらしい。一匹目に驚いて飛び上がったところ、二匹目の上に着地してしまったようだ。目を凝らして確認してみると、その亡骸が確認できた。


 ネズミかなにかだろうか。気味が悪い。


「なんだよおい……」


 小動物は胴体が潰れており、随所から紫色の液体を滲ませて潰れている、ネズミくらいの大きさの小動物だ。体毛はふさふさしている。大きな耳と長い尻尾が特徴的な、フェネックっぽい雰囲気の生き物である


「うわ、死んじまったよ」


 それがハラワタを盛大にぶち撒けて死んでるよ。


 おかげで靴は、そいつの血液でべっとりだ。


「死ぬなら人に迷惑かけないで死ねよな……」


 くっそ、きたねぇ。


 靴の裏を床にこすりつけて、付着してしまった臓物を拭う。


 俺のコンバースが汚れちまった。まだ買ったばかりなのに。



武器:なし

防具:ユニクロ

頭:なし

足:血塗られた コンバース

装飾品:


持ち物:

お金:0G

ステータス:運動不足、内臓疾患、疲労



 コンバースに妙な称号が付いてるな。


 まあ、後で水洗いすれば落ちるだろ。


「…………」


 そこでふと気付いた。


 息切れが感じられなくなっている自分の肉体に。


 なんか身体の調子がすこぶる良い。無性に跳んで跳ねて暴れ回りたい気分。つい今しがたまで感じていた倦怠感が、嘘のように消えていた。心なしか耳の聞こえも良くなっているような。


「……なんだよおい」


 俺の身体に何が起きた?


 あぁ、こういう時こそステータスだ、ステータス。


 もしかしてレベル上がったんじゃね? そんな淡い期待だ。


 今踏みつぶした小動物に含まれていた経験値的な何かが、俺のなかに取り込まれて、いい感じにゲージを満たしたのだろう。小動物を踏みつぶしただけでレベル上がるとか、お手頃でいいよな。


名前:ワタナベ

性別:男

種族:人間

レベル:1

ジョブ:ニート64

HP:5900/5900

MP:0

STR:2400

VIT:3200

DEX:4920

AGI: 900

INT: 310

LUC: 540


 ニート64? 64ってなんだよ。上がる場所そっちじゃなくね?


 でも、ステータスはちゃんと上がってるっぽいな。しかも、いきなり64ってなんだよ。上がりすぎだろ。なんでも64を付けたがる、一昔前のゲーム機みたいになっちゃってるじゃん。


「HP5900とか、何日走り続けられるんだよ。すげぇな」


 かなり強くね? 森で出会った犬より強いだろ。


 MP0っていうのが気になるけど、それでも大したもんだ。


「これはもしかして、あれか」


 ニートは気づいた。


 ちゃんと気づいた。


「今倒したのは逃げ足が早くて経験値が多いタイプのモブか」


 それなら急なステータス向上も納得だ。


 つまり、この小さい生き物を探して踏みつぶせば、もっと強くなれるわけだ。


 レベルじゃなくて、ニートの後ろにナンバリングされたのは、えぇと、そうだな、なんだろ。あぁ、分かった。きっとステータスウィンドウのバグだ。そう考えれば辻褄が合う。そうに違いない。


 おいおい、いい感じじゃないか。段々と俺TUEEEの方向性が見えてきたぞ。この近くでさっきのフェネックもどきを潰しまくればいいんだよ。楽勝じゃん。いよいよ俺の時代が始まっちゃうかね。


 雑魚を殺してちまちまレベルアップするより、こっちの方が効率的で俺向きだよな。それならそうと、最初からダンジョンに転移してくれればいいのに、めっちゃ遠回りしてしまった。


 ここから一気に巻き返したいところだな。

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