第漆章 4「タイムトラベル」

 4 タイムトラベル


「っ⁉ どこ、だ」


 時空の旅は気が付けば一瞬で、目を開くと、一面の空が広がっていた。


 見上げた景色は広く、雲もほとんどない。


 そこは、どこかの屋上だった。


 西日が彼の姿を照らし、影がどこまでも伸びていく。ふと下を向くと、彼はいつものコートを着ていた。なぜか、その原因は分からない。むしろ背中には刃長40㎝のバトルナイフがつけられ、右脚には愛銃のプロトタイプ『ベレッタ92』が装備され、左脚には先ほどまで手にしていたコルトパイソンが小さく収まっている。


「まあ……いいか」


 もう一度。


 あの暗闇の世界で羽ばたいた烏は鷹のように空を飛ぶ。翼を広げて大きな夕焼けを滑空した。胸に込み上げる何かが、照準を狂わせたあの瞬間と似たような感覚が、彼を襲う。対処法はない、とにかく深呼吸をし、彼女を連れだすことを考える。


 と、言えてしまうほど簡単なものではない。


 仕方がない。


 彼は本音を知った赤子の様なもので、やっとその始まりに立ったのだ。今まで彷徨っていた感情の迷路で目的を見つけ、ようやく掴んだその道を行こうとしている。


 壮絶な戦いであり、まともに人と話さなかった彼が、人の優しさに触れた彼が、見つけ出した世界にその小道を繋げようとしているのだから。


 これからはとてもじゃないほどに長い。


 どんなに、最強の暗殺者だとしても。


 人間の本質は物理的な強さに偏ったものではない。


 愛を、何物にも潰されない愛を知る者は誰よりも強い。


 そして何より、No,007が二人になって、暗殺対象を連れ出し情報と共に亡命をしようとしているのだから。クハやゴロ、ニヨンやテン――もしかしたら他の支部の連中までもが集まってきてもおかしくはない。おしくら饅頭のように二人を潰しにかかるだろう。過去の出来事を変えられるかなんて、どうできるかなんて、事実起きたこと以外に確実上手くいく保証はない。


 でも、だけれども、だとしても。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 着地を決めて、辺りを見回すとそこは札幌駅だった。


 目立った格好に、歩く高校生やサラリーマンは引き気味な目を向けている。むしろそうしてくれたほうが怪しさが表れないから嬉しい。なんて、考える余裕は彼にはなく。とにかく走っていく。


 今更というか、ここまで来て彼は思った。


 走ることが、こんなにも辛いことだったのか、と。


 全く、バカげていた。彼らしいというか、彼らしくはないというか。徐々に人間らしくなってきているのかもしれなかったが、ただその時は胸が苦しいだけなのだろう。


「18:35」


 もう、この時空のクロの面会は終わり、本部に戻った時間だろう。


 思い出せば、思い出していくほど。


 体に穴が開くような感覚に襲われる。


 とてもと言えなくらい、悔しい。今更、あの別れ際の顔がどんな意味を示していたということが良く分かる。失った彼女には届かない懺悔が積もり積もって。


 でも、今。こうして、彼女へ向かっている。


「っ」



 病院手前100mまで近づいた。


 正面から見える六階の端の窓。あれが彼女の部屋である。


 この格好で正面からの侵入は厳しい。そして強行突破すれば、この時間帯では大事になりかねない。ここは――と彼は裏の路地に入る。


 斜陽も入らない細い隙間で彼は、純粋に飛び上がった。


 まさしく、壁蹴り。兎でもモモンガでもない、ライオンが木に登るような雰囲気で、いつもよりも重たい動きで続々と上へ登っていく。


「18:50」


 ふと時計を見ると、時間は十五分経っていた。

 たったのそれだけの時間にどこか身体が反応してしまう。


「っち……くそ」


 根拠のない自信よりも、根拠のない不安が彼の頭を回っていく。


 壁を大きく蹴り出し、路地側の非常扉を掴む。少しだけ開けて侵入すると、出たのは休憩場だった。数分間、人がいなくなるのを待ち続け、彼は雷の一閃のように彼女の病室へ跳び込んだ。


「っ⁉」


 怒涛の登場で、無神ゆりは硬直していた。


 だが、彼も。

 すぐには動けなかった。


 辛さというよりも、喜びが。

 喜びというよりも、惑いが彼に襲い掛かる。


 すると、彼女は言った。


「クロ……くん?」


 同様に困惑していた。足が地につかず、唇が小刻みに揺れる。まさに顔に書いてある。「なんでいるの?」という文字が表情から見えてしまうほどに驚きを隠せずにいた。


「帰ったんじゃ……」


 立て続けにそう言った。無論、今の時刻は「18:51」。

 ちょうど、クロが面会を終えた一時間後である。


「それに、その恰好……?」


 彼の持つ武器は露出し、彼女からはすぐ見えている。恐れられるのも仕方がないのだろう。


 深呼吸。


 抱きしめてしまいたいと思う心を静め、彼は口を開く。


「——ついて来て」


 ゆりもそんな意味の分からない一言で付いていこうとするような人でない。


 しかし――その瞬間だけは違っていた。


 彼の瞳の色も、その言葉も、何より彼自身の動きがいつもよりも美しく変わっている。


 逡巡する暇もないほど、その思いはひしひしと伝わっていき。

 明らかに重く、腹をくくったその台詞は彼女に伝わっていった。


 数秒の思考は帰路に着き、そして。


「……うん」


 と、無神ゆりは、あの時、彼を連れ出した少女は頷いた。




 そう、彼女(ゆり)ではない。

 あれから七年後が経った今、次は彼(クロ)の番なのだ。





<あとがき>

 遅くなってしまい申し訳ございませんでした。

 正直、この先の道をどう書いていけばいいか迷っていて終わらせ方をすごく悩んでいました。ですが、ある程度固まったので筆を滑らせた次第であります。

 ここまで、全部のお話を読んでくれた1300ユニーク数の一人となってくれた方々にはとても感謝しています。彼らがいつも読んでくれるおかげで今の僕乃至この作品が出来上がっています。この先も、この作品、他の作品を応援してください。

 改めて、ありがとうございます。

 与太話ですが、先日。

「小説書いているのきもい」と、ある人から言われました。

 ショックはありました。

 でも、当然のことでしょう。

 僕が今やっている行為はとても痛々しく、文字通りのキモイ創造行為です。

 もう言われ慣れました。

 陰で言われるよりは幾らかはましだったので、良かったです。

 

 ですが。

 きもくても、嫌われても。

 僕は続けたい。

 なぜなら、書くのが好きだから。

 「宇宙よりも遠い場所」というアニメでこんなセリフがありました。

『言いたい人には言わせておけばいい。今に見てろって熱くなれるから、そっちの方が絶対いい!』

 そう言われて思い出しました。


 頑張ります、君を見返してやります。


 そして、ありがとう。

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